表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

トキ イチロ短編集

気のせい

作者: トキ イチロ

 

 最近、俺の個人情報が漏れている気がする。

 この前も、朝学校に着くなり、同じクラスの奴から、


「お前、パソコン新しいの買ったんだって? いいよなあ」


 と言われた。

 これだけなら、なんてことも無いように思うだろうが、この日は月曜日で、パソコンを買ったのは前日の日曜だったから、その時はまだ誰にもしゃべってはいない。たまたまその店で買ったところを見たのか、と思った俺は、まるで気にすることもなく、ああ、とだけ答えておいた。

 ところが、また別の日、担任にも声をかけられた。


「お前、近頃、夜更かししてるんだってな。その時間を少しは勉強にあてたらどうなんだ」


 呆れたように言う担任に、俺は、はあ、としか答えられなかった。

 それだけならまだいい。

 昼休みには、家でやってるゲームでどこそこまで進んだんだって? とその箇所の攻略方法を聞かれたりしたし、たまたま昨日見ていた番組のどこそこで爆笑したんだってな、と意味のわからないことを言われたりもした。

 俺は本来、物覚えがいいほうではない。昨日食べた夕飯だって、いちいち覚えていないし、テレビ番組の内容だってすぐに忘れてしまう。実は同じ映画を、それと気づかずに五回もレンタルしたことがあるくらいだ。さすがにその時はビデオ屋の店員が、五回目ですよ、と言ってくれたので良かったのだが。いや、実は内容を覚えていなかったから、その時は見たかったんだ。くそ、店員め、変な所に気づかなくてもいいじゃないか。

 しかし、その話すら、皆が知っている事らしく、


「そこまで好きなら、もう買っちゃえよ」


 と笑われたりした。

 そして、その映画の名前から、俺についたあだ名がある。

 『大佐』

 というのだった。ちくしょう、タイトル覚えてないから、なんで『大佐』なのか訳がわからん。ビデオ屋の店員め、本当に余計なことしやがって。

 まあともかく、そのくらい忘れっぽいというか、細かいことを気にしない性格なので、個人情報が漏れてるんだ、とはまったく気付かなかった。みんな変なこと知ってるなー、くらいの感覚だった。

 だが、さすがの俺でも、おかしい、と気づく出来事があった。突然、隣のクラスの女子から呼び出されたんだ。

 その娘は『ゆず』と呼ばれていて、俺が思うに、通っている高校で一番可愛い。まあ、早い話が、その娘が好きなんだ、俺は。そういう訳だから、わざわざ呼び出された事に、驚きもしたし、なにやらいい事があるような気がして、それはもう舞い上がった。

 げた箱に入っていた手紙には、


『お話があるので、放課後に焼却炉の前に来てください』


 とあった。

 手紙に気づいたのは朝だったから、本当に放課後が待ち遠しかった。そういう時ほど、いつもは果てしなく長く感じる授業が、より一層時間が経つのが遅く感じるものだ。だから、俺は、気合を入れて寝ることにした。いつもの十倍の気合いで寝てやった。

 睡眠充分で、放課後を迎えた俺は、焦る気持ちと、ニヤケ顔を抑えつつ、焼却炉へと向かった。

 学校の焼却炉は、ダイオキシンがどうだとかいう理由から、もう使用されていない。だから、放課後ともなれば、まるで人気がない。にんきじゃない、ひとけだ。そんなところへ呼び出す理由といったら、もう俺には片手で数えるくらいしか思いつかない。だが、内心ではたった一つに絞った。そう、言うまでもなく、


「私を好きだとか、やめてください」


 そう、これこれ。

 ……いや、これではない。もっとこう、ほら、わかるでしょう、こういう場合は。

 だが、「やめてください」とは、間違いなく『ゆず』が言った言葉だった。浮かれていた俺は、いつしか彼女の前に来ていることさえ、気付かなかった。まったく、どうかしている。そのうえ、『ゆず』は一人ではなかった。いつも一緒にいる女子の友人二人と一緒だった。俺の目から見たそいつらの顔は、丸のなかに『へのへのもへじ』が書いてある程度の印象しかない。

 そして、その『へのへのもへじ』の一人が、


「あんたが『ゆず』ちゃんを好きだなんて。鏡で顔みたことあんの?」


 と、ぬかしてきた。お前こそ、『へのへのもへじ』じゃないか。

 続いて、もう一人の奴まで、そうだそうだ、と言って口を尖らせ、一時的に、『へのへのも3じ』になった。おのれ、『へのへの』一号と二号め。

 そんな一号と二号に、『ゆず』は、


「ちょっと、言いすぎだよ」


 と、なだめた。

 さすがは学校一可愛い『ゆず』。俺は涙が出るくらい嬉しかったが、涙の本当の理由はそれではない。まあ、察してもらえると思う。

 

「じゃあね」


 と言って、『ゆず』と一号、二号は去って行った。『ゆず』の髪のいい匂いを残して。この匂いは間違いなく『ゆず』のものだ。断じてあの一号、二号のものではない。いや、『へのへの』のだったらどうしよう。というのも胸いっぱいに吸い込んでしまったからだ。まあ、吸い込んだものは仕方ない。

 とにかく、そういう事があったものだから、俺はおおいに困った。『ゆず』のことが好きだなんて、誰にも言ったことがないのだ。忘れっぽい俺でも、さすがにそのくらいは覚えている。では、なぜ、『ゆず』はその事を知って、呼び出したりしたのか。よっぽどの確信がなければ、そんな事はしないはず。少なくとも、俺ならしない。いや、あの『へのへの』が相手だったら分らないか。それは一号だろうと二号だろうと同じだ。いや、あの二人の事は忘れよう。得意だから、忘れるのは。


「でも、この謎はとかなくちゃな」


 帰宅した俺は、今日あった事をしっかりと日記に記した。忘れっぽい俺だが、これだけは欠かしたことがない。そして日記帳を閉じると、机の引き出しにしまい、鍵をかけた。鍵までかけているのだから、この日記から情報が漏れている可能性はない。

 だが、引っかかるのは、皆が知っている情報というのは、俺が家でどう過ごしたか、ということまで含まれている、という事だ。恥ずかしながら、この時、初めてそのことに思い当った。


「まさか、誰かに覗かれてる?」


 俺は、部屋の窓のカーテンを開け、外を見た。俺の部屋は家の二階にある。そこからは向いの家と、下には細い道があるだけだ。住宅地ではあるが、そこまで密集している訳ではないし、夜はこうしてカーテンをしているのだから、外部から見られているという事は無さそうだ。


「じゃあ、内側からか?」


 初めに思ったのは、盗聴器とか、盗撮カメラとかの存在だ。まさか、そこまではないだろう、とは思いながらも、一応、あちこちを調べてみた。当然と言えば当然なのだが、何一つ出てきやしない。念のため、コンセントのふたまでドライバーを使って開けてみたが、元に戻すのに苦労しただけだった。


「あほらし」


 おれは急速にどうでもよくなってきた。とりあえず、この日にこれ以上できることは無い、という結論に至った。早い話、俺の個人情報を知っている人間に、どこから知ったのかを聞けば良いのだ。俺はベッドへ横になると、明かりも消さずに寝てしまった。


「なあ、俺がパソコン買ったのって、どうして知ってたんだ?」


 俺は翌朝、学校につくなり、パソコンを買った事を知っていた奴を捕まえて、聞いた。

 そいつの答えはこうだった。


「ああ、お前の気のせいだよ」


 気のせい……?

 何が気のせいだというのだ。俺には理解ができない。


「だから、『大佐』の気のせいなんだってば」


 そいつは含み笑いを残して、自分の席へと戻って行った。『大佐』というのは、もちろん俺のことだ。ビデオ屋の店員め、もうお前のところで借りてやらない。

 仕方がないので、他の奴にも聞いてみた。


「気のせいだよ」


「気のせいさ」


「『大佐』の気のせいからだよ」


 気のせい。それしか言わない。

 あれ、最後の奴は少し日本語がおかしいぞ。いや、あっているのか。単なる言い間違えか。どちらにしても、その時の俺は、夢にも思わなかった。

 

――高校生のブログ『大佐の気のせい』


 というものが存在していたのを。

 そういえば、俺の部屋の机に鍵はかけてるけど、肝心の鍵は、ほっぽったままだったな。

 

「『ゆず』ちゃん、うちの『大佐』は、ちゃんと振ってくれた?」


「あ、はい。でも、彼、泣いてました……」


「いいよ、あいつ、姉である私がいながら、他の娘に手をだそうだなんて」


「いえ……別に手をだされた訳では……」


 こんな会話を知らなくても、まあ、犯人は姉ちゃんしかいない、というのは、消去法でわかる、というものだ。

 まさか、俺に成りすまして、勝手にブログで日記公開やってるなんて。

 

 ……あれ? 俺に姉ちゃんがいる事、言ってなかったっけ? まあ、忘れっぽいんで、そこらあたりは勘弁して欲しい。




ネットによる、なりすまし、のニュースを見て、即興で書いてみました。

完全に勢いで書いてますが、まあ、たまにはこんなのもいいでしょう。

コメディチックにしたかったけど、多分笑えない(笑)。

 ※12月26日、ちょびっと加筆修正しました。オチに一文足しただけですけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  拝読をさせていただきました。ジャンルはコメディということでしたが、笑いももちろん、構成の質も非常に高いです。   オチがずっと気になってすらすらと読めてしまいました。なるほど、を通り越して…
2010/01/08 22:21 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ