62. 増えるファンタジー
美津目さんに伝えたいことがあったから、俺はギルドの会議室で、彼女と会った。
俺の顔を見るなり、美津目さんは小首を傾げる。
「ずいぶんと機嫌が良さそうですね」
「……そうですか?」
「はい。いつもより雰囲気が明るいですよ」
「なるほど」
それじゃあ、いつも暗いように聞こえる。実際暗いので、否定はできないが。
(まぁ、べつに良いけど)
今日はどんな悪口も許せそうだ。
「それで、今日お呼びした理由ですけど」と俺が言ったところで、「その前に一つ良いですか?」と美津目さんは言う。
「はい。何ですか?」
「神楽の件、ありがとうございました。あの子が病院に搬送されたと聞いたときは驚きましたが、家に帰ってきた彼女はとても元気で、楽しそうにダンジョンのことを語っていました。明るい彼女を見るのは久しぶりだったから、私も母も嬉しくなりました。だから、神楽の笑顔を取り戻した宿須さんには感謝の念が尽きません。母も感謝しています」
「いえ、笑顔を取り戻したなんて、そんな大それたこと、していませんよ。それに、俺も美津目さんには感謝しています。美津目さんがいなかったら、俺が神楽さんと出会うことも無かったと思うので。神楽さんに出会わなかったら、俺は多分、冒険者として成長できなかったと思います」
「……そうですか。神楽が、宿須さんの助けになったのだとしたら、良かったです。すみません。私の話は以上です。それで、お話と言うのは?」
「はい。美津目さんに話したいことは2つあります。1つ目はこれです。どうぞ、中を確認してください」
俺は分厚い封筒を彼女の前に置いた。美津目さんは訝しそうに封筒を開け、中にあったレポートを取り出す。
「これは……レポートですか? 書いてくれたんですね! って、書いたのは神楽じゃないですか」
「はい。俺が書くよりも彼女が書いた方がわかりやすいと思ったので。制度的にも、俺が作成に関わっていれば、問題ないですよね?」
「まぁ、そうですけど。というか、昨日ずっと引きこもって何をしているなと思ったら、これを書いていたんですね」
美津目さんは、レポートをいくつか眺め、渋い顔で頷く。
「わかりました。このレポートで提出してください。本音を言えば、宿須さんに書いてほしかったんですけど」
「はい。あとでデータを送りますね。それじゃあ、2つ目の件なのですが、神楽さんとパーティーを組むことにしました」
「そうですか」
美津目さんの反応が思っていたよりもあっさりしたものだったから、戸惑う。すると彼女は言った。
「そんな気はしていたんです。だって、神楽がダンジョンの話をするとき、ずっとあなたのことを話しているんですもん。そして神楽は、気に入った人がいたら、ずっとその人のそばにいたがるので、あなたのそばにもいようとするんじゃないかなと思っていました。稲荷――神楽の兄のときもそうでしたしね」
「……なるほど」
「姉の私が言うのも、変な話ですけど、神楽はかなり変わっていますよ? それでもいいんですか?」
「はい。というか、私の仲間になりたいなら、変わっていないと難しいんじゃないかなって思います」
「どうしてですか?」
「私も変わっているので」
「……それもそうですね」と美津目さんは苦笑する。
神楽は変わっている。その通りだと思う。でも、だからこそ、彼女と一緒にいたいと思えた。彼女は、俺にとってある種のファンタジー。彼女といると、クソみたいなリアルを忘れることができる。
それに、神楽を仲間にした理由はもう一つある。美津目さんに話すつもりはないが、彼女になら騙されてもいいと思ったからだ。俺は今まで、他人の言動を信じ、そのたびに痛い目に遭ってきた。だから、基本的には他人を信じない。実のところ、神楽に対してもまだ懐疑的ではある。それでも、彼女から向けられるリスペクトを心地よく感じるのも事実だ。だから、仮に彼女が何かしらの演技をしているのだとしても、彼女との時間を楽しみたいと思った。
「もしかして、マネージャー的な仕事は、神楽がやってくれる感じですか?」
「そうですね」
「人の妹をパシリにするつもりですか?」
「そんなつもりはないですけど。むしろ、やりたがっているみたいでしたが」
俺がマネージャー的な人を探していると言ったら、食い気味に「やります!」と言っていた。
「でしょうね。あの子は、気に入った人には、尽くしたいタイプなので」
「へぇ」
「まぁ、変なホストとかにはまるよりはマシかなとは思いますけど」
「俺は変なホストよりもたちが悪いですよ?」
「かもしれませんね。ただ、宿須さんのことは、ある程度信用しているので、悪い方にはいかないんじゃないかなって思います」
……この美津目姉妹の俺に対する高評価は何なんだ? この間は、普段は信用ならないみたいなことを言っていたくせに。まぁ、悪い気はしないから良いけど。
「宿須さん」と美津目さんは真剣な顔で言う。「神楽のこと、お願いしますね」
「はい」と俺もできるだけ真剣な顔を意識して答えた。
☆☆☆
ギルドのエントランスに神楽がいて、俺を認めると、嬉々とした表情で歩み寄ってきた。
「どうでしたか?」
「とくに反対とかされなかったけど」
「そうですか。なら良かったです」
神楽は胸を撫でおろし、再び顔を上げると、溌溂とした表情で語る。
「あの、宿須さん。私、ダンジョン攻略を頑張ります。だから、一緒にたくさん攻略しましょうね!」
「ああ、そうだな。そして、いずれは神楽の願いを叶えよう」
「え、願いならもう叶いましたけど」
「え、叶ったの?」
「あ、いや、まだ叶っていません!」
「だよな」
神楽の兄が復活したなんて話は聞いていない。
「それじゃあ、帰ろうか。用事も済んだし」
「はい!」
俺と神楽は歩き出す。隣を歩く神楽を一瞥し、俺は思う。
(俺が誰かと一緒にいる日が来るとはな……)
これもまた、ダンジョンから始まったファンタジーか。ほんと、ダンジョン様様だ。だから、また近いうちに攻略しに行こうと思う。
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