63. 新しい日常
気配を感じ、目が覚めた。時刻は6時55分。彼女が呼び鈴を鳴らす気がして、すぐさま玄関に向かう。扉を開けると、神楽が立っていた。
「あ、おはようございます!」
「……おはよう」
「失礼しますね」
「あ、うん」
神楽は慣れた様子で部屋へ上がる。彼女とパーティーを組んでから1週間。毎朝、彼女が部屋に来ることが日常となっていた。神楽は荷物を置くと、朝食を作り始める。3日前からご飯を持ってくるのではなく、この部屋で作るようになった。今までは埃をかぶっていただけの台所も、本来の姿を取り戻し、フル稼働している。
(べつにご飯を作るのはいいんだけど)
それより気になることがある。
「あのさ、神楽」
「何ですか?」
「家に来る時間が、徐々に早くなってない?」
最初は9時だった。しかし今は、7時前に来ている。
「はい。だって、宿須さん。この時間でも起きてるじゃないですか。だから、早めに来ても大丈夫かなって」
「……なるほど」
俺は、気配を察して起きているのであって、意識して早起きをしているわけではない。このペースだと、1か月後には、3時とかに起こされそうだ。
「もしかして、迷惑でしたか?」
神楽が申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「……いや、そんなことはないけど」
べつに悪いとは思っていない。ただ、俺の睡眠時間が削られることを心配しているだけだ。
「良かったです」
神楽は嬉々とした表情で調理に戻った。
(まぁ、ご飯を作ってくれるだけ、感謝しないとな。それに早起きは三文の徳と言うし)
とはいえ、ゆっくり眠りたい気持ちもあるので、うまく調整していきたいところではある。
それから神楽の配膳を手伝い、一緒にご飯を食べる。
「昨日のダンジョンはどうだったんですか?」
「楽勝だった」
昨日出現したのは、難易度がEのダンジョンだった。だから、今の俺にとっては、準備運動にすらならない。1時間で攻略した。
「流石です。後でお話を聞かせてくださいね。レポートにまとめるので」
「うん。ありがとう。そういう神楽は、最近、研修はどうなの?」
冒険者になることを決意した神楽は大学を辞めた。そして俺のマネージャー業務をするにあたって、社会人の経験が必要だと感じ、彼女は今、姉の下で研修という名の手伝いをしているらしい。詳しい事情はよくわかっていないが。
「はい。順調です」
「それは良かった。その調子で頑張れ」
「はい! あ、そういえば、姉が宿須さんのことを呼んでいましたよ。だから、今日は一緒にギルドへ行きましょう」
美津目さんに呼ばれている。これは、良くないことが起こる。
「腹が痛いと言って、断っておいて」
「え、お腹が痛いんですか? すみません、気づかなくて……」
「ん。ただの仮病」
「あ、そうなんですね。わかりました。なら、今すぐ連絡しますね」
神楽はスマホを取り出し、メッセージを打ち込む。仕事が早い。が、できれば、ギルドに行って、直接言って欲しかった。このタイミングで連絡したら、面倒なアクションがある気がする。
「送りました」
「……どうも」
「あ、返信が来ました」
「……早いな」
「薬とお見舞いを持って、こちらに来るそうです」
「……ギルドに行くって伝えて」
「はい」
ため息を吐きそうになる。が、神楽の前なので、控えた。
神楽が作った味噌汁を飲む。温かくてダシが聞いている。今日も1日頑張れそうだ。




