第3話:「近代格闘魔法──洗礼の儀」
「──対戦相手:チュート・リアル」
闘技場の中心に立つ夏炉の前で、黒ローブの男が静かに片手を上げた。
すると、砂煙の舞う地面に、淡く紫がかった魔法陣が浮かび上がる。
空気が震え、深い闇の底から何かが這い上がってくるような圧力。そして現れたのは──
全身を黒鉄の鎧で包んだ、無骨な戦士だった。
鈍く光る無装飾のプレートアーマー。その両腕には、魔力の収束口と思しき、巨大なガントレット型の装置が装着されている。
まるで魔導具と格闘器が融合したような、異様な迫力を放っていた。
「こいつが……俺の相手か?」
思わず口にする。だが、緊張よりも興奮が勝っていた。
「ふむ……お前、素手か?」
鎧の男が重々しい声で問いかける。
「まあな。」
「そのまま殴り合う気か? 近代格闘魔法も知らずにか?」
その言葉に、夏炉の眉がわずかに動く。
「近代格闘魔法……?」
鎧の男は鼻で笑うようにニヤリとした。
「時代遅れだな。今の闘士は、魔法を組み込んで戦う。それが常識だ。」
次の瞬間──
ズガァンッ!
轟音が鳴り響いた。鎧の男の拳が空間を裂き、その軌道に沿って雷撃が奔流となって走る。青白い電撃が砂を焼き、地を割る。
「ははっ、そういうことかよ!」
夏炉の目が鋭く光った。それは脅威への警戒ではなく──久々に“本気になれる”戦いへの歓喜だった。
---
近代格闘魔法(Modern Combat Magic)
剣も銃も用いず、魔力を拳や脚へ直接流し込むことで、爆発的な身体能力と魔術効果を引き出す最前線の戦闘技術。
詠唱も杖も不要。必要なのは、鍛えた肉体と、研ぎ澄まされた技だけ。
(これなら……やれる。俺の求めてたバトルだ!)
---
「おい、新入り。準備はいいか?」
鎧の男が、雷を纏う拳を構える。
戦士としての威圧感が空気を張り詰めさせる。
「もちろんだ。」
夏炉は深く息を吐き、足を開いて構える。同時に、体内の魔力を拳へと集中させた。初めての感覚──だが、意外なほどしっくりくる、身体に淡い青い光が宿る。まるで、揺らめく小さな炎のように。
---
『FIGHT!』
どこかから響いたシステムボイスと同時に、鎧の男が地を蹴った。
「喰らえっ!!」
火を纏った拳が突き出される。その速度、威力、圧倒的。正面から受ければ一撃で意識が飛ぶ。
「っとと!」
夏炉はすぐさま後方へ跳び、間一髪で回避。だが──
(逃げ場を塞ぐように、光が伸びてきやがる……!)
拳が走った軌道に沿って炎が残留し、回避先まで追いかけてくる。シンプルな打撃ではない。これは、技術だ。
(こいつ……ただのパワーファイターじゃねぇ……!)
砂を蹴って着地し、夏炉は左拳に魔力を込めた。拳の周囲に、ふわりと青い魔力が集まり、微かに揺れる。
「ほう……? 使えるじゃねぇか。」
「こっちもな、魔法の知識くらいはあるんでね!」
かつて、幼馴染の家で遊んだ魔法系アクション『ドラゴンズハンター』──そこで培った“体感型の魔法操作”の記憶が、今、活きる。夏炉が一歩、踏み込んだ。
「喰らえっ!!」
全体重を乗せた拳が前方に突き出される。放たれたのは、魔力を圧縮した衝撃波。それは空気を震わせ、鎧の男の右拳と激突する──!
ズンッ!!
衝撃が地面を這い、砂煙が舞い上がった。二人の拳がぶつかり合う。その狭間で、砂と炎と魔力が混ざり合う。
(強ぇ……でも、それがいい!)
笑う。楽しくて仕方がない。求めていたのはこういう戦いだ。補助輪なしの、“実力”だけで殴り合う世界。
夏炉は再び構えを取った。
「近代格闘魔法──いいじゃねぇか。俺好みだよ!」