42. 飲みニケーション
神楽さんと連絡先を交換した後、美津目さんは仕事に戻り、俺もさっさと帰ることにした。
ギルドを出て、しばらく歩いていると、誰かがついてくる気配があった。振り返ると、神楽さんだった。
「あの、まだ何か?」
「あ、すみません。一度だけとはいえ、宿須さんと一緒にダンジョン攻略するわけですし、宿須さんのことをいろいろと知っておきたいなと思いまして。その、お互いのことをよく知らない状態で、ダンジョンに行くのは、良くないのかなーって」
「……まぁ、確かにそうですね」
本音を言えば、すぐに帰りたいが、彼女の意見も理解はできる。俺もある程度、彼女の人となりを知っていていた方が、やりやすい。だから、もう少し彼女と話すのは、悪くないアイデアに思える。
(でも、喫茶店でダラダラ話してても、しゃーないしな)
となると、行くならあそこしかないか。
「失礼を承知しで聞きますが、神楽さんって今はおいくつですか?」
「20歳です」
「お酒って飲みます?」
「たしなむくらいなら」
「それじゃあ、ちょっと飲みながら、話しましょうか」
「はい。でも、意外ですね。宿須さんって、そういうの、えっと、いわゆる飲みニケーションみたいなの、好きそうじゃないのに」
「好きじゃないですよ、飲みニケーション。ただ、あそこなら、ちょっと会話するのにちょうどいい」
「……なるほど」
神楽さんはよくわかっていない顔をしている。
「まぁ、ついてくればわかりますよ。行きましょう」
彼女を連れて、駅前に移動する。駅前には、最近できた立ち飲み屋があった。昼から営業しており、店内は明るく、清潔感があって、禁煙となっていた。値段設定は、立ち飲み屋にしては少し高めだが、スマホで注文からできるため、いちいち店員に話しかける必要が無い点を気に入っている。
「立ち飲み屋って初めてきました!」と彼女はどこか興奮した面持ちで語る。「よく行くんですか?」
「まぁ、さっさと飲んでさっさと帰りたいときか、よく利用しています」
「へぇ」
この場所を選んだ理由は、帰りたいと思ったとき、すぐに帰れるからだ。それに、アルコールの力を借りたいという事情もある。他人と雑談をするなんてことは、とても久しぶりなことだから、酒の力がなきゃ、やっていられない。
俺はホッピーを頼み、神楽さんはカルピスサワーを頼んだ。おつまみを食べながら、彼女の話を聞く。
神楽さんは、高校卒業後、大学に入学したらしいが、休学して、冒険者養成学校に入学したらしい。冒険者養成学校は一年間のカリキュラムを通し、冒険者としてのノウハウを学ぶ場所だ。彼女は、そこで冒険者としての教育を受けた。一応、実習でダンジョン攻略をしたことはあるらしいが、冒険者としてダンジョンに挑むのは今回が初めてらしい。
「だから、不安なんです」と彼女は語る。「ちゃんと冒険者らしくできますかね」
「まぁ、大丈夫なんじゃないですかね。学校に行っていない俺ですら、『冒険者』として何とかやれているので」
「なるほど。そういえば、宿須さんはどうして冒険者になったんですか?」
死にたかったから――なんて本音は、この場所に似つかわしくないか。
「前から興味があったので」と無難に答える。「神楽さんはどうして?」
大学を休学してまで、冒険者になろうとしたのだから、よっぽどの理由があるのだろう。
答えにくい質問なのか、彼女はすぐに答えなかった。
違う質問をした方が良いのかな? と思っていると、彼女が口を開く。
「ある噂を聞いたんです」
「噂?」
「はい。ダンジョンに行けば、願い事が叶うって」