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大学中退にあたって

作者: あかつき(01)

 「……何やってんすか、先輩」


 僕が通っている大学のキャンパスは、その正門からタイルで舗装された道が敷地内へ伸びている。大小さまざまな石の正方形・長方形が敷き詰められた道だ。

 その道のど真ん中で、その先輩は人目を憚ることも無くしゃがみこんでいた。歩いて行く他の学生や教員たちの視線を独り占めしている、というのは言うまでもない。


 「あー、お前か」


 僕の声を背中で受けた先輩は、しゃがみこんだまま顔をコチラに向けた。首から肩へ流れ落ちる髪が揺らめいて覗いた顔は、まるで悪戯を仕掛ける子供のような表情だった。


 「気になるー?」

 「いや、そんなことよりも。退学したんスよね?」

 「んんぁ? まーそうだけど?」


 確かに気にはなったが、その知らせを聞いてから散々キャンパスの中を探し回ったのだ。その慌ただしい疲労感に基づいて、僕が確認を取った途端、純粋な愉悦を宿していた先輩の表情が、面倒を厭う表情へ移ろってしまう。


 「いやそんなことよりさー」


 先輩は利き手に鋏を、片やラインテープを持っていた。


 「お前も手伝えよ」

 「……なにを?」

 「決まってんだろ、タイルの枚数を数えんだよ」


 なるほど確かに、先輩の向こうに続く道、そのタイルには、もれなくラインテープの断片が張られている。タイルすべてにラインテープを貼った後、それらを回収して数える作戦のようだ。


 「なんでぇ……?」

 「なんでってお前……気にならない? 毎日歩いてんだろ? ココ」

 「いやそうですけど」

 「嘆かわしいねー。毎日歩いてるのにココのタイルの枚数も知らねーのか」

 「先輩だって知らないんじゃないですか」

 「だから数えてんでしょうが」


 先輩の言葉は澱み無い。


 「流石にそこまで言われると、気になってきますね……」

 「おっいいねー。じゃあコレ」


 僕が溜息交じりに承諾を示せば、待ってましたと言わんばかりに、先輩が鞄から鋏とラインテープを差し出してくる。


 「んじゃーそっち半分、頼むわ」


 僕は差し出された「タイル数えセット」を受け取り、言われるがまましゃがんでタイルを数え始めてしまった。当然ながら、僕にも衆目が注がれていく。


 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。


 鋏を動かし、ラインテープを切断し、タイルに貼る。

 目に映るタイルに貼り終われば、しゃがんだまま後ろに下がる。


 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。


 先輩と僕、ふたり道に並んでタイルを数えていく。


 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。


 しゃがみっぱなしでツラいので、たまに立ち上がって後ろに下がる。


 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ショキ、ツプ……ぺた。

 ザリッザリッ。


 作業に没頭するうち、自然と奇異の目線は気にならなくなった。先輩との共同作業という仲間意識か、奇行を実行しているという自棄の意識か、足腰の疲労に意識を取られてか。


 「タイルの枚数気にしたことなかったー?」

 「無かったですね……」

 「でしょー? やっぱ誰も知ろうとしてないんだよねー」


 タイルにシールを貼りながら、唐突に先輩が話を振ってきた。


 「……先輩」

 「なにー?」

 「なんでココのタイル数えようって思ったんです?」

 「あー……」


 僕があらためて投げかけた質問で、先輩は呻いて手を止めた。


 「……ただスゴスゴと何も知らずに居なくなるのは悔しいじゃないか」

 「?」

 「あー、いや違うな」


 先輩が言い澱む。


 「この道のタイルの枚数を知っている側の人間になりたい、からかな?」

 「……そっスか」


 それから作業は黙々と続いた。

 そうしてタイルの枚数が判明し、先輩と僕はこの道のタイルの枚数を知っている側の人間になった。


 「さて、いい時間だね。学食でも食べるかな?」

 「え?」


 先輩が大学の学食を食べている場面なんて、僕は想像できなかった。


 「ウソウソ、冗談冗談。食べたこと無い儘大学を去るよ」

 「最後だからこそ食べた方が良いんじゃないですか?」

 「アホか。嫌いな場所の記憶は嫌な記憶だけであるべきだろ」


 先輩は噛みつくように反駁した。


 「大学での飯の記憶は、カロリーバーを齧りながら周囲を恨めしそうに睨みつける記憶。それでいーの」


 僕はさびしくなった。

 僕の顔を見た先輩は、なにかを言おうとして、やめて、そのまま踵を返す。


 「んじゃあね」


 僕は先輩の連絡先を知らない。

この小噺はだいたいフィクションです。

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