再び
少年が書店で奇妙な男と遭遇してから一週間後の七月十二日。少年はもうほとんど男の事を忘れていた、というよりも見間違いだったと思うようにしたのだ。
「智也、一緒に遊ばない?」
学校が終わった後、少年は同級生から野球に誘われた。
一月前に現在の学校に入学した少年には友達がいない。遊びの誘いに少年は喜んだ
同級生達がいつも遊んでいる公園のグラウンドに行くと、そこは一学年上の集団に占拠されていた。
「どうする?他の所へ行く?」
「しょうがないよ」
仕方なく、あまり使われていない遠くの公園に移った。
公園につくとチームを分け、守備位置を決めた。少年の守備位置は外野に決まった。
強い打球が少年の頭上を越えていく。フェンスの手前でワンバウンドした打球は、フェンスに開いた一メートル四方ほどの穴に吸い込まれた。
ボールを追いかけて少年はフェンスをくぐった。グラウンドの外の空間の大半は樹木や、あまり手入れされていないベニカナメの生け垣と、その間を縫うように走る散歩道で占められている。ボールはその散歩道にまで転がっていた。
ボールを取りグラウンドの方向を向いた時、少年は生け垣の横に据えられたベンチに座っている老爺に気がついた。ズボンを膝上にまであげて、すねの辺りをかきむしっている。少年の視線はそこで止まった。
上下に動く手の間から、鈍い銀色をのぞかせた肌が見えたからである。あの『金属質の物』だ。
一週間前に見た男の二の腕と全く同じだ。太陽光に照らされたそれは、あまり光を反射していない。
(どこかで見たはず……)
少年の心の奥底で何かがうずいた。空は明るく輝き周囲は樹木が生い茂っているが、少年の意識の隅には対照的な薄暗く雨の降る風景があった。
シトシトと雨の降る音、誰かが走っている足音、そんなものが聞こえた気がする。
(何か思い出せそうな――)
「おーい、早くしろー!」
少年はハッとした。回想を切り上げる。友達に急かされ慌ててグラウンドに戻り、ボールを内野へ投げ返した。
その後すぐに引き返し、ベンチの前に戻った。しかしそこには誰もいない。散歩道、生け垣の周囲、木の間や上、ベンチの下、どこにもいない。