60. またね
正直、断られるかと思った。俺だったら、絶対に他人のレポートとか書きたくない。
しかし神楽は、「え、いいんですか?」と乗り気だった。
「うん、まぁ、神楽が嫌じゃなかったら」
「はい。書かせてください!」
「ありがとう。助かるわ」
「やっぱり、宿須さんって優しいんですね」
「え、何で?」
「だって、私のことを考えてくれているんですもん」
神楽のキラキラした笑顔が眩しい。彼女を利用しているような気がして、何だか申し訳なく思う。その気持ちがあるなら、自分で書けよという話だが、それとこれとは話が別だ。ここは神楽の好意に甘える。
「……まぁ、俺にとっても悪い話じゃないし」
「もう、素直じゃないですね」
……。
ここまでプラスに受け取ってくれると、逆に怖い。神楽は俺に何か弱みを握られているのか? 握ったつもりはないけど。まぁ、でも、悪く取られるよりはマシか。常に人の揚げ足を取ろうとしていた上司に比べたら、彼女の反応はポジティブになれる。
神楽はノートを取り出し、スマホの録音アプリも起動して、机の上に置いた。
「それじゃあ、宿須さんの冒険譚を教えてもらっても良いですか? それをまとめて、レポートを作るんで」
「冒険譚というほど、大げな話ではないけどな」
俺は神楽に、軽井沢ダンジョンをクリアしてから、彼女と出会うまでの物語を話した。
そして、途中でケーキや飲み物の追加注文をしつつ、3時間くらいで話しは終わった。
神楽は嬉々とした表情でノートとスマホをしまい、帽子を被って立ち上がった。
「それじゃあ、今の話をもとに、レポートを書きますね」
「よろしく。駅まで送るよ」
「ありがとうございます!」
駅まで歩いていると、行列ができているラーメン屋があった。
「あそこ、人気なんですね」
「みたいだな。いつか行こうと思って、忘れていたわ」
「なら、今度、一緒に行きましょうよ」
「……そうだな」
改札の前に来る。神楽は振り返って言った。
「それじゃあ、レポートが出来たら、すぐにまた来ますね」
「そんなに急がなくていいよ。神楽にも用事とかあるだろうし」
「ありがとうございます。それじゃあ」
「あ、うん。また」
手を振る神楽に手を振り返し、俺は家に戻る。
(また、か……)
今まで、俺に対して「また」とか、「またね」と言って、再び会いに来た人はいない。逆に、俺から会った人もいない。結局、別れの言葉なんて、その場の空気に合わせて、言っているだけに過ぎない。「今度一緒に行きたいですね」も場をつなぐための社交辞令。だから、再会なんて期待すべきではないことは重々理解している。
それでも、神楽とはまた会える気がした。
そして翌朝、呼び鈴がなった瞬間に確信に変わる。
次の展開を察し、玄関に向かう。
扉を開けると、神楽が立っていて、再び呼び鈴を押そうとしていた。
神楽は俺と目が合うと、にこっと笑った。
「おはようございます! 宿須さん」




