50. きっかけ
可愛い女の子と2人きりで、キャンプファイヤーを眺めながら、カレーを食べる。
この状況、ファンタジーすぎる。
少し前の俺に言ったら、夢みたいなこと言ってるんじゃねぇぞ、クソ野郎。って、言われるに違いない。あ、でも、そんな心の余裕はないか。
「おいしいですね」
突然声を掛けられ、驚きつつも、平静を装って答える。
「そうですね」
「さっき、このカレーを作っている人と少しだけ話したんですけど、結構有名なカレー店で修業を積んだらしいですよ」
「へぇ」
見知らぬ人とそんな話ができるとは、さすがと言わざるを得ない。
(ってか、何を話せばいいんだ?)
若い女の子なんて、俺にとってはファンタジーの住人だから、何の話をすればいいかわからない。この間は、自己紹介やダンジョン攻略の話で時間を消費したが、今日も同じ話をするわけにはいかない。となると、話すネタがない。
(サソソオの話でもすればいいのか?)
そんなことを考えていると、神楽さんが言った。
「今日はありがとうございました。いろいろと勉強になりました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「私は今回、宿須さんと一緒にこのダンジョンへ来て良かったです。自分のやりたいことがはっきりしたので。私は、宿須さんみたいな冒険者になりたい」
「俺を目標にするのはやめた方がいいですよ」
「なぜですか?」
「目標にするほど立派な人間じゃないんで」
「そんなことないと思いますよ。まぁ、正直、まだ人となりみたいなところはわからないんですが、あの戦い方、うまく言えないんですけど、めちゃくちゃアクロバティックなあの感じは、私が憧れるには十分すぎます」
「……ありがとうございます」
褒められて悪い気はしない。自画自賛になってしまうが、俺もあの戦い方はすごいと思う。常人ができることではない。
「宿須さんって、最初からあんな風にできたんですか?」
「いや、違います」
「じゃあ、どうやって?」
「どうやってと言われると難しいですね。自然とあれができていたので」
「いいなぁ」と神楽さんは頬を膨らます。
「あ、でも、あれができるようになった『きっかけ』みたいなものはあります」
「何ですか?」
神楽さんを一瞥する。彼女に俺の狂気を話していいものか迷う。
(まぁ、大丈夫か)
俺がポーションを渡した時、笑うような人だ。少なくとも、茶化したりはしないだろう。
「最初に遭遇したモンスターがゴブリンだったんですけど、そいつが前の会社の上司に見えたんです。その瞬間、力が湧いてきて、俺はゴブリンを倒すことができた。それで何体か倒していくうちに気づいたんです。俺の中にある『狂気』を。俺は武器を持つと、人が変わり、モンスターに嫌いな奴を重ねることで、無限のパワーを得ることができる。そして、それが今の俺の強さにつながっています」
「……なるほど。殺したいほど、嫌いなんですか、その上司さんは?」
「はい。そもそも、俺が冒険者になったきっかけは、その上司のパワハラですし。パワハラで追い込まれて、自殺するつもりでダンジョンに入りました」
「そう、だったんですね。すみません、変なことを聞いてしまって」
「べつに謝るようなことじゃありませんよ。それに、上司とかもうどうでもいいんで。あんなゴミ屑にビビっていた自分が情けないくらいです」
「今もモンスターに上司さんを重ねているんですか?」
「いや、重ねていませんよ。ある人に、今のことを話したら、言われたんです。もったいないことをしているって。ダンジョンとはファンタジーな場所だから、そこにリアルを持ち込んだら、ファンタジーが楽しめないって。それを聞いて、確かにと思い、それからは嫌いな奴を重ねなくとも、戦えるようになりました」
「へぇ。重ねずとも、同じくらい戦えているってことですか?」
「はい。俺には冒険者としてやっているだけの自信があったんで。だから、そういう意味での『きっかけ』が、神楽さんにもあるといいんですけど。つまり、冒険者としての自信がつくような出来事があれば、神楽さんも一気に伸びると思うんですよね。何かありませんか? そういうきっかけになりそうなこと。俺の場合は、モンスターが嫌いな奴に見えたことなんですが」
「え、あ、うーん。何かありますかね」
「あると思いますよ。一緒に考えてみましょう」
神楽さんは陽の人間だ。そんな人が、俺のように負のパワーで覚醒するとは思えない。
(クラブミュージックでも流すか?)
いや、そんな単純なものではないか。
そのとき、「ふふっ」と笑い声が聞こえた。見ると、彼女は俺を見て、微笑んでいた。
俺の視線に気づき、「あ、ごめんなさい」と言う。
「いや、べつに良いんですけど。なんか、すげー変な顔で悩んでいました?」
「違います。なんか、兄みたいだなーって思って」
「兄? お兄さんがいるんですか」
「はい。いました」
「いました?」
「……兄は2年前に死んじゃいました」