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腐ったミカンの下剋上  作者: 三口 三大
第3話 可愛い女の子とダンジョン攻略というファンタジー
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52. 妹

 予想外な提案に俺は戸惑う。が、悩んでいる暇はなさそうだ。ツノウサギが毛を逆立てながら、接近してくる。


「わかりました。褒めます」


「ありがとうございます! なら、さっさと倒してきますね!」と言って、神楽さんは駆け出す。


 彼女の背中を眺めながら思う。


(褒める。褒めるって何だ?)


 もちろん、褒めるという行為自体は知っている。しかし問題は、その適切なやり方を俺は知らないということだ。思い返してみると、あまり人を褒めたことが無い気がする。立場が上の人と接することが多かったから、同僚や後輩に対して、モチベーションを上げるような言葉を掛けたことが無い。


(嫌味ならたくさん思いつくんだけど)


 他人に対しネガティブな言葉ばかり思いつくのは、あの上司のせいに違いない。


(やべぇ、ちゃんと褒められるかな)


 俺が不安に思っている間に、神楽さんとツノウサギとの戦闘が始まった。


 ツノウサギがその角を突き出して、神楽さんに飛び掛かった。それに対し神楽さんは、剣を槍みたいに投げて、ツノウサギの脳天に剣を突き刺した。


「ギィピィ」


 断末魔のような鳴き声を上げながら、ツノウサギは着地し、そのまま崩れ落ちた。神楽さんは剣を引き抜く。まだ、ツノウサギが消えないので、首を切り落として、止めを刺した。


 その横顔は処刑人みたいで、冷ややかである。


 しかし次の瞬間には、明るい顔になって、俺のもとへ戻ってくる。彼女は俺の前に立つと、もじもじし始めた。


「あの、倒せました」


「あ、はい。その、すごいですね!」


 静寂。彼女は物足りそうな顔で俺を見てくる。まだ褒めてもらいたいみたいだ。とはいえ、意識すると、言葉が出てこない。やばい。モンスターを倒すより難しい。


「あ、あと、あれですね。動きのぎこちなさみたいなものが無くなって良かったと思います。昨日までは、動きに迷いみたいなものがあったんですけど、今日は全然無かったですね。何か意識したこととかあるんですか?」


「んー。意識とかはとくに無いですけど、その、宿須さんに褒められたいと思って頑張りました」


「なるほど。まぁ、いずれにせよ、1日で修正できるなんて、さすがですね」


「いやぁ、そんなことないですよ」と言い、神楽さんはにやけ始める。もう少し褒めれば、彼女も満足しそう。


「あれも良かったですね。剣を投げたの。意外性があって、ツノウサギも反応できていませんでした」


「はい。なんか、『隙』みたいなものが見えたんで、そこを狙いました」


「なるほど。さすがです。しかも、狙った場所にちゃんと当てるのはすごいですね。投擲の正確性だけじゃなく、力加減も完璧です! 普通の人にできませんよ」


「えー。そうですかね」とまんざらでもない顔で言う。


「神楽さんの戦いを見ていたら、俺も戦いたくなってきました! 次のモンスターを探しに行きますか!」


「はい!」


 神楽さんは頷く。良かった。満足してくれたみたいだ。


(こんな感じでやっていけばいいのかな)


 神楽さんの戦い方について言及すれば、何とかなりそう。


 視線を神楽さんに戻すと、彼女が顔を伏せて、笑っているのに気づく。


「えへへ」と彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。「宿須さんに褒められちゃいました」


 その瞬間、俺の脳に衝撃が走る。


(か、可愛い……)


 これが『妹萌え』ってやつか。顔と言うより、仕草が可愛い。そんなことをされたら、また褒めたくなっちゃう。


(こんな可愛い存在を嫌う人がいるって本当か?)


 世の中には、妹を嫌う兄も多いと聞く。一人っ子の俺にはよくわからないが、長く生活していると、嫌な部分も見えてくるのだろう。可愛い仕草で全部チャラになりそうだが、そんな単純なものではないのかもしれない。


(もしくは、彼女が特別か)


 三津目神楽。改めて考えると、恐ろしい人だ。彼女は、運動もできるし、勉強もできる。それでいて、顔も可愛いし、猫を被っているだけかもしれないが、鼻につく感じもない。冒険者としての素質もあって、高い妹属性もある。


 やはり彼女の存在は、俺にとってファンタジーだ。

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