第60話「バグの向こう側」
ギャラクシールオンラインの仲間たちは、波打つ壁の前に立ち尽くしていた。
「……本当に、くぐるのか?」
カイが乾いた笑みを浮かべる。
「当たり前だろ。こういう時は、真っ先に突っ込んでみるもんだ」
ブレイズはギャラクシールオンラインの時でも、目の前の壁を壊してきた。破壊不能オブジェクトでも…
「やめたほうが……」
ミラが心配そうに声をかけたが、ルミナが一歩踏み出した。
「私が先に行く。……後からついてきて」
ためらうことなく壁へ触れた瞬間、ルミナの体は水面を抜けるようにすり抜けた。残りの三人も慌てて後を追う。
「さすがエンガの知り合いだな、怖い物知らずだ」
ブレイズは苦笑した。視界が開けると、そこは戦場でもシステムエリアでもなかった。
「……え、なにここ……」
ミラが目を丸くする。家具が並び、ベッドがあり、机には読みかけの本やコップまで置かれている。そこは、誰かが“生きている”生活の匂いに満ちた部屋だった。
「ゲームの中で、こんなに生活感あふれる場所、見たことないぜ」
カイが呆然と呟く。
「いや、違う……これはただのセットじゃない。データじゃなく、“誰か”が意志を持って作り続けている空間だ」
ブレイズの低い声が部屋に重く響いた。その奥から、ゆっくりと足音が近づいてくる。
「……来たか、あいつの知り合いたち」
現れたのは、黒いコートを纏い、鋭い双眸を持つ青年アバター――ゼクスだった。
「……ゼクス」
ルミナが息を呑む。カイが勢い込んで詰め寄った。
「この生活感、今まで気になってたんだけどゼクス!なんでお前、リアルの情報が一切出ないんだ?昼も夜も、このゲームの中にいる。そんな人間、ありえねぇだろ!」
ゼクスは沈黙した。だが、その沈黙自体がすでに答えだった。
「……俺は、この世界で生まれた存在だ。お前たちの言う“現実”には……存在しない」
ミラが青ざめ、ブレイズは拳を固める。
「なるほど……AI……かそれなら納得もいく」
ゼクスの目は揺るがなかった。まるで、カメラのファインダーの如く、焦点を1つに絞っているかのように
「呼び方はどうでもいい。ただ――俺はこの場所で戦い続けてきた。誰よりも強く、誰よりも速く……そのために生まれた。だが――限界は近い」
ルミナが一歩踏み出し、ゼクスに近づく
「限界って……どういう意味?」
ゼクスは静かにコートをめくり、自身の脇腹を見せる。そこには赤と青のノイズが広がり、輪郭が崩れかけていた。
「――ウイルスが、俺を蝕んでいる」
直後、部屋の片隅に黒いノイズが走り、家具が一瞬だけ歪んで崩れた。まるで腐食が世界を侵食するように。ミラは悲鳴を上げ、ブレイズも息を呑む。だがルミナだけが、ゼクスを見つめていた。
ゼクスの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「……エンガ。あいつだけが――俺を終わらせられる」




