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参謀長は休暇中 ~竜の眠る島~  作者: 錫乃(すずの)
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参謀長は護衛を引き受けます


「カロッサ本島を中心にして、この海域の島々で様子のおかしな、有体に言うと酔っぱらった状態の妖精が確認されています。

たいていの場合は、保護した魔法使いのもとで静養して回復できたそうですが」


(妖精が、酔っぱらう?)


もっともな疑問を浮かべるレイリアだったが、転がったまま頬杖を突く竜王様を見てそれを口にするのはやめた。

竜王が大地の魔素を吸いすぎて酔っぱらうのだ、妖精も何かあれば酔うのかもしれない、と。

だが、場に充ちる重い空気でなにやら深刻な事態が起きているのだと伝わってきた。


「あれが使われた痕跡は?」

「残念ながら、間違いないでしょう。用いられたのはまだ少量ではありますが。

カロッサ王国外からの入国者により、本島に持ち込まれた形跡もあります。

ただ、シシティバルム様の結界内ではさすがにその痕跡は見つかっていません」


(”あれ”ってナニよ?)


この場にいて、会話全体の意味が判っていないのはたぶんレイリアと、シシティバルムの膝のリトニスだけ。

いや、幼くも竜であるリトニスにも、もしかしたら判っているのかもしれない。


「島内十数か所に散らばっていた該当集団の潜伏先も、フェアノスティ使節団の到着で首都クルデ付近が賑わうのに合わせ集結しつつあります。

各箇所には竜使を配置して監視しております。いざとなれば個々の集団ごと結界内に閉じ込めることも可能ですが」

「なにかあるのか、竜使殿?」

「どうも動きが中途半端な気がしてなりません。今監視下にある集団を押さえるだけでは足りない気がするのです。ですから未だ奴らを監視するだけにとどめ泳がせているのですが。

まだ入国していない別働部隊の可能性も考えましたが、海路も、空路も、今のところは特に怪しい影はありません」

「北のマルタラは?」

「あちらの国も静かです。我が国の宰相からの情報でも、何の動きもないとのことです」

「ふむ……」



「あの…シシー様、あれ、とは何ですか?」


交わされる言葉をキョロキョロと目だけで追うように聴いていたレイリアだったが、意を決して小さくシシティバルムに質問した。


シシティバルムは少し考える仕草をした後でナザレを見るが、銀髪の少年は沈黙したまま答えない。仕方なくカルセドニクスに視線を送ると、彼はこくりと頷いた。


「王女殿下は、”妖精狩り”についてはご存じですか?」

「北大陸の北部で昔行われた蛮行で、それにより竜壁山脈より北には妖精たちの加護が無くなったと、その程度の理解ですが」

「それで間違いはありません。

太古の昔、竜壁の北の小部族が野生の獣を馴らすのに使っていた香の特定の種類が、妖精をも惑わす効果があることに気づいた者がいました。

誰にでも見えるわけではない妖精に対して影響があることを知れたのだから、おそらく魔力持ちの魔法使い達だったのでしょう。

そして、力の強い妖精の力をその身に取り込んで大きな魔力を得るという邪法に手を出した。

それに使われたのが『幻妖(げんよう)』と呼ばれる香です」


それは、火で炙るようにして香りを発しても、粉末状の香そのものを鼻や口から吸い込ませても、妖精や竜を引き寄せ、その思考を鈍らせる。

そこにあるだけで周囲に影響を及ぼし、火で滅することも水で無力化することもできず、空間を遮断してしまう強力な結界の中に閉じ込めるしかない、非常に厄介な物質だった。

邪法は竜壁の北の広範囲に渡り伝わって、多くの犠牲を産んだ。様々な属性の妖精たちが狩られ、魔力を吸い出す実験に利用された。


「その結果、この世の理を統べる大いなる存在の怒りを招きました」

「それは妖精王さまのこと…ですか?」

「一般にはそう呼ばれていますね。妖精たちがその方のことを王と呼ぶから、そういう呼称が付きました。

この世の理を、というか、この世界そのものを創った方だそうです。

以降、竜壁の北側の地から全ての妖精の力が失われ、魔力と魔素の巡りもなくなった。

竜宮が介入した数々の事件のうち、最大最悪の事態でした。

最初に使われた『幻妖(げんよう)』の原料となる香木は全て枯れたと言われています。

蛮行を繰り返させないため、竜宮では邪法に関わるものを徹底的に調べ、潰してきました。

ですが一度行われた邪法が完全に消えることはなく、似たような効能を持つ木を使い妖精や竜を惑わす術が、あの手この手で後代に伝わってしまったのです」

「では、その『幻妖(げんよう)』が持ち込まれて、今まさにこのカロッサの地で妖精狩りが行われようとしている、と?」

「最近の幻惑事件だけを合わせみると、そういう風にも取れます。

ですが、妖精狩りのために『幻妖(げんよう)』を使って妖精を惑わせたにしては、当の妖精をそのまま置き去っていたりして、その後の動きがおかしい。

なにか別の事案が水面下で進んでいる気がしてなりません。

実際、『幻妖(げんよう)』を用いて引き起こされた事案で竜宮が介入を行ってきたものはいろいろあります。

中でも大きかったのは、このカロッサにも関係が深い、あの事件です」


カルセドニクスがそこまで語ると、ずっと黙ったままだったナザレが立ち上がった。


「シシー、あとは頼んだ。

俺は……下に降りて、封印の状態を確認してくる」


それだけ言い残し、ナザレは内苑の奥に向かって歩いていった。

そのか細くも見える友の後ろ姿を、シシティバルムは憂いに満ちた目で見送って、重い口を開いた。


「北で起きた妖精狩りについては竜使殿に語っていただいたので、南で起きた事件については我から語ろう。

……あれは、今より五百年ほど前のこと。

北大陸のとある場所から、カロッサ諸島のトスカラ島という島に、不埒な盗人により竜の卵が持ち込まれた。『幻妖(げんよう)』により惑わせた隙をついて母竜から奪ってきたのだ。

我が火の山を鎮めたことにより豊かになったカロッサ島を妬み、自分たちも竜の力を手に入れようという愚かな者どもによってな。

『幻妖』からかろうじて覚めた後、卵を奪われたことを知った母竜は怒り狂い、卵の気配を追ってカロッサ諸島に飛来するや盗人たちの潜む2つの島を地竜の力で海に沈めた。

ナザレと我が奪われた卵はなんとか取り返したが、母竜は怒りと嘆きに自我を失い、もう止められる状態になかった。

嘆きの竜は王の手で鎮められ、カロッサの地下に封印された。封印の中で徐々にその魂魄は小さくなっていき、巡る命の環に入るときを待って居る。

彼女の名は、ネリー。

我の大切な友であり―――――ナザレにとっては同じ番から生まれた妹竜だった。

ネリーが封じられた後、ナザレがこの地を訪れるのは初めてのこと。封印内の魂魄の力が弱くなってきているのも感じてのことじゃろう。」



いつも飄々としている竜王の抱えた哀しみを知るのは、カルセドニクスには初めてのことだった。

竜伯である父パイライトには、話していたのだろうか。


(あの竜のことだ、おそらく話してはいない)


永久の時を生きる上位竜のナザレからすれば、人の生は風に舞い散る木の葉のように一瞬で目の前を過ぎ去るものだろう。

竜伯も、竜騎士も、ザクト家の者達も、近くにいるから気にかけてはくれるが、多くの中の一葉にすぎない。

本人が語らなかったことを聞いてしまったが、それもまた、すぐ消える相手なら知られても知られなくても、変わりはしないのかもしれない。

以前パイライトが、『ザクトにとって、竜とは近いようでとてつもなく遠い、そんな存在だ』と話した時に見せた寂しさも滲む表情の意味が、カルセドニクスは漸く分かった気がした。



「この王宮地下にあるネリーの封印自体には異常はない。問題はもう一つの封印の方じゃ」

「もう一つ?他にも竜を封じているのですか?」

「封じる…というのとは少し違うかの。

其方、竜宮ではネリーの卵の行方については何か伝わっておるか?」

「世界のどこかに隠した、とだけ。

ナザレはカロッサ諸島で起こったことについて、史実としては教えてくれましたが、あまり詳細を語ろうとしませんでしたので。

ネリーが妹竜であったときいて、その理由の一旦は知れましたが」

「………そうか。

竜は番を見つけると卵を産むのじゃが、竜の卵は少々特異での。

卵はそれ自体が意志を持ち、自らの孵る時を選ぶ。ナザレはネリーを妹というが、彼らの親竜が同時期に産んだ卵のうち、先に目を覚まして孵ったのがナザレであったということじゃな。

孵るまでの間、卵は親竜の魔力を浴びながら眠り続け、生まれ出でる時を待つのだ。

ネリーの卵は、ネリーが我らと共にこの世界来た原初の時からずっと眠ったままであったが、他者に奪われて母竜の魔力と引き離されてしまった……

親竜からの魔力が途切れれば卵は石になる。

封印されたネリーから魔力を得るのは難しい。だがなんとしても、あの子が命を懸け守ろうとした卵だけは救ってやりたかった。

代理で卵を守る手段も無いではないが、竜はそもそも排他的な魔力を持つもの。ナザレは卵に拒まれてしまって代父にはなれず、我はかろうじて受け入れられて代母となった。

王の手によりその魂魄を小さく鎮められたネリーは、封印の中で少しずつ小さくなり、やがて消滅してこの世界を廻る命の環に還る。自らの時を終えた命が、また新しい命として生まれ直すようにな。

此度、竜宮の方で検知した異常は、ネリーの魂がまさに消滅へと向かい小さくなってきたためであろう。

それに伴ってか、卵の方にも若干だが変化があった。

僅かだが竜の気を放ち、魄動が感じられる。

のぅ、レイリア?」


傍らで黙ってシシティバルムの話に耳を傾けていたレイリアに、突然質問が飛んだ。

唐突に話の中心に据えられた彼女だったが、何かを探るようにすっと目を伏せ、静かに答えた。


「はい。ですが、目覚める兆しはまだございません」

「そうか…」

「どうして、王女殿下に訊くので……

まさか……!?」


当然のように目の前で交わされた会話に、カルセドニクスがあることに思い至った。

最初、使節団歓迎式典で感じた、違和感。

原初の氷竜の領域内において異質な、今まで感じたことのない種類の、微かな竜の気。

それは、今目の前にいる白金色の髪の第三王女の体内から感じるものだ。


「女性の身体をそのように不躾に見るものではありませんわよ?竜使殿?」

「っ!ご無礼を……! しかし、何故です?!」


少女に無礼を窘められて咄嗟に謝罪するものの、驚きは隠せない。

話の流れから察するに、彼女の内にあるのは―――――



「かろうじて代母になった、と言うたであろ?

我自身は、ナザレ同様、卵に拒まれてしまったのだ。

だが、なぜか我の守護を授けたカロッサの女性からだけ、卵に魔力を与えることができた。

理由は……正直、卵にしかわからぬ。

故に、ネリーの卵の代母は、代々カロッサの民の中で、当代一の魔力量を持つものに務めてもらってきたのだ。我らはその勤めのことを”揺籠(ゆりかご)”と呼んでいる。

揺籠(ゆりかご)”の役目を担う者は生涯カロッサから出ることはなく、加えて王宮で保護することになるが故、王族と婚姻を結ぶことも多くてな。

カロッサ王族は魔力が強い者の割合が高くなったというわけだ」

「それが、今は第三王女殿下だと…………?」

「私の前は、祖母でした。

私が3つの時、祖母が亡くなり、私が”揺籠(ゆりかご)”を引き継ぎました。

我が家にとっては、家業のようなもの。

カロッサの家に生まれ、強い魔力を持った身ならば、当然の務めです」

「しかし………」

「ネリーが封じられて500年余り、ネリーの魂魄が小さくなって消えるまでの時間に、卵も孵るものだと思っておったのじゃが一向に孵らぬ。

どうやら、とんだ寝坊助竜のようじゃ」

「………」

「ネリーの力が弱まり、同時に卵に変化があったこの時に合わせるように、我の領域に邪法の気配がある。

偶然とは思えんでな。

そこで、竜使殿。其方に、当代の”揺籠(ゆりかご)”の警護を頼みたい。

此度の竜使の派遣の一番の目的はそれなのだ。

ナザレを通じ竜伯殿にまず依頼をしようとしたのだが、『幻妖』が使われた場合、竜の力は封じられ使えない可能性がある。

竜使殿は、竜の力がなくとも相当な実力の持ち主であると聞いている。

どうかその力でもって、我らの大切な卵を護ってほしい。

頼む」



憤りが滲む難しい顔で黙り込んだカルセドニクスを、レイリアは不思議な心持ちで見ていた。

カロッサ王族に生まれた者にとって、”揺籠(ゆりかご)”の務めは当然で、なんなら誉れですらある。

この暗銀色の髪の男の家も、代々竜とは切っても切れない関係で繋がってきたはずだ。

彼本人は次代の竜伯ではないそうだから、少し複雑な思いもあるのかもしれないが。


しばしの黙考の後、カルセドニクスはシシティバルムの方に向き直った。


「護衛の任、謹んでお引き受けいたします」

「おお、引き受けてくれるか」


承諾の返事に、原初の氷竜もほっとしたのか喜色を顕わにする。が―――――


「但し。

私は卵ではなく、揺籠(ゆりかご)としての殿下でもなく、第三王女殿下自身の御身をこそ、お護りするつもりです。

それでよろしければ、お引き受けいたします」


続いてカルセドニクスから出た言葉に、戻ってきたナザレを含め、一同がそれぞれにぽかんとした表情になった。

ぽかんから最初に脱したのはレイリアだった。


「は…?ちょっと、何をおっしゃってるんです!?

卵を護ってこその揺籠(ゆりかご)で、だからシシー様は私を―――――」

「わかった。それで構わぬ」

「シシー様!?」

「ネリーの卵を預かって五百年、魄動を感じたのは初めてのこと。

ネリー自身の魂魄の消滅が近いのもあろうが、当代の揺籠(ゆりかご)は今までとは違う何かを持って居る気がする。

どうかこの子を、護ってたもれ」


シシティバルムは、突拍子もなく聞こえたカルセドニクスの条件を呑み、あまつさえ頭まで下げた。

ナザレも、ことの顛末を見守るようにじっといつもの無表情にほんの少し真摯さを乗せた男の顔を見つめていた。


「………畏まりました。必ずお護りいたします」

「これから先、卵がどうなるのかは、今は解らぬ。

この変化が孵る兆しなのか、それとも母と共に消えるを選ぶか。

後者なら哀しいが…どちらにせよ、決めるのは卵だからの。見守るしかあるまい」


微妙に条件がつけられたものの、ひとまずカルセドニクスが竜使としてカロッサに居る期間、秘密裏にレイリア第三王女の護衛を務めることになった。

ただ、カルセドニクスは他国の、しかも独身貴族。同じく未婚の王女の傍に他国の男がべったり一緒に居るのはおかしいし、表向き他国から賓客として来た者に護衛を頼むのはもっとおかしい。

そこで、いつも護衛をしているダナンという竜鱗体の姿を例の耳飾り型魔道具に読み込ませ、彼の姿で護衛するということになった。

その間カルセドニクスは王宮内に不在ということになるが、休暇中だから郊外に植物の調査に行ったことにすればいいという。


(それで誤魔化せちゃうんだ)


これは普段からあちこち出歩いては調査に行ってるな、とレイリアは自分より頭一つ以上背の高いカルセドニクスを見上げる。


「どうしました?」


別に、と言いかけて、レイリアは確かめておかなければと口を開いた。


「……どうして、あんな条件を出されたの?」

「言葉のままですよ。

私が護るのは、卵でなく、揺籠(ゆりかご)としての貴女でもなく、貴女自身だというだけです」

「…………意味が解りません。

まあ、私を護ってくださるということは卵も護られるのだから、良しとしますけどね」

「同じではありません。少なくとも私にとっては」


理解しかねるという気持ちを花の(かんばせ)いっぱいに乗せて、レイリアの海色の瞳がカルセドニクスの灰青の瞳を睨み上げた。

これ以上の問答は不毛だと悟ったのか、そのまま庭園の奥へと歩み去る白金髪の少女の後を、暗銀髪の青年はゆっくりと追いかける。

歩きながら、その脳裏には先ほどの会話の中で出てきたシシティバルムの言葉が重く響いていた。



『”揺籠(ゆりかご)”は生涯カロッサから出ることはなく』




「……いろいろと、することが増えたな」


思わず呟きを漏らすが、口元には薄く愉しげな笑みが浮かぶ。


先に進んだ王女殿下が呼ぶ声に答えながら、カルセドニクスはこれから自分が為すべきことを数え始めた。



最後まで読んでくださりありがとうございます。

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