義足
(あんな短時間にどこに行ったのだろう?)
一週間前に男を見た時の既視感はますます強くなった。
(きっと見た事がある)
少年は必死に思い出そうとしたが駄目だった。最近、頭の中がおかしかった。昔の事がほとんど思い出せず、最近の事でも記憶が混濁する。
(思い出せない)
*
今日も何もする事がない。
悠木といっしょに遊ぶ。
追いかけっこ。悠木がおにになった。
今日は雨が降っているから家の中だけでするけど、家は広いしいっぱい部屋があって、逃げる場所は豊富にある。
おじさんの書さいに逃げ込む。音がしない様にしんちょうにドアを閉めた。
タッタッタッタッ。
足音が書さいの前を通り過ぎた。どうやら気がつかなかった様だ。気がつかれたとしても、書さいは本棚が十もあるほど広いから、入ってこられても逃げ切る自身はある。
そろそろ書さいを出ないと。家も庭も広大だからかくれる時はできるだけ同じ所にとどまらず、おにに見つかりやすい様にするという暗黙のルールがある。
ドアを開ける。
「引っかかった!」
「ワッ!」
しまった! 待ち伏せされていた!
捕まった、と思ったらにぶい音がして悠木が倒れた。ドアに足が引っかかった様だ。ドジ。
悠木を飛び越えて、このすきに逃げる。書さいの前のろうかを左へ走り、右に曲がって中庭に面したろうかに出た。
窓の外では相変わらず雨が降っている。そのせいか、家の中が照明がつけられているのに薄暗い。
足音が聞こえてきた。悠木は復活したらしい。今度は右へ走る。
走りながら誰かにぶつかったら危ないかな、と考えていたらお手伝いさんにぶつかった。お手伝いさんは倒れて、運んでいた物を落とした。重そうな音がする。
お手伝いさんは足にけがをしてしまった。足から血が出ている。あれ? これは……?
悠木がおじさん達を呼び、大騒ぎになった。お手伝いさんを他のお手伝いさんが手当てした。僕と悠木は父さんとおじさんに怒られた。悠木は不満そうな顔をしている。
説教がすんだ後、父さんに、お手伝いさんの傷口がどうして僕たちの傷口と違うのか聞いてみる。さっきから気になっていた。
父さんとおじさんは顔を見合わせて小声で何か相談をした。今度教えてやる、と父さんは言った。
数日後、おじさんが絵本と図鑑をくれた。早速読んでみる。
面白かった。お手伝いさんはこの図鑑に出てきたのと同じように、〈義足〉をつけているんだろう。