参謀長は楽園にたどり着きます
レイリアさんの年齢を、茶会当時(8年前)7歳に修正してます。
(現在は15歳)
それと、ミュラー家三兄弟をカルスの甥としてましたが、従弟の間違いでしたので修正してます。
恋人たちの再会が歓喜の中で無事果たされた午後。
歓迎の昼餐から引き続き、王太子ルシアンはアリスティア第二王女と共にいる。
王族同士の結婚に向けた国同士の合意は水面下で既に終わっている。ルシアンは最後の最後で一抹の不安があったようだが、再会してそれが霧散した以上、あとは二人の間の8年の時間を埋めるべく仲を深めることにのみ注力していけばいい。
だが、随行した外交官たちはこれからが正念場だ。通常外交はもちろんのこと、婚姻に向けた今後の日程の調整、双方で用意する物品のすり合わせ、王女と共にフェアノスティに来る人員やその生活基盤の整備など、決めなければならないことが山積みである。
また、第一師団長以下の警護にあたる騎士達も、昨日王太子から伝えられた情報をもとに、人員配置の再調整をし既に王宮内外にて警護の任に就いている。
使節団全体が詰め込まれた日程を分刻みでこなしている中、カルセドニクスも”調査”資料のまとめに勤しんでいた。竜使の方ではなく、使節団と合流するまでの5日間に行ったカロッサの動植物の調査(海洋を含む)のほうである。
竜使の調査の方は、カロッサ国内に散った部下が集めた情報が通信魔力結晶を通じて報告が来るので、それを纏めて都度分析している。何人か追加で召喚されてきた竜使がおり、まだ調査段階の現状では部下たちの方も一日交替で休暇を取れているようで安心した。
定期報告時に『一日おきに確実にしっかり眠れる日を持てるなんて幸せが過ぎます』と言う者がいて、日頃の彼等の激務具合が感じられた。カルセドニクス自身、休めるときはちゃんと休みを取るように父であるパイライト総騎士団長から時折小言を貰っている。そこには上司が休まないと部下が休めないという意味も含まれていたのかもしれないと、ちょっぴり反省をしたところだ。
調査中に記録した映像を見返しながらそんなことを考えていたら、後ろから覗き込んでくる人物が居た。
「へぇ、今の時期にこの花が見られるなんて、さすが植物の楽園カロッサ島ですね」
「タキ」
分厚い資料をこれでもかと積み上げた状態で腕に抱えている少年は、タキトゥス・ミュラー。宰相クラウスに嫁いだ叔母セレニティの二番目の息子で、カルセドニクスの従弟の一人だ。弱冠15歳、まだ王立学院の高等部にあがったばかりだが、学業の傍らすでに外交部の一員として仕事を学び始めている。
兄のトリスタ・ミュラーは、母方のザクト家の血を濃く受け継いでしまったらしくどちらかというと勉強より体を使う方が好きで、初等部を卒業後すぐ騎士団に入団した。彼もまた、今回の使節団に第一騎士団の一員として随行してきている。
「タキもトーリもカロッサに来ているのでは、”ノラ”が拗ねてるんじゃないのか?」
「ええ、それはもう。僕やトーリ兄がじゃなく、カルス兄様が行くなら自分も行くと大変なごねようでしから。
……あ、駄目ですよ、そんな顔したって。
言い聞かせて丸め込むのに父と母がすっごく苦労したのに、貴方が呼んだりした日にはノラはすぐにでも転移魔法で飛んできてしまいます」
「……まだ何も言ってないが?」
「目が言ってました、目が」
タキトゥスとその父の宰相クラウスも、ルシアン同様にカルセドニクスの表情の変化がわかる数少ない人物だ。表情が読まれるのはやりにくいなと思ったらタキトゥスにもっと睨まれたので、たぶんそう考えたのもバレている。
ちなみに、彼らの会話に出てきた”ノラ”とはミュラー公爵家三兄弟の末っ子、ノーランのこと。三兄弟の中でも特にカルセドニクスに懐いている少年だ。あまり大っぴらに公表はしていないが全属性で魔法が得意な子で、10歳にして学院高等部魔法科レベルの知識と技術はもうすでに身についている。だが魔法使いになるよりも魔道具作り職人になりたいのだと言って、日々研究を続けている。変装機能付き耳飾りもノーランの作品である。
カロッサ島の独特の風土は、ノーランの魔道具創作によい刺激になるかもしれないと思ったのだが、ミュラー家の総意として渡航を止められたのなら仕方ない。居残りの従弟に何か土産を、と考えて、先日王太子への土産の品でひと悶着あったことを思い出し、慎重に選ぼうと思うカルセドニクスである。
記録映像を止めて書き溜めた資料をまとめて腰につけた愛用の空間保管庫(ノーラン作)に入れて席を立つ。
「タキはこれから会議か」
「はい。あちらの外交官との折衝に、補佐として同席し学ばせていただきます。
カルス兄様は晩餐会まではどちらに?」
「王宮中心部にある内苑にはとても珍しい植物があるらしいから、可能なら見せていただこうかと思っている。それが無理でも建物内を見ているだけでも楽しいしな」
「休暇を満喫中ですね。お忙しいカルス兄様がちゃんと休めているようで良かったです」
無邪気な笑顔でそう言った従弟の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。やめてくださいよと言いながらも、いつもは大人びた印象のタキトゥスが珍しく年相応の少年らしい顔で嬉しそうに笑った。
「タキのお父上は私などよりももっと休みなく働いておられるぞ?」
「父上はあれが通常運転だからいいのです」
資料を抱えたままで器用にぺこりと頭を下げて会議に向かう従弟を見送ると、カルセドニクスはノーラン特製耳飾りに触れ、認識阻害機能を有効にした。
竜使として会わねばならない相手が居る。外からの調査についての報告と今後の対処について、それからカロッサ王宮地下での変化について話さなければならないのだが、その所在がまだ正確に把握できていない。おそらく王宮の最奥部の何処かだろう。
少し異質な気配でもあったが一番竜の気を強く放っていたレイリア第三王女に聞くのが早そうだなとは思うが、一貴族として随行しているだけの立場で面会を要請して受け入れてくれるかどうかわからない。
恐らく、カルセドニクスも参加予定の今夜の晩餐会では会うことになるだろうから、その時が最初の接触機会になる。
つまりそれまでは自由時間ということだと解釈して、あわよくば内苑の植物を見たいと植物調査の道具一式を空間庫にしまうと、意気揚々と割り当てられた客室を出た。
――――――のだが。
「どちらにおいでになるのです?
ザクト南方辺境伯子息カルセドニクス様」
部屋を出ていくらも歩かないうちに、長ったらしい呼び名で声を掛けられてしまった。カロッサ王宮の侍女服を着た妙齢の女性だった。
部屋を出て動きを見せれば接触してくるかなとは予想はしていたが、思いの外、早く捕まったなとカルセドニクスは少しだけ驚いた。そうかなと思っていたが,監視をされていたようだ。
「王宮の中ほどに植物園があると聞いて、見せていただけないかと思ったのです」
「内苑、のことをおっしゃっておられるようですが、場所はお分かりになるのですか?」
「いいえ?」
「………」
しれっと言うカルセドニクスに、侍女の片眉がくいっと持ち上がる。
「貴女に案内を頼んだら、迷わず”目的地”に着けますかね、侍女殿?」
「……ご案内させていただきます」
(内苑の見物より先に、原初の氷竜と会うことになりそうだ)
そもそもが竜使の役目でかの氷竜に会うべく第三王女と接触しようとしていたのも忘れ、楽しみをお預けされたような気分になるカルセドニクスだった。仕方ないかと意を決すると、踵を返した侍女の先導で王宮の奥部へと入っていった。
首都クルデは所謂平城という形をとっており、王宮を中心に同心円状に整備されている。
一番外に城郭と堀、そのすぐうちに市民街や貴族街、そして商業地区がある。そのさらに内側には外苑と呼ばれる庭園区画が拡がり、多種多様な植物が栽培・管理されている。外苑に包み込まれるようにして、同心円の中心部に王宮や役所といった建物群が集まっている区域があった。
平城とはいうものの、中心部に行くほど若干だが標高は高くなっており、城郭や市民街のどの場所からも、王宮の姿がよく見えるようになっていた。
今現在、カルセドニクスはテスと名乗った侍女の後について王宮の最奥部にある内苑とよばれる場所に向かっているはずだが、登るというよりはむしろ、僅かに通路が傾斜して下に降りて行っているのを感じた。
すれ違う人々はテスには会釈をするが、カルセドニクスのことははっきり認識していないようで、目が合うことはほぼない。耳飾りの認識阻害の機能はちゃんと有効になっている。
では、テスはどうして、カルセドニクスを彼だとしっかりと認識できているのか。
華奢で目立たない印象の、至極普通の侍女に見える。しかし発する気配はーーーー人ではないものだ。
「あなた以外に、何人かいるのですか?」
カルセドニクスの唐突な問いかけに、テスが立ち止まって半身振り返る。
「………数名、おりますよ。」
短くそう答えると、侍女はまた前を向いて靴音が響く通路を無言で歩き始めた。少し距離をとりながら、カルセドニクスも彼女に続いて歩いて行く。
何がとも、誰がとも聞かないまま質問に答えた彼女は、おそらく竜鱗体。竜が自らの鱗に魔力を注いで創り出した人形である。
竜は、他の竜の気配に敏感なもの。カルセドニクスの纏うナザレの気配、そして常に共にある守護竜リトニスの気配、両方を辿り彼を認識したのだろう。
歩いているうちに、小さな階段を下りた先にあった樫の扉の前でテスが止まった。
「こちらが内苑に通じる扉でございます」
「……入っても?」
「主様が貴方様をお待ちになっておられます」
そう言うと、テスは中に訪問を告げることもなく扉をあけ放った。途端、扉の向こうからはむせ返るような緑の薫りが溢れ出してきた。
眼前に広がる光景にカルセドニクスは呆然となり立ち止まった。
鉄面皮で知られるフェアノスティ王立騎士団参謀長が喜びのあまり感涙を浮かべる様子を、侍女テスが振り返って怪訝な顔で見た。
天井にはほぼ全体に玻璃が嵌め込まれ、カロッサの太陽が燦々と降り注ぐ室内いっぱいに、丈の高いものから低いものまでさまざまな生命力溢れる植物が繁茂していた。
外苑もひと通り見たが、この場所はよりさらに希少な種類ばかりを集めて管理しているようだ。
扉から奥へと伸びる小径の傍らに繁る草花の数々、日差しを遮るほど高く伸びた木立、漂ってきた香りを頼りに視線を巡らせて見つけた小さな花、そこにあるすべてが――――――
「なんて素晴らしい…!」
カルセドニクスが彼にとってのこの世の楽園のような場所に辿り着いたその頃。
レイリア・カロッサ第三王女は少し冷めたお茶を飲みながら姉たちの会話を聴き流していた。
フェアノスティ王国使節団を歓迎する昼餐の後、姉二人と共にフェアノスティ王太子ルシアンとの茶会に同席することになったからだ。幸せそうな姉とその想い人の間に挟まっては邪魔なのではと思いつつも、大切な友好国王太子様からのお誘いとあっては断れはしない。
久しぶりだねと微笑んで迎えてくれた義理の兄になる予定の人のことは、『妖精王の茶会』当時まだ7つだったレイリアはほぼ覚えていない。
金髪だったとか、青い目だったとか、その程度の朧げな記憶しかないのだが、不思議なお茶会で出会った王子さまな男の子には特段悪い印象は持っていなかった。そして、姉との約束を守り求婚にきた目の前のルシアン王太子からも、誠実な印象をうけている。ただ、「姉と婚約破棄したり断罪したりしないでほしい」と頼んだという自分の過去の言葉を教えられても、覚えてないのだからレイリアとしては笑ってやり過ごすしかなかったけれど。
第一王女のグレイシアは使節団の出迎えの際には王女としての正装を纏った絶世の美女であったのだが、今現在は騎士の礼装を身に着けて身軽になっている。
ゴテゴテしたのは好かん、と口調まで変わるので、弟妹達はグレイシアが男装している時は『グレン兄様』と呼んだりするくらいである。
「初めて会った時にも思ったけど、僕よりずっとグレンの方が王子様ぽいよね」
「今回こそは手合わせに付き合ってもらうよ、ルー」
「……覚えてたの?」
「剣術の稽古は好きだ。無心になれる。明日の朝の鍛錬を一緒にするのはどうだ?」
「………………お手柔らかにお願いシマス」
義理の兄(予定)と実の兄(仮)の会話に苦笑した時、レイリアに護衛が背後から耳打ちししてきた。
「”竜使”殿がテスの案内で内苑に入られたとのことです。殿下、どうなさいますか?」
「そう…………では私も参りましょうか」
少しだけ考えてから、レイリアは小声で答えた。
「どうかしたの?」と尋ねてくるアリスティアに、途中退席の許しを請う。
「お話の途中で申し訳ございませんが、内苑に急な来客があったようでございます。」
「あぁ、もしかして、うちの甥殿かな…?」
竜使のことは、二人の姉王女たちはもちろん知らない。だがルシアン王太子は竜使のこともそれが誰なのかも把握しているようだ。
「ぶっきらぼうで表情がないからちょっと扱いが難しいけど、根はすごく優しいやつなんだ。滞在中はいろいろ”世話”になるだろうから、よろしくね」
「承りました、ルシアン殿下」
「あー、それとね……」
「はい?」
「正式に縁が結べたら義兄様と呼んでくれるって、幼い君と約束したんだ。
君は覚えていないだろうけど……すぐじゃなくていいから、ルー義兄様と呼んでくれたら嬉しい。
僕は末っ子で、兄と呼んでくれる存在は君が初めてだから」
王太子に、はにかんでそう言われていささか困惑した。視線だけで二番目の姉に救いを求めたらにっこり微笑まれたので、観念することにした。
「……はい、ルー義兄様」
すごく嬉しそうに笑うルシアンの顔を見て、なんだか少し照れくさいものの内心案外悪くないとも思う。
むず痒い気持ちを持て余しながら茶会の席を離れ内苑に向かって歩いて行く途中、ぴたりとレイリアの歩みが止まった。
「殿下? どうなさいま……」
「遠回りでもしてゆっくり行きましょう。」
「…………は?」
「なんなら、あらためてお茶を飲んで休憩してからでもいいわ。」
「え?でも、主様と竜使殿が待っておられますし」
「だからじゃない。ゆっくり行けば、しちめんどくさい説明を聴かなくて済むわ。
どうせ私には特に関係ないんだもの」
「関係は大ありでしょう?殿下は当代の”揺籠”でいらっしゃるのですよ?」
「でも、私が特に何かしなきゃいけないわけじゃないわよね?」
「それは……結界の内側は主様が、外側の対処は竜宮がされるでしょうが」
「ほら、私はやっぱり関係ないじゃない」
「いや、でも……」
華やかな印象の姉王女たちと比べると、奥ゆかしく淑やかと一般の民から思われている末王女は、実はちょっぴり面倒くさがりな女の子だった。
しばし護衛のダナンと押し問答をするも、結局説得されレイリアは内苑に向かいながらがっくりと肩を落とした。
(めんどくさいなぁ…)
めんどくさがりヒロインと、めんどくさいヒーロー。
次は出会うと思います。