47. 彼女の実力
これが陽キャってやつか。神楽さんのキラキラした眼差しで、溶けるところだった。
しかし俺は理解している。他人の誉め言葉を信用してはいけないことを。ここで気を良くしたら、後々、痛い目に遭う。面倒ごとを押し付けられたり、そんなつもりじゃなかったと言われたりする。だから、話半分で聞くのが正解だ。
それでも、悪い気はしなかったので、「ありがとうございます」と感謝を述べた。
「私も宿須さんみたいになれますかね?」
「なれると思いますよ」
「やる気が出てきました!」
彼女のポジティブさが羨ましい。俺も彼女くらいポジティブだったら、違った人生もあっただろう。
(とはいえ、今の人生も後悔していないけどね)
冒険者という天職を見つけたからこその余裕だ。
「宿須さん?」
「何でもないです。それじゃあ、行きますか」
「はい!」
神楽さんを連れて、移動する。草原を歩いていると、ツノウサギが現れた。体長が1メートルくらいある、耳の代わりに2本の角が生え、壊死した皮膚みたいな紫色のモンスターだ。
「ジュィィィィィ!」
ツノウサギは毛を逆立てて、威嚇する。
「神楽さん、任せました」
「え、あ、はい!」
神楽さんは剣を抜き、緊張した面持ちで構える。
「ジュィ!」
ツノウサギは角を突き出して、飛びかかってきた。神楽さんはツノウサギの攻撃を避け、剣を振るう。が、ツノウサギはひらりとかわした。数ステップで態勢を整え、再び飛び掛かる。彼女はその攻撃も避け、剣を振るった。が、ツノウサギもその攻撃を避ける。対峙するツノウサギと神楽さん。ツノウサギは戦略を考えているように見えた。そして素早い動きで、神楽さんの周りを回り始める。神楽さんは常に正対しようとするが、ツノウサギの速すぎる動きに翻弄され、足がもつれて、しりもちをついてしまう。
「ジュィ!」
それを狙っていたと言わんばかりに、ツノウサギが神楽さんに襲い掛かる。このままでは彼女に角が刺さってしまう。だから俺は、『跳躍の魔法』を発動し、ツノウサギとの間合いを詰めた。
「ジュジュ!」
ギョッとするツノウサギの横っ腹に杖を蹴って、吹き飛ばした。
地面を転がるツノウサギ。何とか体勢を整えて、俺と向き合うも、その顔は苦痛で歪んでいた。人間なら「肋骨が何本かいかれた」と言いそうだ。
「す、すみません」と神楽さんが立ち上がる。
「大丈夫。それより、ちゃんと狙わないと、攻撃は当たりませんよ」
「は、はい」
神楽さんは立ち上がって、剣を構えた。が、苦悩に満ちた顔で、剣を下す。
「す、すみません。できません」
「どうして?」
「その、小学生の頃、学校でウサギを飼っていまして。そのときのことを思い出してしまいまして」
「……なるほど」
モンスターが愛玩動物に見えてしまう気持ちは理解できる。慈愛に満ちているような人間には、モンスターと言えど、倒してしまうことに抵抗感があるのだろう。モンスターに嫌いな奴を重ね、積極的に殴っていた俺には理解できないが。
「神楽さんは、冒険者になって、叶えたい願いがあるんですよね?」
「は、はい」
「なら、克服しなきゃですね。そういうの」
「え」
俺は『跳躍の魔法』で地面を蹴ると、ツノウサギとの距離を詰め、その腹を蹴り上げた。さらに杖を振り下ろして、地面に叩きつける。
「ジュ、ジュィ……」
動かなくなったが、霧にならないということは、まだ倒せていないということ。だから俺は、ツノウサギを踏みつけて、逃げられないようにした。
そして、神楽さんに目を向ける。
唖然とする彼女に、俺は言った。
「止めは神楽さんが刺してください」