52. 妹
予想外な提案に俺は戸惑う。が、悩んでいる暇はなさそうだ。ツノウサギが毛を逆立てながら、接近してくる。
「わかりました。褒めます」
「ありがとうございます! なら、さっさと倒してきますね!」と言って、神楽さんは駆け出す。
彼女の背中を眺めながら思う。
(褒める。褒めるって何だ?)
もちろん、褒めるという行為自体は知っている。しかし問題は、その適切なやり方を俺は知らないということだ。思い返してみると、あまり人を褒めたことが無い気がする。立場が上の人と接することが多かったから、同僚や後輩に対して、モチベーションを上げるような言葉を掛けたことが無い。
(嫌味ならたくさん思いつくんだけど)
他人に対しネガティブな言葉ばかり思いつくのは、あの上司のせいに違いない。
(やべぇ、ちゃんと褒められるかな)
俺が不安に思っている間に、神楽さんとツノウサギとの戦闘が始まった。
ツノウサギがその角を突き出して、神楽さんに飛び掛かった。それに対し神楽さんは、剣を槍みたいに投げて、ツノウサギの脳天に剣を突き刺した。
「ギィピィ」
断末魔のような鳴き声を上げながら、ツノウサギは着地し、そのまま崩れ落ちた。神楽さんは剣を引き抜く。まだ、ツノウサギが消えないので、首を切り落として、止めを刺した。
その横顔は処刑人みたいで、冷ややかである。
しかし次の瞬間には、明るい顔になって、俺のもとへ戻ってくる。彼女は俺の前に立つと、もじもじし始めた。
「あの、倒せました」
「あ、はい。その、すごいですね!」
静寂。彼女は物足りそうな顔で俺を見てくる。まだ褒めてもらいたいみたいだ。とはいえ、意識すると、言葉が出てこない。やばい。モンスターを倒すより難しい。
「あ、あと、あれですね。動きのぎこちなさみたいなものが無くなって良かったと思います。昨日までは、動きに迷いみたいなものがあったんですけど、今日は全然無かったですね。何か意識したこととかあるんですか?」
「んー。意識とかはとくに無いですけど、その、宿須さんに褒められたいと思って頑張りました」
「なるほど。まぁ、いずれにせよ、1日で修正できるなんて、さすがですね」
「いやぁ、そんなことないですよ」と言い、神楽さんはにやけ始める。もう少し褒めれば、彼女も満足しそう。
「あれも良かったですね。剣を投げたの。意外性があって、ツノウサギも反応できていませんでした」
「はい。なんか、『隙』みたいなものが見えたんで、そこを狙いました」
「なるほど。さすがです。しかも、狙った場所にちゃんと当てるのはすごいですね。投擲の正確性だけじゃなく、力加減も完璧です! 普通の人にできませんよ」
「えー。そうですかね」とまんざらでもない顔で言う。
「神楽さんの戦いを見ていたら、俺も戦いたくなってきました! 次のモンスターを探しに行きますか!」
「はい!」
神楽さんは頷く。良かった。満足してくれたみたいだ。
(こんな感じでやっていけばいいのかな)
神楽さんの戦い方について言及すれば、何とかなりそう。
視線を神楽さんに戻すと、彼女が顔を伏せて、笑っているのに気づく。
「えへへ」と彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。「宿須さんに褒められちゃいました」
その瞬間、俺の脳に衝撃が走る。
(か、可愛い……)
これが『妹萌え』ってやつか。顔と言うより、仕草が可愛い。そんなことをされたら、また褒めたくなっちゃう。
(こんな可愛い存在を嫌う人がいるって本当か?)
世の中には、妹を嫌う兄も多いと聞く。一人っ子の俺にはよくわからないが、長く生活していると、嫌な部分も見えてくるのだろう。可愛い仕草で全部チャラになりそうだが、そんな単純なものではないのかもしれない。
(もしくは、彼女が特別か)
三津目神楽。改めて考えると、恐ろしい人だ。彼女は、運動もできるし、勉強もできる。それでいて、顔も可愛いし、猫を被っているだけかもしれないが、鼻につく感じもない。冒険者としての素質もあって、高い妹属性もある。
やはり彼女の存在は、俺にとってファンタジーだ。




