61. 不思議な時間
来る気はしていたが、実際に来ると、ちょっと驚いてしまう俺がいる。
「宿須さん?」
「ん。ああ、おはよう。今日はどうかしたの?」
「はい。レポートができたので、届けに来ました!」
「え、できたの? 全部?」
「はい」
「1日で作ったの?」
「はい。楽しかったので!」
レポートの作成が楽しい? 俺には理解できない感情だ。しかし神楽の溌溂とした顔を見るに、嘘を言っているようには見えない。
「わかった。んじゃ、ちょっと待ってて」
「あの! 今日は朝食も作ってきたんです!」と神楽は持っていた紙袋を突き出す。「と言っても、大したものじゃないんですけど」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
「私もまだご飯を食べていないので、一緒に食べませんか?」
「わかった。なら、近くの公園に」
「今日、寒くないですか?」
……確かに。暦の上では春になっているが、まだまだ朝は寒い。
「んじゃ、カラオケ屋?」
「宿須さんの部屋で良くないですか?」
神楽がじっと俺を見てくる。部屋に上がりたいらしい。なぜ、そこまで俺の部屋にこだわっているのかはわからないが、レポートだけではなく、朝食まで作ってくれたみたいなので、上げるくらいはした方が良い気がしてきた。
「わかったよ。んじゃ、汚いけど」
「はい!」
神楽を部屋に案内する。
神楽は俺の部屋を見て言う。
「汚い、というより何もない部屋ですね。ミニマリストでも目指しているんですか?」
「べつにそういうわけじゃないけど」
俺の部屋には、布団とローテーブルがあるだけだった。それ以外のものは、全部クローゼットにしまっている。クローゼットからクッションを出して、神楽を座らせる。俺は布団の上に座り、ローテーブルを挟んで、神楽と向かい合った。
「レポートの前に、先にご飯を食べませんか?」
「ん。いいけど」
「準備しますね」
神楽は紙袋の中からおにぎりを並べ、スープジャーの蓋を開ける。中に入っていたのは、豚汁だった。
「宿須さん、この前のダンジョンで、朝はおにぎりと豚汁に限るって言っていましたよね?」
「言った気がする」
「だから、これにしました」
「そうなんだ。ありがとう」
「はい。それじゃあ、いただきましょう!」
「いただきます」
神楽が作ってくれた豚汁を飲んでみる。普通においしかった。おにぎりも食べる。普通においしかった。神楽の視線を感じたので顔を上げると、探るような視線で俺を見ていた。これは褒めた方が良い気がしてきた。
「どっちもおいしい。マジでこんなにおいしい朝食は久しぶり。ありがとう。朝から元気が湧いてくるわ」
「それは良かったです!」
神楽はホッと胸をなでおろし、食事を始めた。
そして、ご飯を食べながら、神楽と雑談する。普段、何をしているのかとか、そんな話。神楽の話を聞いて、俺は思った。
(何だ、この時間)
可愛い女の子と自分の部屋で彼女が作った飯を食べる。俺は今、夢を見ているのだろうか。もしくは、ダンジョンに迷い込んで、モンスターの幻術に引っかかっているか。いずれにせよ、リアルではない、ファンタジーな状況にあった。
(そうか。そういえば、そうだったな)
神楽を見て、思い出す。
彼女は俺にとってファンタジーな存在だ。だから、そんな彼女といれば、この空間がファンタジーになってしまうことも必然か。
「――どうかしたんですか?」
「え? 何で?」
「笑っているので」
「何でもないよ」
「ふぅん」
神楽が腑に落ちない顔をしているので、豚汁を飲んで誤魔化した。
食事を終え、机の上を片付けた後、神楽が書いたレポートを見せてもらう。全部で5件のレポートを書いてもらった。1件目はほぼ完璧。2件目も完璧。3件目と4件目もほぼ完璧で、5件目も完璧だった。
「どうですか?」
「少しだけ直してほしいところがあるけど、ほとんど完璧。すごいな。俺の話を聞いただけで、よく、こんなに書けるね」
「はい! その、昨日聞いた話を家でも聞き返してみたんです。そしたら、何だか宿須さんと一緒に冒険している気がしてきて、筆が進みました。それに、学ぶべきことも多くて勉強になりました」
「そっか。なら、話してよかったよ」
「それで、一つお願いがあります」
「お願い?」
「はい」と言って、彼女は神妙な面持ちになった。
緊張感が滲んでいるので、こちらも緊張する。
「本当はこういうのは、私がもっと冒険者として成長してからお願いすべきなんだと思います。でも、宿須さんと一緒に攻略して、いろいろと助けてもらったり、宿須さんが挑んだダンジョンの話を聞いているうちに、私の中で宿須さんと一緒に冒険したいという気持ちが強くなりました。それで、もしも、レポートを書く人が必要なら私がやります。ご飯が欲しいなら作りますし、部屋の掃除だってします。その他、雑用もやります。だから――私を宿須さんの仲間にしてください!」