気のせい
最近、俺の個人情報が漏れている気がする。
この前も、朝学校に着くなり、同じクラスの奴から、
「お前、パソコン新しいの買ったんだって? いいよなあ」
と言われた。
これだけなら、なんてことも無いように思うだろうが、この日は月曜日で、パソコンを買ったのは前日の日曜だったから、その時はまだ誰にもしゃべってはいない。たまたまその店で買ったところを見たのか、と思った俺は、まるで気にすることもなく、ああ、とだけ答えておいた。
ところが、また別の日、担任にも声をかけられた。
「お前、近頃、夜更かししてるんだってな。その時間を少しは勉強にあてたらどうなんだ」
呆れたように言う担任に、俺は、はあ、としか答えられなかった。
それだけならまだいい。
昼休みには、家でやってるゲームでどこそこまで進んだんだって? とその箇所の攻略方法を聞かれたりしたし、たまたま昨日見ていた番組のどこそこで爆笑したんだってな、と意味のわからないことを言われたりもした。
俺は本来、物覚えがいいほうではない。昨日食べた夕飯だって、いちいち覚えていないし、テレビ番組の内容だってすぐに忘れてしまう。実は同じ映画を、それと気づかずに五回もレンタルしたことがあるくらいだ。さすがにその時はビデオ屋の店員が、五回目ですよ、と言ってくれたので良かったのだが。いや、実は内容を覚えていなかったから、その時は見たかったんだ。くそ、店員め、変な所に気づかなくてもいいじゃないか。
しかし、その話すら、皆が知っている事らしく、
「そこまで好きなら、もう買っちゃえよ」
と笑われたりした。
そして、その映画の名前から、俺についたあだ名がある。
『大佐』
というのだった。ちくしょう、タイトル覚えてないから、なんで『大佐』なのか訳がわからん。ビデオ屋の店員め、本当に余計なことしやがって。
まあともかく、そのくらい忘れっぽいというか、細かいことを気にしない性格なので、個人情報が漏れてるんだ、とはまったく気付かなかった。みんな変なこと知ってるなー、くらいの感覚だった。
だが、さすがの俺でも、おかしい、と気づく出来事があった。突然、隣のクラスの女子から呼び出されたんだ。
その娘は『ゆず』と呼ばれていて、俺が思うに、通っている高校で一番可愛い。まあ、早い話が、その娘が好きなんだ、俺は。そういう訳だから、わざわざ呼び出された事に、驚きもしたし、なにやらいい事があるような気がして、それはもう舞い上がった。
げた箱に入っていた手紙には、
『お話があるので、放課後に焼却炉の前に来てください』
とあった。
手紙に気づいたのは朝だったから、本当に放課後が待ち遠しかった。そういう時ほど、いつもは果てしなく長く感じる授業が、より一層時間が経つのが遅く感じるものだ。だから、俺は、気合を入れて寝ることにした。いつもの十倍の気合いで寝てやった。
睡眠充分で、放課後を迎えた俺は、焦る気持ちと、ニヤケ顔を抑えつつ、焼却炉へと向かった。
学校の焼却炉は、ダイオキシンがどうだとかいう理由から、もう使用されていない。だから、放課後ともなれば、まるで人気がない。にんきじゃない、ひとけだ。そんなところへ呼び出す理由といったら、もう俺には片手で数えるくらいしか思いつかない。だが、内心ではたった一つに絞った。そう、言うまでもなく、
「私を好きだとか、やめてください」
そう、これこれ。
……いや、これではない。もっとこう、ほら、わかるでしょう、こういう場合は。
だが、「やめてください」とは、間違いなく『ゆず』が言った言葉だった。浮かれていた俺は、いつしか彼女の前に来ていることさえ、気付かなかった。まったく、どうかしている。そのうえ、『ゆず』は一人ではなかった。いつも一緒にいる女子の友人二人と一緒だった。俺の目から見たそいつらの顔は、丸のなかに『へのへのもへじ』が書いてある程度の印象しかない。
そして、その『へのへのもへじ』の一人が、
「あんたが『ゆず』ちゃんを好きだなんて。鏡で顔みたことあんの?」
と、ぬかしてきた。お前こそ、『へのへのもへじ』じゃないか。
続いて、もう一人の奴まで、そうだそうだ、と言って口を尖らせ、一時的に、『へのへのも3じ』になった。おのれ、『へのへの』一号と二号め。
そんな一号と二号に、『ゆず』は、
「ちょっと、言いすぎだよ」
と、なだめた。
さすがは学校一可愛い『ゆず』。俺は涙が出るくらい嬉しかったが、涙の本当の理由はそれではない。まあ、察してもらえると思う。
「じゃあね」
と言って、『ゆず』と一号、二号は去って行った。『ゆず』の髪のいい匂いを残して。この匂いは間違いなく『ゆず』のものだ。断じてあの一号、二号のものではない。いや、『へのへの』のだったらどうしよう。というのも胸いっぱいに吸い込んでしまったからだ。まあ、吸い込んだものは仕方ない。
とにかく、そういう事があったものだから、俺はおおいに困った。『ゆず』のことが好きだなんて、誰にも言ったことがないのだ。忘れっぽい俺でも、さすがにそのくらいは覚えている。では、なぜ、『ゆず』はその事を知って、呼び出したりしたのか。よっぽどの確信がなければ、そんな事はしないはず。少なくとも、俺ならしない。いや、あの『へのへの』が相手だったら分らないか。それは一号だろうと二号だろうと同じだ。いや、あの二人の事は忘れよう。得意だから、忘れるのは。
「でも、この謎はとかなくちゃな」
帰宅した俺は、今日あった事をしっかりと日記に記した。忘れっぽい俺だが、これだけは欠かしたことがない。そして日記帳を閉じると、机の引き出しにしまい、鍵をかけた。鍵までかけているのだから、この日記から情報が漏れている可能性はない。
だが、引っかかるのは、皆が知っている情報というのは、俺が家でどう過ごしたか、ということまで含まれている、という事だ。恥ずかしながら、この時、初めてそのことに思い当った。
「まさか、誰かに覗かれてる?」
俺は、部屋の窓のカーテンを開け、外を見た。俺の部屋は家の二階にある。そこからは向いの家と、下には細い道があるだけだ。住宅地ではあるが、そこまで密集している訳ではないし、夜はこうしてカーテンをしているのだから、外部から見られているという事は無さそうだ。
「じゃあ、内側からか?」
初めに思ったのは、盗聴器とか、盗撮カメラとかの存在だ。まさか、そこまではないだろう、とは思いながらも、一応、あちこちを調べてみた。当然と言えば当然なのだが、何一つ出てきやしない。念のため、コンセントのふたまでドライバーを使って開けてみたが、元に戻すのに苦労しただけだった。
「あほらし」
おれは急速にどうでもよくなってきた。とりあえず、この日にこれ以上できることは無い、という結論に至った。早い話、俺の個人情報を知っている人間に、どこから知ったのかを聞けば良いのだ。俺はベッドへ横になると、明かりも消さずに寝てしまった。
「なあ、俺がパソコン買ったのって、どうして知ってたんだ?」
俺は翌朝、学校につくなり、パソコンを買った事を知っていた奴を捕まえて、聞いた。
そいつの答えはこうだった。
「ああ、お前の気のせいだよ」
気のせい……?
何が気のせいだというのだ。俺には理解ができない。
「だから、『大佐』の気のせいなんだってば」
そいつは含み笑いを残して、自分の席へと戻って行った。『大佐』というのは、もちろん俺のことだ。ビデオ屋の店員め、もうお前のところで借りてやらない。
仕方がないので、他の奴にも聞いてみた。
「気のせいだよ」
「気のせいさ」
「『大佐』の気のせいからだよ」
気のせい。それしか言わない。
あれ、最後の奴は少し日本語がおかしいぞ。いや、あっているのか。単なる言い間違えか。どちらにしても、その時の俺は、夢にも思わなかった。
――高校生のブログ『大佐の気のせい』
というものが存在していたのを。
そういえば、俺の部屋の机に鍵はかけてるけど、肝心の鍵は、ほっぽったままだったな。
「『ゆず』ちゃん、うちの『大佐』は、ちゃんと振ってくれた?」
「あ、はい。でも、彼、泣いてました……」
「いいよ、あいつ、姉である私がいながら、他の娘に手をだそうだなんて」
「いえ……別に手をだされた訳では……」
こんな会話を知らなくても、まあ、犯人は姉ちゃんしかいない、というのは、消去法でわかる、というものだ。
まさか、俺に成りすまして、勝手にブログで日記公開やってるなんて。
……あれ? 俺に姉ちゃんがいる事、言ってなかったっけ? まあ、忘れっぽいんで、そこらあたりは勘弁して欲しい。
ネットによる、なりすまし、のニュースを見て、即興で書いてみました。
完全に勢いで書いてますが、まあ、たまにはこんなのもいいでしょう。
コメディチックにしたかったけど、多分笑えない(笑)。
※12月26日、ちょびっと加筆修正しました。オチに一文足しただけですけど。