33. 空を跳ぶ
普通なら2時間ほどかかる道のりも、跳躍の魔法を使えば、30分で到達できる。
向いの崖まで伸びる橋の前に立って、俺は『魔力ポーション』を飲んだ。距離にして、100メートルくらいか。遠くにいるドラゴンとにらみ合いながら、タイミングを計る。
「おい、君」とそばにいた冒険者が声をかけてくる。
「はい」
「もしかして、この橋に挑戦しようとしているのか」
「はい」
「馬鹿な! 1人でか? 危険すぎる」
「大丈夫です。考えがあるんで」
俺は空になった魔力ポーションの小瓶を冒険者に渡す。冒険者は困惑しながら受け取った。
軽くストレッチをして、準備を整える。そして、膝を曲げて力を溜めると、爆発的な力で地面を蹴り、駆け出した。
橋の上に入った瞬間、上から多くの黒い影が降ってきた。蛇に足と羽が生えたモンスター――ワイバーンである。ワイバーンの群れが落下しながら、火球の雨を降らせた。しかし、跳躍の魔法によるスピードを手に入れた俺には当たらない。俺の後ろで、火球が橋にぶつかる音がした。
前方に目を向けると、ドラゴンの口元で炎が燃え滾っている。アマゾンに出現した個体は、4メートルくらいあったらしいが、目の前のそれも同じくらいある。そして、橋の上を焼き付く尽くす炎が放たれた。
俺は、力強く橋を蹴って、高く跳んだ。5メートルくらいはジャンプできたと思う。下を見ると、橋の上が炎に包まれていた。このまま落ちれば、炎に身を投げることになる。もちろん、そんなことはしない。
「ギィア」
と、ワイバーンが口を開けて、襲い掛かってきた。蛾を狙うコウモリみたいに。その攻撃は俺にとって都合がよかった。俺はワイバーンの脳天に杖を叩きつけ、ワイバーンの軌道を下にずらすと、その頭を踏みつけ、さらに跳ぶ。視線の先に、新たな敵がいた。
「ギィア!?」
ワイバーンも驚くらしい。ミサイルのように突っ込んできた俺を見て、ワイバーンはバタつく。その肩を蹴って、さらに跳ぶ。そして次の敵も蹴って、その次の敵も蹴る。
気分は、因幡の白兎だった。天敵を足場にして、向かいの崖を目指す。今、この瞬間の俺は空を跳んでいて、誰も俺を止めることはできない。
そして、ドラゴンが目前に迫った。ドラゴンは俺を狙って炎を吐いた。その軌道上にワイバーンはいない。このままでは焼かれてしまう。だから俺は、氷魔法を発動し、氷の足場を作った。その足場を強く蹴った瞬間、ドラゴンの炎が氷の足場を飲み込む。熱を感じたのも一瞬のこと。俺は蹴った勢いのままドラゴンがいる崖の上に降り立った。
そばで見ると、ドラゴンの迫力に息をのむ。俺の着地を狙っていたかのように、ドラゴンの太い尻尾が目前に迫った。俺はその攻撃も跳び上がって避けると、そのまま下の階へ続く階段に向かって駆けた。このドラゴンはヌシではない。あくまでも、道を阻む中ボス。わざわざ倒す必要のない敵に構っている暇はない。
地下11階へ転がるように降り立つ。地下10階から、ドラゴンの悔しそうな咆哮が聞こえた。悔しがる声を聞くのは心地よい。しかし、上から炎を吐いてくる可能性もあるので、俺は素早くその場から離れた。
それから俺は、とにかく走り続けた。肺が焼けるように痛くなったら『ポーション』を飲み、怪我をしたときも『ポーション』を飲む。『魔力ポーション』は意識が薄くなり始めたときに飲んだ。敵を見つけたらとにかく殴り、宝箱を見つけたらとにかく開けた。肉体的にも、精神的にもしんどかった。でも、俺は止まらなかった。何というか、全力でダンジョンに挑むその瞬間、最高に『生きてる』って感じがした。
走り続けていると、俺の前に大きな黒いドラゴンが現れた。ブラックドラゴン。どこの国かは忘れたが、上位ランカーが力を合わせ、ようやく倒せたというモンスター。そんな強敵に、俺はこれから一人で挑む。
絶望的な状況である。しかし俺は、心から楽しんでいた。最強の敵に孤独な戦士が挑む。この状況は、最高に『ファンタジー』だ。
氷の杖は失っていた。もともと、打撃武器ではないから、殴打に耐えられる強度が無かった。でも、心配はいらない。俺には攻略の途中で手に入れた多くの武器があった。背負っていたそれらの武器を地面に置き、俺はその中から剣を手に取って、ブラックドラゴンと対峙する。
「行くぜ、怪物。覚悟はできたか?」
そんな主人公みたいなセリフを吐いて、駆け出した。ブラックドラゴンの暴風めいた咆哮に痺れながら、斬りかかる。
――そして、死闘の末、俺はブラックドラゴンに勝利した。




