36. トップ会議
俺は車でギルドまで連行される。後部座席に座らされ、ギルドの職員を名乗る男女が両脇を固めた。
(規則違反か……)
杭打の顔が浮かぶ。俺が規則違反を犯したとなれば、あの男を蹴り飛ばしたことしか思いつかない。多分、あの男はギルドに泣きついたんだと思う。本当に余計なことしかしない。難敵を倒して気持ちよくなっていたのに、興が削がれた。もっと殴れば良かった。
「あの」と俺は隣の女に声をかける。
「何ですか?」
「ギルドまで、何分くらい掛かるんですか?」
「ここからなら、20分くらいですかね」
「そうですか。なら、着いたら起こしてください」
「えっ」
俺は眠かった。だから、背もたれに背中を預け、目をつむる。
眠気はすぐに襲ってきた――。
「――起きてください!」
目を開けると、のぞき込む女の顔があった。連行されていることを思い出す。
「おはようございます」
「おはようございます、じゃないです! ここで寝るってどういう神経をしているんですか? 状況をわかっているんですか?」
うるさい人だ。でも、元気そうで何より。俺は適当に笑ってごまかし、車を降りた。2人は変わらず俺を挟み、ともに歩く。
ギルドの建物に入る。10階建ての大きくて新しめのビルだ。職員専用のエリアへ移動し、エレベーターに乗る。女が10階のボタンを押した。1階には冒険者用のエリアがあるので、そこで調べ物をしたこともあるが、職員専用のエリアは初めてなので、楽しみではある。
10階に到着。
男が緊張した面持ちで言う。
「今からあなたには、『トップ会議』に参加してもらいます。あなたの処遇はそこで決まる」
「……わかりました」
トップ会議。ランク10以内のトップランカーが集まり、ダンジョン攻略の方針などについて話し合う場だと聞いている。
「何がおかしいんですか?」と女が眉をひそめた。
「いや、おかしくはないですが」
「笑っていたじゃないですか」
「笑っていました?」
「はい」
「そうですか。なら、あれですね。ワクワクしています」
「ワクワク?」
「トップランカー様がどんなものか見れるんですから」
女は呆れ顔で俺を見返す。状況が分かっているのか? と言いたげだ。もちろん、わかっている。下手したら、二度とダンジョン攻略に参加できないかもしれない。それでも、好奇心が勝った。
会議室と書かれた扉が開かれ、俺は部屋に入る。
向かいの壁はガラス張りになっていて、東京の街を一望できた。ガラスの前にはU字の机があって、その場には3人しかいなかったが、部屋の壁に大きなモニターがあり、そこに何人か映し出されていた。リモート会議に対応した職場らしい。
そして杭打が、机の前に立っていた。杭打は俺を認め、睨みつける。少し前までの俺なら、委縮していただろう。ただ、今の俺は、彼が怖くなかった。武器が無くとも、彼の隣に立てる。
「こんにちは」と机の真ん中に座っている女が微笑んだ。
きれいな人だった。歳は俺よりも少し上くらいか。黒の長髪で、整った顔立ち。目元が涼しげで凛とした印象を受ける。しかしどこかほの暗さみたいなものもあって、ミステリアスな雰囲気もあった。
「こんにちは」と俺は返す。
「あなたが、宿須竜二君?」
「はい。そうです」
「私の名前は、渋沢理央。ランク3の冒険者です。ランク1と2が、支援目的で海外に行っているので、今は私がこの会議の代表を務めています」
「なるほど」
この人がランク3か。意外ではあるが、納得もできる。彼女には、そんな魅力があった。
「あ、とういうか、ランク3ということは、軽井沢にも?」
「はい。宿須君の活躍も見ました。先に突破されたのは悔しかったのですが、あのとき、空を飛ぶあなたを見て、私はあなたのような冒険者がいることを嬉しく思いました」
「ありがとうございます」
美人に褒められて悪い気はしない。が、本音じゃない可能性もあるので、話半分に聞いておく。
そのとき、杭打が咳払いをした。気を引く子供みたいに。視線が集まると、杭打は渋沢さんを見返した。
「ランク3。さっさと本題に入りましょう」
「本題? ああ、彼があなたに暴行したという件ですか?」
「はい。そうです」
「その件ですが――」と渋沢さんは手元にある資料をめくった。が、興味なさそうに手を放す。「つまらないので、別の話にしましょう」
「なっ」と驚く杭打。「ふざけているんですか?」
「真面目ですよ?」と渋沢さんは平然と答える。「それより、私はお2人に聞きたいことがあります。――お2人にとって、ダンジョンとは何ですか?」




