32. 報告
俺は杭打の言っていることがわからなかった。
初瀬さんが俺の気持ちを代弁する。
「報告は理解できるが、何であんたに靴を渡さなきゃいけないんだ? これは、俺たちで手に入れたんだ」
「俺たち? その俺たちとは、誰のことだ?」
「俺と宿須君」
「はぁ」と杭打は大きなため息を吐いた。わざと俺たちに聞かせているんじゃないかと思うほど大きかった。「いいか。今回、幸運の跳竜を倒したのは、お前たちだけの力じゃない。作戦に関わった全員の力だ。そして、その作戦を指揮したのは、誰か? この俺だ。だから、俺にそいつを渡すのは当然と言える」
「べつにあんたに頼んだ覚えはないが」
「やれやれ」と杭打は肩をすくめる。「お前たちみたいな馬鹿を相手にすると疲れるよ。先ほどから聞いていれば、口の利き方がなっていないし、道理も知らないときた。お前、免許の種類は?」
「2類だけど」
「そうか。なら、ランクは?」
「……54」
「俺は10だ。だから黙って俺の言うことを聞け」
「はぁ? ランクなんて関係ねぇよ」
「そうか。なら、俺とお前らの間にある差ってやつを教えてやる必要があるな」
杭打は剣を抜いた。刀身が薄闇できらめく。
「杭打さん。さすがにそれは」と仲間が止めるも、杭打は不敵に笑う。
「案ずるな、これは教育だ」
「へぇ、なら教えてもらおうか」
初瀬さんも剣を構える。しかし、その顔には冷や汗が浮かんでいて、緊張感が顔からにじみ出ていた。
一発触発の雰囲気の中で、俺は左足の『跳竜の靴』を履いた。
「何をしている!」
杭打が何か言っているが、どうでも良かった。俺は靴の履き心地を確認し、その場で足踏みをする。足になじむ感じがした。
「お前、人の話を聞いているのか!?」
この靴には、何か秘密があるはず。ただの靴なわけがない。では、その秘密とは何か。跳竜について考えてみる。やつらは跳躍が得意だった。もしかしたら、この靴を履くことで、やつらと同じくらいの跳躍が可能になるのかもしれない。ただ、軽くジャンプしてみても、高く跳べる感じはしない。
「おい、いい加減にしろ!」
そこで俺は閃いた。跳竜と同じように跳躍するために必要なもの。それは、魔力とタイミングだ。つまり、魔法を使えば、跳竜になれる。だから、軽くジャンプしながら、地面を蹴るタイミングを意識して、魔法を発動してみた。
瞬間――体がとても軽くなる感覚があった。予想通り、この靴で魔法を発動すれば、跳竜のように高く跳べる。
「おい、ごらぁ!」
ひときわ大きな声が、ダンジョンに響いた。杭打である。顔を真っ赤にして、怒っている。そういえば、報告しろとか言っていたな。だから彼に、この靴の機能について教えてあげようと思う。
俺は魔法を発動しながら地面を蹴った。一瞬で杭打との間合いを詰める。驚く杭打。その腹部に足裏を当て、膝を曲げる。溜めた力を魔法とともに開放。爆発的なエネルギーが生まれ、杭打がぶっ飛んだ。ダンジョンの壁に激突し、杭打は倒れる。
その場にいた誰もが、状況を飲み込めずにいた。しかし、杭打の仲間が我に返って、声を荒げる。
「お、お前は何をしたかわかっているのか!?」
「彼は!」と初瀬さんがかぶせるように叫んだ。「彼は、混乱している! 聞いたことがある。強すぎるアイテムは使用者を混乱させるんだ」
初瀬さんの言う通りだと思う。
俺は今、混乱している。
だから、杭打のことがゴブリンに見えた。
「ゆ、許さねぇぞ」
杭打が膝をつきながら起き上がる。俺が手加減したのもあるし、上等な防具を着ていたからか、あの攻撃を受けても、気絶まではしなかったみたいだ。
(そのまま気絶すればいいのに)
杭打は立ち上がって、剣を構える。しかし怖くない。俺には彼が小さく見えた。もはや恐れるような存在じゃない。最初からこうすれば良かった。外の世界だったら、俺は檻の中にぶち込まれただろうが、ここはダンジョン。ファンタジーの世界。気に入らない奴がいたら、ぶん殴って、わからせればいい。
「やああああ!」
杭打が斬りかかってきた。が、俺からしたら遅い。剣筋を見切って、足を引っかけた。それだけで、杭打は前のめりに倒れる。
俺は杖を振り上げ、杭打を殴ろうとした。が、この男のために魔力を消費するのがもったいなく感じた。それに、杖の面白い使い方も見せたくなかった。この男はきっと、『それは魔法の杖の使い方じゃない』と言って、否定するだろう。だから、わざわざ見せようと思わない。
(結論、この男にはもう関わらないのが正解か)
俺は杖を下ろし、初瀬さんに目を向ける。地下10階に行くことを提案しようと思った。今なら、あそこも攻略できる気がする。が、そこで気づく。
(もしも普通に話しかけたら、混乱している設定がおかしなことになっちゃうな)
だから俺は、初瀬さんに目配せすると、地下10階に向かって、駆け出した。
「あ、待って、宿須君! くそ、混乱しているからか!?」
初瀬さんのナイスなアシストを受けながら、俺は地下10階を目指した。