45. 戦場ヶ原ダンジョン
神楽さんとのダンジョン攻略が実現したのは、彼女と約束してから1週間後のことだった。駅近のダンジョンを願ったが、残念ながら、栃木県の日光市にある戦場ヶ原に出現した。
トップランカーになると、バスが利用できるので、バスで現地に向かうことにした。もちろん、神楽さんも一緒だ。彼女はランクがまだないので、本当はバスを利用できないのだが、俺の特権で何とかしてもらった。
ギルドで合流し、俺たちはバスに乗り込む。バスはトップランカーだけではなく、ランクが100以内の冒険者も利用できるため、他の冒険者もいた。だから俺は、できるだけバスを使わないようにしている。俺が乗ると、騒がしくなるからだ。
実際、俺が乗った瞬間、車内がざわついた。
「宿須さんだ」
「これで安心だな」
「くそっ、またすぐに終わるじゃん」
俺はそれらの言葉が聞こえないふりをして、適当な座席に座る。そのまま座席に荷物を置こうとしたら、神楽さんが隣に座ろうとしたので、荷物を抱える。べつの座席に座ったらいいのに、とは思うが、わざわざ言ったりはしない。
「注目されているんですね」と神楽さん。
「あんまり嬉しくないですね」と答える。
注目されることに慣れていないから、振舞い方がわからない。
バスが発車すると、俺はすぐに目をつむった。車内で話しかけられることを想定し、睡眠時間を削っておいた。そのおかげで、到着まで誰とも話さずに済んだ。
「つきましたよ」と神楽さんにゆすられて目覚める。
「ん。ありがとうございます」
欠伸を噛み殺しながら、バスを降り、今回のダンジョンの入口へ向かう。戦場ヶ原の一角に、背の高い草の壁ができていた。その草をかき分けていくと、ダンジョンに行けるらしい。自衛隊がその壁を囲むように警戒している。
神楽さんは緊張した面持ちで、草の壁を眺めた。
「大丈夫そうですか?」
「は、はい」
「それじゃあ、受付に行きますか」
「はい」
受付に行くと、顔見知りになったギルドの職員が、俺の顔を見ただけで、書類を並べた。
「今日もよろしくお願いします!」
「はい。あ、すみません、彼女にも同じものを」
「え?」とギルドの職員は、神楽さんを認める。「女の子をダンジョンに連れ込むんですか?」
「俺がそんなことをする人間に見えますか? 彼女は一応、養成学校を卒業する予定の冒険者で、今回は彼女とパーティーを組むことになったんですよ」
「あ、そうでしたか。それじゃあ、対応を進めたいので、こちらにきてもらってもいいですか?」
「はい」
神楽さんがギルド職員から説明を受けながら、書類の必要事項を埋めていく。
俺が書類を返そうとしたら、ギルド職員が追加で書類を渡してきた。
「すみません。こちらにもサインをお願いします」
「これは?」
「美津目さんは、まだ仮の状態みたいなので、同行する宿須さんが、責任をもって、彼女と行動する旨が書かれている書類です」
「……なるほど」
サインして、書類を返すと、ギルド職員はニヤニヤしながら声を潜める。
「しかし宿須さんもそういうのに興味があるんですね」
「そういうのとは?」
「女の子ですよ」
「べつにそういうのじゃないんですか」
「へぇ」と言うものの、顔はにやついたままだった。ここがダンジョンならぶん殴っているところだ。
神楽さんの提出が終わってから、アイテム車両へ移動し、必要な装備をそろえる。俺は『黒魔導士の黒衣』を羽織って、『黒魔導士の帽子』を被るだけだから、すぐに終わったが、神楽さんは着替えたいとのことだったので、彼女の準備を待った。
そして、「お待たせしました」と帰ってきた彼女は、剣士の恰好をしていた。競馬のジョッキーが着ているような服の上に胸甲だけ装着し、ブーツと手袋を装備していた。鋼の剣を腰に佩いている。
「剣士なんですね」
「はい。宿須さんは、黒魔導士ですか?」
「服装はそうですね。ただ、実際は少し違います」
「……どういうことですか?」
「まぁ、入ればわかりますよ。それじゃあ、行きますか」
「あ、あの! 杖は?」
「それもわかります」
不思議がる彼女を連れて、ダンジョンの入口前まで移動する。ダンジョンの入口付近にいたギルドの職員が俺に気づく。
「今日は来ないんじゃないかと心配していましたよ」と彼は苦笑する。「ん? そちらの女性は……もしかして、連れ込む気ですか?」
「そんなわけないじゃないですか」と俺は呆れる。「彼女の恰好を見てくださいよ」
これだから男ってやつは。すぐに邪なことを考える。
「あぁ、冒険者でしたか。すみません、意外だったので」
というか、彼女ですか? みたいな勘違いならわかるが、連れ込むってどういう勘違いだよ。ギルドの職員は、俺のことをどんなイメージで見ているのだろうか。
「まぁ、それはいいんですけど、今回のダンジョンはどんな感じですか?」
「はい。詳しいところまでは見れていないのですが、どうやら草原タイプのダンジョンみたいです」
「なるほど。時間が掛かりそうですね」
「宿須さんなら大丈夫でしょう」
「そうですね」
「それじゃあ、お気をつけて」
「はい」
俺は神楽さんを手招く。
「覚悟はできましたか?」
「はい」と答える彼女の顔は、強張ったままだった。
「そんなに不安にならなくても大丈夫ですよ」とギルドの職員が言う。「あなたには宿須さんがいるので」
「……はい」
ギルドの職員が良いことを言ったが、なおも彼女の緊張は解けない。もしかしたら、俺のことが信用できていないのかもしれない。
(まぁ、それも仕方ないか)
この世界の俺は、ダンジョンのアイテムみたいに、ただのポンコツだから。でもだからこそ、さっさとダンジョンに入って、俺の本当の姿を見せてあげたいとも思う。ダンジョンの俺なら、彼女の不安を除く自信がある。
「行きますよ」と言って、俺は草をかき分けた。




