41. 今回のファンタジー
急に会わせたい人がいると言われても、困ってしまう。
「結婚なら好きにすればいいじゃないですか」
「違います。ほら、早く食べて」
美津目さんに急かされて、早めにご飯を食べる。本当は、もっとゆっくりしたかったのに。俺の食器が空になると、美津目さんは「ほら、行きますよ」と言って、俺の代わりにお盆を持って行ってしまった。
(このまましれっと帰るのは……良くないよなぁ)
美津目さんとの関係を拗らせても良いことが無そうなので、渋々彼女に従う。
エントランスに連れていかれた。ソファーがあって、彼女はそこにいた若い女に話しかける。可愛い人だった。目がぱっちりしていて、髪は茶色のボブ。雰囲気も明るそうだし、俺がクラブにいるパリピなら、誘っちゃいそうだ。俺はクラブにいないし、パリピでもないから、誘わんけど。
美津目さんに手招かれたので、彼女のもとへ向かう。まさか、紹介したい人ってこの人か。何で俺に? という疑問で頭がいっぱいだ。
俺は彼女の向かい側の席に座らされる。目の前で見ると、キラキラして見えた。歳は俺よりも少し下くらいか。多分、大学生とかその辺の年代だと思う。美津目さんは彼女の隣に座り、話し始める。
「宿須さん。こちらが、私の紹介したい人です。ほら、自己紹介して」
美津目さんに促され、彼女は頷く。そして、まっすぐな目で俺を見てきた。照れてしまい、視線を外してしまう。美女の視線に負けるなんて、俺もまだまだ青いな。
「初めまして、美津目神楽と申します」
「宿須竜二です。って、美津目?」
「そう。私の妹」
「えっ」
思わず見比べてしまう。全然似ていなかった。美津目さんはきれい系であるのに対し、神楽さんは可愛い系の顔立ちだった。
そんな俺の疑問に答えるように、美津目さんは言った。
「私は父親似で、神楽は母親似なの。だから、似てないってよく言われる。でも、ほら、見て、口元は似てるでしょ」
美津目さんが一生懸命口元を指す。よくわからないが、「確かに言われてみたら」と適当に相槌を打つ。
「まぁ、それはぶっちゃけどうでもいいんだけど」
どうでもいいのかよ。
「神楽から宿須さんにお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい」と神楽さんが答えた。「あの、私と一緒にダンジョン攻略してくれませんか?」
「嫌です」
何で俺が、彼女とダンジョン攻略をしなければいけないのか。たとえ相手が可愛い人だとしても、見ず知らずの赤の他人と一緒にダンジョン攻略なんてしたくない。
「話ってそれだけですか? それじゃあ、俺はこれで」
立ち上がって帰ろうとしたら、「ちょいちょいちょい!」と美津目さんに、エントランスの端まで腕を引かれた。
「何ですか?」
「何ですか? じゃないですよ! 話くらい聞いてあげたらどうなんですか?」
「べつに話を聞いたところで、俺の気持ちは変わりませんし」
「はぁ」と美津目さんはため息を吐く。人前でため息を吐くとか、失礼な人だ。
「……もしも、神楽の話を聞いてくれたら、レポートの件は、もう少し待とうと思います」
「仕方ないですね。話を聞きましょう」
俺は、神楽さんのもとに戻って、彼女と向かい合う。
「どうして俺とダンジョン攻略したいんですか?」
「はい。実は今、冒険者養成学校に通っていまして、今月で卒業するんです。ただ、このまま冒険者としての道を進むべきか、それとも別の道を進むべきかで悩んでいるんです。だから、ダンジョンに詳しい方と一緒に攻略してみてから、考えようと思いまして」
「なるほど。それで、何で俺なんですか? 他にも冒険者ならいますよね」
それこそ彼女のルックスなら、チャラチャラした冒険者が、下心丸出しで手取り足取り優しく教えてくれるだろう。
「私が連絡できるから」と美津目さんが答えた。それって、職権乱用じゃん。と思ったが、「それに」と彼女は続ける。「普段は全く信用できないけど、ダンジョンに関しては信用できるので、私も可愛い妹を任せることができる」
前半は余計な気もしたが、冒険者として評価されるのは悪い気がしないので、軽く頭を下げておく。
「それだけじゃありません」と神楽さんは言う。「わずか一か月で、トップランカーになったのがすごいなと思いまして。どんな人か知りたくなってしまったんです。私なんかは1年も学校に通っているのに、まだ冒険者になるかどうかで悩んでいるのに、どうやってそこまで上り詰めたんだろうって。あと、宿須さんは……」と言って、神楽さんは言いよどむ。続きが気になるので、目で話すように促したが、彼女は微笑んで、「いえ、何でもありません」と言った。
「まぁ、一つ確かなのは、私が冗談のつもりで宿須さんにお願いしているというわけではないことです。できることは少ないかもしれませんが、ちゃんと冒険者としての務めは果たすつもりです」
神楽さんは真剣な顔で言う。真面目に取り組む気はあるようだ。しかし正直、彼女が真面目であるかどうかなんて、俺には関係ない。俺が彼女と一緒に行動したくない理由はそこではないからだ。
俺は神楽さんを観察する。アイドルとか興味がない俺ですら可愛いと思うレベルだ。わざわざ冒険者なんて危険な仕事をせずとも生きていけるだろうに、なぜ、茨の道を歩むのか。
そこで俺に電流が走る。
(待てよ。でも、そんな女の子と一緒にダンジョン攻略できる状況って、最高にファンタジーじゃん)
彼女が表参道の喫茶店で友達とお茶を楽しんでいるとき、俺はニンニクマシマシのラーメンを食っている。俺たちの間には、それくらいの人間としての差があった。しかし、そんな真逆ともいえる2人がペアとなって、問題の解決に取り込む状況は、リアルなら絶対に起こりえないおとぎ話だ。
そんな風に考えたら、神楽さんとのダンジョン攻略も悪い話ではない気がしてきた。むしろ、ファンタジーを求める俺にとっては、喜ぶべき状況である。
だから俺は、彼女の提案を受け入れることにした。
「……わかりました。なら、一緒にダンジョン攻略しましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
こうして、今回のファンタジーが始まった。