35. 攻略完了
「ほぅ」と彼女は興味深そうに目を細めた。「ダンジョンの出現頻度を増やす。面白い願いだね。どうしてあなたは、ダンジョンが増えることを願うの?」
「俺はこの場所が好きです。でも、数が少ないから、中々楽しめていません。だから、もっと数を増やしてほしいんです」
「そこまでダンジョンのことを気に入ってくれて、私は嬉しいよ。でも、いいの? ダンジョンを増やすということは、災害が起きる確率も上がるってことだよ?」
「構いません」
「私が他言することはないし、あなたのことを心配するのも変な話だけど、もしも、あなたがダンジョンの出現頻度を増やしたことがバレたら、世間ってやつに叩かれるんじゃないの?」
「べつに構いません。世間の人間は、俺が苦しんでいるときに何もしてくれなかった。むしろ、一般論とかきれいごとを振りかざして、俺を苦しめ続けた。だから、そんなやつらがどうなろうが俺の知ったところではありません。やつらが俺にしてきたみたいに、俺は俺のために生きたいと思います。だから、ダンジョンが増えることを願うんです」
「なるほど」彼女はニヤッと笑う。「わかった。あなたの願いを叶えてあげる」
彼女が指を鳴らすと、ブラックドラゴンが光の粒となって消え始め、周囲の壁や床も光になる。ダンジョン攻略完了の風景だ。
「どうして」
「今回は特別サービス。ダンジョンが好きな君へのプレゼント」
「ありがとうございます……なんですかね」
体が光の泡に包まれて、気づけば軽井沢ダンジョンの前に立っている――はずだった。が、俺は白い空間に立っていて、少女が目の前にいた。
「まだ報酬を渡していなかったね」彼女は自分の前に3つのカードを出現させる。「『スキルカード』『武器カード』『防具カード』の中から、好きなものを選ぶと良いよ」
「武器カードや防具カードって何ですか?」
「強力な武器や防具のカードさ。強力すぎるアイテムは、あなたたちの世界に戻ったとき、いわゆる呪物として、災厄を振りまく存在になっちゃうから、カードという形で配布することにしているんだ」
「なるほど」
そういえば、思い出した。上位ランカーの中にも、カードで武器や防具を管理している人がいると聞く。
「人間のことを考えてくれているんですね。でも、それなら、どうしてダンジョンを出現させるんですか?」
「その答えを知りたいなら、また高難易度のダンジョンをクリアして、願うことだね」
「……わかりました」
気になるが、ダンジョンの目的とか俺には関係ないので、カード選びに戻る。と言っても、光の長方形にしか見えない。
「カードの詳細を見せていただくことってできませんか?」
「できないかな。選ぶ楽しみってものがあるじゃん。でも、どのカードを選んでも、悪いようにはしないよ」
「わかりました。なら――『武器カード』をください」
スキルも魅力的ではあるが、今回は良い武器が貰えそうな気がしたので、武器を選択する。
「OK!」
彼女の前にあったカードが消え、俺の前に一枚だけ光の長方形が現れる。触れると、光は弾け、『竜神の杖』と書かれたカードになる。
「カードの使い方は簡単。願うだけさ」
言われた通り、この杖を使いたいと願ってみる。すると、カードが光になって、杖に変わった。黒くて硬質な杖だった。杖の先が宝石を掴むドラゴンの手になっている。
「竜神の杖」と彼女は説明してくれる。「それは、魔法が使えるだけではなく、強度にも優れているから、あなた好みの武器になっている」
「ありがとうございます!」
握るだけでワクワクする。試しに振ってみた。軽くて振りやすい。剣を扱っているみたいだ。そして魔力を込めると、宝石の周りで炎が渦巻く。炎魔法が使えるらしい。これからの攻略が楽しみになる逸品だ。
「気に入ってくれたみたいだね」
「はい」
「これからも、あなたの活躍を期待しているよ」
「ありがとうございます。たくさん、攻略させていただきます」
少女はふっと笑って、言った。
「それは楽しみだ」
そして、俺の視界は光に包まれ――光が晴れたとき、俺は軽井沢ダンジョンの山の中に立っていた。うねりのような歓声が起きる。周りにいた冒険者たちが抱き合い、ダンジョンの攻略を喜んでいた。
足が冷たいことに気づく。見ると、靴がなかった。どうやら、『跳竜の靴』もカードになったらしい。
(じゃないと、泣くけどな)
このダンジョン限定のアイテムだったりしたら、俺は悲しい。
見上げると青空が広がっていた。時間の感覚がなかったので、今が何時何分かは知らないが、少なくとも昼であることはわかった。
――翌日。気持ちよく眠っていたら、チャイムの音で起こされた。いつもなら無視するところだが、虫の知らせか、出た方が良い気がしたので、眠気眼のまま、玄関の扉を開ける。
堅気じゃない顔つきの男と気の強そうな顔つきの女が立っていた。2人はスーツを着ていて、穏やかじゃない雰囲気をまとっている。
「あ、こんにちは」と男が言う。「急にすみません。我々は、ギルドの職員です」と言って、身分証を見せてくれた。警察みたいなやり取りに、俺は困惑する。
「はぁ、どうも」
「宿須竜二さんですよね」
「はい。そうですが」
「規則違反の件でお話をお聞きしたく、同行をお願いできますか?」




