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腐ったミカンの下剋上  作者: 三口 三大
第2話 腐ったミカン
22/67

22. 理由

 俺が杭打を憎む理由は、多分、防衛本能的なものだと思う。あの男から上司に似た煩わしさを感じ、生理的な嫌悪感が警告を鳴らす。あの男に関わると、絶対に後悔することになる。


(でも、俺が冒険者を続けるなら、あの男との接点は絶対にあるんだよなぁ。辞めるか? 冒険者)


 ため息を吐きそうになる。が、前の席にいる師匠に気づき、自粛する。今は、美味しいウナギを食べているところだ。飯を不味くするわけにはいかない。


「浮かない顔をしているな」と師匠。「不味いか?」


 しかし、顔に出てしまっていたらく、慌てて首を振る。


「あ、いえ、そんなことはないですよ! とても美味しいです」


「なら、良いが」


「すみません。ちょっと、仕事のことで悩んでいまして」


「そうか。そういえば、あまり聞かない方がいいかと思っていたんだが、お前さんは何の仕事をしているんだ?」


「……一応、冒険者をしています」


「冒険者!? そいつはすごいな」


 師匠が感心したように眉を開く。人に冒険者であることを話したのは、今回が初めてだったから、師匠の反応は新鮮だった。


「まだまだ始めたばかりなんで、これからなんですけど」


「そうか。でも、意外だな。お前さんが冒険者か」


「意外ですか?」


「ん。まぁ、何といえば良いのだろう、もっと、元気のあるやつがやるもんだと思っていた」


「……なるほど」


「おっと、お前さんに元気が無いと言っているわけではないぞ」


「はい」


 元気が無いと言っている気はしたが、無粋なので、余計なことは言わないことにした。


「それにしても、冒険者か。立派な仕事じゃないか」


「立派、ですかね?」


「そうさ。だって、冒険者は命がけで国民の生活を守る大事な職業だろ?」


「……そうですね」


 確かに一般人からしたら、冒険者は国民の生活を守っているように見えるかもしれない。しかし当事者の俺に、そんな意識は無かった。俺は自分のために、ダンジョンを攻略しようとしている。今は、ダンジョンに潜って、できるだけ多くの嫌いな連中を殴りたい。そして周りにいる冒険者も、自分のために冒険者をしているもんだと思っていた。


 師匠に視線を戻す。師匠は微笑み返した。師匠のような善良な市民の生活を守るため、頑張ってダンジョンを攻略しよう! ――という気にはならなかった。


(俺が間違っているのかな)


 モヤモヤしていると、師匠は言った。


「お前さんは、冒険者の仕事を楽しんでいるのか?」


「え、あ、どうでしょう。わかりません」


「そうか。ま、仕事は楽しんでやるのが一番だから」


「……師匠はそうだったんですか? 楽しんで仕事をやる感じ」


「あぁ、そうだ」


「へぇ、今までどんな仕事をされてきたんですか?」


「そうだな。まずは高校卒業してから入った町工場について話す必要がある――」


 そして師匠はこれまでの仕事について話してくれた。話を聞いていて、気になったのは、師匠の表情だ。師匠は嬉々とした表情でこれまでの仕事について語る。傍から見たら、好きな演歌歌手について話しているように見えるだろう。しかし彼は仕事の話をしていて、俺にはそれが信じられなかった。


「――ということがあったんだ」


「波乱万丈ですね」


「だろ? いろいろあったけど、楽しかったよ。そうだ。今度はお前さんの話を聞かせてくれないか?」


「俺の話ですか?」


「そうだ。冒険者は、ダンジョン? とやらに入るのだろう? そこには何があるんだ」


「あ、ダンジョンの話ですか。まぁ、それならいいですよ。と言っても、まだそれほど攻略しているわけではないんで、最初に攻略したダンジョンの話をしましょう」


 それから俺は、師匠に最初のダンジョンであった出来事について話す。もちろん、嫌いな奴がモンスターに見える話は伏せた。


 一通り話し終えると、師匠は満足そうな表情で言った。


「ダンジョンとは実に興味深いところなんだな。そして、まぁ、なんだ。お前さんが楽しんでいるようで良かったよ。楽しかったら、辛いことも乗り越えられるだろ」


「楽しんでいるように見えましたか?」


「ああ。楽しんでいるように見えたぞ」


「……そうですか」


 言われてみたら、確かに俺は、冒険者としての仕事を楽しんでいるかもしれない。嫌いな奴を殴るのはもちろんのこと、魔法を使ったり、宝箱を見つけたり、この世界にはないものをダンジョンで見つけ、心を踊らせていた。その瞬間を『楽しんでいる』と言わずして、何と言えばいいのだろう。


(まさか仕事を楽しいと思う日が来るとはな)


 仕事なんて辛いだけだと思っていたが、今はそんなに苦ではない。それだけ、冒険者という仕事が俺に合っているのだろう。


 会計を済ませ、俺たちは店を後にした。


「あの、今日はごちそうさまでした」


「なぁに。これくらいお安い御用さ。それじゃあ、また、バッティングセンターで会おう」


「はい」


 師匠を見送り、俺は帰路に就く。


 杭打みたいな懸念材料はあるものの、もう少し、冒険者を頑張ってみようと思った。

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