48. 冒険者になるためには
「私が止めを刺すんですか?」
「そうです。神楽さんが止めを刺すんです。というか、実習とかでモンスターを倒さなかったんですか?」
「実習の時は、スライムとかドロゴーレムが相手だったので」
「なるほど。そいつらなら、ビジュアル的に倒しやすいですね。でも、これから冒険者としてやっていきたいなら、どんなモンスターでも倒せるようになる必要があります」
神楽さんはぐっと唇を結ぶ。俺の言いたいことは理解しているが、心の整理がつかず、苦悩しているように見えた。
足元のツノウサギを見る。見た目は可愛いので、ためらってしまうのも頷ける。しかしこいつは、ただのモンスター。倒したところで、罪の意識を覚える前に消えるから、そこまで重く考える必要はない。
(まぁ、でも、神楽さんの反応が普通なんだろうな)
神楽さんに視線を戻す。まだ悩んでいる彼女を見て、酷な選択を迫っているような気がしてきた。このままでは、彼女だけではなく、ツノウサギも苦しめるだけなので、さっさと楽にしてあげようと思った。
俺が口を開きかけたとき、神楽さんが顔を上げる。
「あの、1つだけ確認させてください」
「何ですか?」
「その子に止めを刺したら、私は宿須さんみたいな冒険者になれますか?」
「……俺みたいになれるかはともかく、冒険者にはなれると思います」
「わかりました。さっき、宿須さんが戦う姿を見て、私はめちゃくちゃ興奮しました。そして、宿須さんみたいな冒険者になりたいと思いました。だから、頑張ってこの子に止めを刺します」
「……頑張ってください」
神楽さんはツノウサギのそばに立って、大きく深呼吸してから、剣を振り上げた。ただ、目を強くつむっていたから、俺は思わず止めてしまう。
「ちょっと待ってください」
「え、あ、何ですか」
「ちゃんとツノウサギを見てください。モンスターを攻撃するときは、例え相手が動いていなかったとしても、目を離しちゃダメです」
「でも」と彼女は言いよどむ。倒す瞬間は見たく無いようだ。しかし冒険者になりたいなら、攻撃するときは、モンスターの動きを観察する癖は身につけておくべきだと思う。
だから俺はツノウサギから足を放し、神楽さんのそばに立った。
「宿須さん?」
「一回、地面に刺してもらってもいいですか?」
「え、あ、はい」
神楽さんは地面に剣を刺す。
「それじゃあ、そのまま、刃を下にした状態で剣の柄を握ってもらってもいいですか?」
「はい」
神楽さんが柄を握ると、俺は自分の手を神楽さんの手に重ねた。
「ちょ、宿須さん!?」
「――もしも、モンスターを倒すことに罪の意識を覚えるのであれば、俺も一緒にその罪を背負います。だから、攻撃するときは、ちゃんとモンスターを見ましょう」
「え、あ、はい」
神楽さんと一緒に剣を引き抜き、ツノウサギの首に剣先を向ける。
「いきますよ。ちゃんと見てくださいね」
「は、はい!」
俺は神楽さんとともに、ツノウサギに剣を刺した。
ツノウサギはビクンと震え、黒い霧となって消えた。
霧を見つめる神楽さんに、俺は言う。
「もしも、神楽さんが倒したツノウサギが、ペットとかだったら、この場に死体が残って、恨めしそうに神楽さんのことを見ていたでしょう。でも、ここはダンジョンで、やつはモンスター。倒したら、黒い霧となって消えるので、そこまで気負う必要は無いですよ」
「わかりました。ありがとうございます。あの、質問してもいいですか?」
「何ですか?」
「どうして、その、罪を背負ってくれたんですか?」
「……神楽さんは冒険者になりたいんですよね?」
「はい」
「なので、神楽さんが冒険者になれるように、力を貸したいと思いまして」
「……なるほど」と言って、彼女は吹き出す。
先ほどまで暗い顔をしていたから、明るくなったのは良いことだと思うが、どこに笑う要素があった?
不思議に思っていると、神楽さんは「すみません、急に」と言って、俺を見返す。
その目には迷いが無くて、真っすぐだった。
「ありがとうございます、宿須さん。宿須さんに出会えて良かった」