54. 成長
ダンジョンの地図に従い、北の森に行くと、早速オークを見つけた。俺たちは茂みに身を隠し、オークを観察する。このダンジョンにおけるオークは、豚みたいな顔の緑色のマッチョだった。身長は成人男性と同じくらい。木の棒に石を括りつけた石の斧を有し、2、3体のグループで森の中を徘徊していた。
神楽さんの横顔を一瞥すると、彼女は強張った表情で、オークを見ていた。ツノウサギに遭遇した時の感じに似ている。
(もしかして、これも苦手なのかな)
冒険者の中には、ゴブリンやオークなどの人型のモンスターと戦うのを嫌がる者も多い。殺人をしているような気分になるからだ。神楽さんは、愛玩動物めいたモンスターは克服したが、人めいたモンスターはどうだろうか。
「……人型のモンスターと戦うことに抵抗感を覚える人は多いと聞きますが、戦えそうですか?」
「はい」と彼女は頷く。
「なら、良いですけど」
「……宿須さんは、最初の相手がゴブリンだったんですよね? その、抵抗感みたいなものは無かったんですか?」
「無かったですね。まぁ、あのときの俺は、いろいろとガンギマリしていたので」
「なるほど。すみません、実はちょっと不安です。なので、手を握ってもらえませんか?」
「え? なぜ?」
「お願いします」
切実なお願いに聞こえたので、俺は隣にいる神楽さんの右手を握る。彼女は目を閉じて、深呼吸を繰り返した。そして、ゆっくり目を開く。
「宿須さんは、私と一緒に罪を背負ってくれるんですよね?」
「はい。それで神楽さんが前に進めるなら」
「ありがとうございます。それを聞いて、何とか頑張れそうです」
神楽さんは微笑む。若干の不安の色は残っているものの、やってくれそうな雰囲気はある。今の彼女なら、1体でも倒せば、その後は落ち着いて戦ってくれるだろう。
俺たちの前を2体のオークが過ぎる。彼らは俺たちに気づいていないようだった。
「じゃあ、早速、行きますか」
「はい!」
茂みから飛び出し、俺たちは2体からなるオークのグループを背後から襲った。
「グォ」
1体が気づいて振り返る。が、気づいたときにはもう遅い。その顔面に杖を叩き込み、炎魔法で焼き払う。
「オォォオオォ!」
もう1体のオークが石の斧を振り上げて、俺に襲い掛かろうとする。が、隙だらけのわき腹に、神楽さんが剣を突き刺した。
「グァ」
石の斧を振って、神楽さんを遠ざけようとする。神楽さんは剣を引き抜きながら、しゃがんで攻撃を避け、ふくらはぎを斬った。
「アァア」
膝をつくオーク。ちょうどよい位置にオークの首があった。神楽さんは剣を振り上げる。が、一瞬動きが止まった。その目には迷いの色がある。しかし俺と目が合うと、下唇を噛んで、剣を振った。宙に描かれる剣筋。その軌道上にオークの首がある。彼女が振り抜くと、オークの首が落ちて、黒い霧となった。
「……ふぅ」
神楽さんは大きく息を吐く。
「大丈夫ですか?」
神楽さんは右手で拳を作り、自分の胸に当てた。そして、深呼吸を繰り返した後、ゆっくりと目を開ける。その目に迷いはなかった。
「大丈夫です。私はオークと戦えます」
神楽さんは誇らしげに語る。その言葉に偽りはなさそうだ。
「思い切りのある良い攻撃でしたよ。最初のわき腹を刺した判断も良かったですね」
「ありがとうございます」
少しだけ心配したが、彼女は完全に吹っ切れているみたいだ。着実に、冒険者として成長している。その現場に立ち会うことができて、嬉しく思う。
「それじゃあ、この調子でいきますか」
「はい!」
俺たちは、ヌシを探すため、森の奥へと進んだ。