38. 嘘つき
俺はランク10の冒険者になった。1か月前までは死ぬことばかり考えていたのに、人生とは何があるかわからないものだ。
(まぁ、ランク10になったから何なの、って話ではあるが)
正直、まだ実感がない。
「宿須君。早速、仕事をお願いしたいのだけど」
「あ、はい。何ですか?」
「軽井沢ダンジョンであったこと、話してくれませんか?」
「わかりました。ちょっと整理する時間をもらってもいいですか?」
「もちろん」
俺は軽井沢ダンジョンであったことを頭の中で整理してから話す。『跳竜の靴』を手に入れたこと、それを使って地下10階を突破したこと、そして、無我夢中で走り抜けた先でブラックドラゴンを倒したことなどを話した。
「――以上が軽井沢ダンジョンで起きたことになります。ブラックドラゴンを倒した報酬として、『竜神の杖』を手に入れました」
この話の中で、あえて言わなかったことがある。『ダンジョンの精霊』だ。ダンジョンの精霊のことを話せば、願い事についても話す必要があるだろう。それが面倒なので、精霊のことも話さない。
(そういえば、ダンジョンの精霊とか、願い事が叶うとか、そんな話を聞いたことないぞ)
最初のダンジョン攻略からいろいろ調べ、一般の冒険者と同じくらいには知識を得た。しかし、ダンジョンの精霊などの話は聞いたことはない。それに、制約はあるものの、願い事が叶うなんて話があれば、ダンジョンに人がもっと殺到していてもおかしくないが、実際は、命知らずの馬鹿か、ロマンを求める馬鹿しかいない。
(意図的に情報が隠されている?)
だとしたら、余計なことは話さないに限る。俺の口はより固くなった。
「それで全部ですか?」
「はい」
「なるほど。ありがとうございます」
「はい」
「それじゃあ、少しだけ質問してもいいですか?」
それから30分ほど質問タイムが始まった。渋沢さん以外の冒険者ともやり取りはあったが、ダンジョンの精霊について話す者は誰もいなかった。
「――ほかに質問がある人はいますか?」
渋沢さんの問いかけに、「ないでーす」と赤髪ツンツン男が答える。
「では、今日は他に議題もありませんし、解散にしますか」
「その意見に一票」と赤髪ツンツン男が手を挙げる。
「はい。では、解散です」
リモートの画面が消え、赤髪ツンツン男たちも帰り始める。俺も帰ろうと思ったが、渋沢さんがじっと俺を見ていることに気づく。彼女は座ったまま動かない。目が合うと、ニコッと笑った。
(お礼くらいはちゃんとした方がいいかもな)
俺が冒険者を続けられそうなのも、彼女のおかげだ。
「あの、渋沢さん」
「はい。何でしょう?」
「ありがとうございました。渋沢さんのおかげで、俺はまだ冒険者でいられます」
「いえいえ、私はとくに何もしていませんよ。冒険者を続けられるのは、宿須君の実力です」
「……ありがとうございます」
お礼も言ったし、もう充分だろ。
「それじゃあ、お先に失礼します」と帰ろうとしたら、「待って」と呼び止められる。
「何ですか?」
「どうして、『ダンジョンの精霊』の話をしなかったの?」
ダンジョンの精霊という言葉にドキッとする。周りを見ると、部屋には俺と渋沢さんしかいなかった。
俺は渋沢さんを見返す。
渋沢さんは、精霊の存在を知っていた。
(でも、だったら、何でさっき聞かなかったんだ?)
戸惑っていると、渋沢さんは微笑む。
「大丈夫。責めようとしているんじゃないよ。宿須君があえて話さなかった気持ち、私もわかるから」
「……もしかして、渋沢さんも会ったことがあるんですか?」
「うん。1年前に、『樹海ダンジョン』で」
樹海ダンジョン。聞いたことがある。日本に初めて出現した難易度Sのダンジョンで、渋沢さんがランク3になったきっかけのダンジョンだ。いわゆる、アンデッドの敵が多く、並みの冒険者は発狂してしまうダンジョンだったらしい。
「宿須君も会ったとなると、ダンジョンの精霊に会うためには、高難易度のダンジョンを攻略する必要があるみたいだね」
「そうですね」
「これは良い情報を得ました。ありがとうございます」
「あ、いえ」
「それで、宿須君は何を願ったの?」
「何を……世界平和、ですかね」
嘘である。俺がそんなものを願うわけがない。でも、俺は渋沢さんのことを信用していないからこう答えるしかない。渋沢さんが、というより、基本的に他人を信用していない。信じた結果、たくさんの悪夢を見たからだ。
「へぇ。私に嘘をつくんだ」
渋沢さんは薄い笑みを浮かべる。攻撃的な視線がちょっと怖かった。でも俺は、「ついてませんよ」と嘘を重ねる。
「そっか。わかった。でもね、宿須君。君は今、嘘つきの顔をしているよ?」
「すみません。それは生まれつきなんで。それより、渋沢さんは何を願ったんですか?」
渋沢さんはすぐに答えなかった。
俺と視線を交わすこと数秒。
「それが奇遇なんだけど――私も世界平和を願ったの」
そう言って、渋沢さんは微笑む。
その顔は、嘘つきの顔だった。
ギルドの職員が家まで送ってくれるとのことだったので、俺はその好意に甘え、車で帰ることにした。
エレベーターに乗ると、俺を連行した女に言われる。
「渋沢さんと何を話していたんですか?」
「まぁ、世界平和について、ちょっと」
「ふぅん」
1階に到着し、職員専用のゲートを通って、開放エリアに出る。そのまま、エントランスに向かおうとしたら、「宿須君!」と聞き覚えのある声がした。初瀬さんである。初瀬さんが駆け寄ってきて、俺の右手を握った。
「聞いたよ、宿須君! ランク10になったんだって!?」
「あ、はい」
「しかも、杭打を追い出したんだろ!?」
「追い出しかどうかはわかりませんけど、まぁ、かもしれないです」
「すごいよ、君は!」
初瀬さんはぶんぶんと手を振る。今日の初瀬さん、何だかテンションが高くてやりづらい。というか、情報が早いな。
「軽井沢ダンジョンでの話も聞いた。空を飛んだんだって?」
「飛んだというか、まぁ、そうですね」
「くそぉ、見れなかったのが残念だ! 同じダンジョンにいたのに!」
「ははっ……」
「あのさ、宿須君。いろいろ言いたいことがあるんだけど、これだけは言わせてくれ!」
「はい。何でしょう?」
「宿須君。いや、君じゃ失礼か。宿須様。あなたは――俺のピーターパンだ!」




