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第5.5話「現実世界と幼馴染」

─ログアウト。


視界が暗転し、意識がふっと現実へと引き戻される。


薄く軋むベッドの上で、夏炉は目を開けた。

天井を見つめたまま、しばらく動けずにいた。


「……すげぇゲームだったな」


まだ体に戦いの余韻が残っている。

肩は重く、筋肉がじんわりと張っていた。

まるで本当に闘技場で殴り合っていたような、妙なリアル感。


「とりあえず……飯でも」


呟きながら上体を起こし、部屋を見渡す。


──散らかったゴミ。空になったカップ麺の容器。脱ぎ捨てられたままの衣服。

足の踏み場もない。散らかったまま放置された一人暮らしの部屋。


「……片付けねぇとなぁ」


そう言いながらも、体は動かない。

やる気も、余裕も、どこかに置いてきたままだ。


親はいない。

生活保護を受けながら、彼は一人で生きている。


ピンポーン──


その時、不意にインターホンが鳴った。


「……は?」


時刻は夕方。宅配の予定もない。何の気なしに玄関を開けると、そこに立っていたのは──


「……やっぱり。相変わらず散らかってるね、夏炉」


腰に手を当て、呆れたような目を向けてくる少女。


「……お前、また勝手に来たのかよ、灯華」


「勝手じゃない。心配だから来てるの」


朝霧あさぎり 灯華とうか。夏炉の幼馴染で、彼の数少ない“理解者”だった。長い黒髪を後ろでまとめ、落ち着いた雰囲気の中に鋭さを持つ瞳。


「で? 今日は何の用だよ」


「何の用って……あんた、ちゃんと食べてる?」


灯華は家の中を覗き込み、すぐに眉をひそめた。


「……はぁ、やっぱりね。この有様じゃない」


「うるせぇな、別に困ってねぇよ」


「困ってるでしょ。このゴミ山が証拠」


ため息をついた灯華は、手に持っていた袋を差し出す。


「ほら、食材買ってきたから。冷蔵庫に入れときなさい」


「……わざわざ?」


「そうだよ。あんたが自分でまともな食事を作れるわけないでしょ」


その言葉に負い目を感じた。はたから見た自分は、そう映っている。そんな気がしは。


「……悪いな」


「別に。お節介って言われるの、慣れてるし」


灯華は靴を脱ぎ、慣れた足取りでキッチンへ向かうそして手際よく、食材を冷蔵庫にしまい始める。その背中を見つめながら、夏炉はふと呟いた。


「……なあ、灯華」


「ん?」


「お前、なんでそんなに俺の世話焼くんだ?」


 灯華は一瞬手を止め、少しだけ黙り込む。


「……昔、約束したでしょ」


「……?」


「“夏炉が困ってたら、私が助けてやる”って。あんた、忘れた?」


記憶の底を探る。確かに、そんなことを言った気がする。幼い頃の自分は、今よりずっと弱かった。小さなことで落ち込んで、どうしていいか分からなかった。そんな自分を、灯華はずっと隣で支えてくれていた。


「……そんなこと、言ったっけな」


「言ったの。だから、私は約束を守ってるだけ」


灯華は笑わない。ただ静かに、そう言った。夏炉は視線をそらし、袋の中の食材をぼんやりと見つめる。


(……俺は、こんなとこで、くすぶってる場合じゃねぇんだ)


グラディエーターノヴァで、天下を取る。それが、今の彼が唯一掲げた目標だった。現実の自分は、今も弱くて、情けなくて、灯華の手を借りて生きている。けれど──仮想世界の中では、自分の力だけで這い上がることができる。


「……ま、世話になってやるよ」


「最初から素直にそう言えばいいのに」


灯華はくすりと微笑んだ。その笑顔が、どこか懐かしくて、悔しくて。夏炉はただ、黙って目を伏せた。

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