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参謀長は休暇中 ~竜の眠る島~  作者: 錫乃(すずの)
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王太子殿下は友人を出迎えます

ルシアン王太子の船がカロッサ島にちかづいてきます。

ヒロイン不在のままですが…


カロッサ王国は、南北大陸の間にあるソラン海のカロッサ諸島を主な領地とする島国だ。

王国の島々はほとんどが一年を通して気温が高い南国の気候であるのだが、首都クルデのあるカロッサ本島だけは少々異質である。

王国内で唯一、この島にだけは四季がある。季節が巡るのではなく、島の中に春夏秋冬の四つの季節が混在しているのだ。

なぜこのように特殊な気候となっているのか、それはこの島に世界の黎明期から住む竜に関係がある。

カロッサ島は中央にヴィオルという名の火山がある、所謂火山島であった。面積こそ周辺の島々の中でも群を抜いて大きかったものの活発な火山活動により荒れた土地が多く、人はほぼ住んでいなかった。

ところが、妖精王や竜王と共にこの世界にやってきた氷の竜が、どういうわけかこのカロッサ島の熱い大地を気に入ってここを住処と定めて降り立った。

氷竜は、地下から湧き上がる大地の熱を吸い上げつつその凍てつく魔力で抑え込み、火山を眠らせた。そして、竜が居ることによりこの島に多くの妖精たちが集まってくるようになった。

大地の妖精は土地に恵みを与え、

水の妖精は島をめぐる水を浄化し、

火の妖精は地中深くから湧き上がろうとする熱が澱んだり偏ったりしないように練り上げ、

風の妖精は熱帯の暑気と竜の齎す氷雪の冷気を縒り合わせながら雲を運んで雨を降らせた。

その結果、カロッサ島はたくさんの妖精が住まい、四季折々の植物が繁茂し年中花が咲き続ける楽園になった。

生物学者や植物学者にとっては夢のような島である。

また、妖精を見る素養のある魔法使いたちにとっても、さまざまな属性の妖精を一同に見ることができる特殊な場所なのだった。


そのカロッサ島は今、王家の末王子誕生以来数年ぶりの慶事に際してお祭り騒ぎになっていた。

その容姿を宝石に例えられるほど美しい三人の王女のうち、珊瑚姫と呼ばれる第二王女アリスティアに対してフェアノスティ王国王太子が直々に婚約を申し入れに海を越えてやってくるというのだ。

なんでも数年前に妖精王の導きにより秘密のお茶会で二人は出逢って惹かれ合い将来を誓い合ったそうだ、というのがもっぱらの噂である。

まるで御伽噺か何かのようだが、カロッサ王国民には極めて友好的にとらえられている。なにより、北大陸一の大国、魔法王国フェアノスティの王太子が王女に求婚するために使節団を率いてやってくるのは間違いない事実なのだから、国民としてはこの上なく喜ばしいことだ。

かくして今日の夕刻、カロッサ本島の玄関口のドネリ港沖合に白い船団が姿を現した。

今夜一晩は沖合に停泊し、明日朝当初からの予定通りにドネリ港に入港してくるとの報せに、港町はまるで王太子一行がもう着いたかのように熱狂した。その熱気は夜になっても冷めやらず、あちこちに祝いの灯籠が灯され、人々は夜の街で各々祝杯をあげていた。


港からほど近い大衆酒場兼宿屋でも、そこかしこで酔漢が満面の笑みで繰り返し乾杯をしている。

その様子を横目に見ながら、栗色髪の男性が地魚の煮込み料理を肴に亭主おすすめの麦酒を呑んでいた。


「とっても賑やかですね」

「お祝い事だからなぁ」


だいぶ気が早いけどなと豪快に笑う亭主に、男も迎合するように笑って杯を掲げた。


「この国はなんていうか、華やかですよね。

あちこち花が咲き乱れてるし。

それに、皆さんの髪色もとっても色鮮やかです」

「フェアノスティではどんな感じなんだい?」

「王家や貴族の方々は金髪や銀髪が多いです。

僕みたいな一般人は髪は茶系統とかがほとんどですよ。

あと、魔法使いたちは黒っぽい髪色の人もいますね。

そこへいくと、カロッサの方々は青とか赤とか緑とか、色鮮やかな髪の方が多いですよね」

「俺たちはこれが普通なんだけど、よその国の人からすると珍しく見えるらしいな。

王家の宝石の姫様がたも、みんな髪色は違うし。」

「藍玉姫と、珊瑚姫、それから真珠姫、でしたっけ?」

「そうそう。

青色髪の第一王女グレイシア様、

桃色髪なのが第二王女アリスティア様、

白金色が第三王女レイリア様。

ちなみに一番下の王子ケンドール様は燃えるような赤い髪をされてるんだ」


壁に掛けられた国王ご一家の姿絵を示しながら、赤ら顔の亭主が教えてくれた。たしかに皆髪色は違うが面差しは似ていて、仲の良さが絵の雰囲気に表れている。

王家について語る亭主の誇らしげな口調からも、民から王室への深い敬愛が感じられた。

亭主の熱弁に耳を傾ける男の前に、おかみさんが苦笑いしながら小鉢を置いた。


「カロッサの男どもはね、宝石の三王女さまのどなたかに一度は恋をするんだよ。

聡明な藍玉姫さま、天真爛漫な珊瑚姫さま、お淑やかな真珠姫さまって」

「ちなみに俺は珊瑚姫さま派だ!」

「姫様たちをそうやって比べるの自体がが不敬だってんだよ、まったく」


窘めながらもおかみさんは笑っているところを見ると、大衆の間でこんなふうに王族たちの噂をしても目くじら立てて咎められない、おおらかな風潮なのだろう。

料理を食べ終え、男は少し酔い冷ましにぶらついてくると言って席を立った。味が気に入ったからと先程まで飲んでいた銘柄の麦酒と、地元名産だという蜂蜜酒の二本を土産用に包んでもらって酒場を出た。

まだ宵の口を少し過ぎたくらいの時間だ。相変わらず祭り前夜のような浮ついた雰囲気の街を抜け、男は港の方へと歩いて行く。

向かった先、周りには他に誰もいない桟橋で、男とよく似たというよりもそっくり同じ背格好の人影が待っていた。人影に近づくにつれ、楽し気に微笑んでいた男の顔から表情が抜け落ちていった。それを見ていた待ち人から「うわぁ……」という何とも言えない声が漏れる。

互いに歩み寄り向かい合った二人は、同じ服装、同じ髪色、そして―――――同じ顔だった。

無表情になった男が麦酒の瓶を渡すと、待っていた方の男が受け取って礼を言った。


「何回見ても、目の前で自分の顔から表情が”脱げて”いくのを見るのは慣れないですね……」

「入れ替わっても疑われないよう、ちゃんと演じていたからな」

「わかってますけどね」

「『水晶の鴎』という宿だ。魚の煮込みが美味かったぞ」


麦酒を渡した方の男が、徐に自分の耳で輝く風変わりな耳飾りに触れた。一瞬男の姿が蜃気楼のように揺らぐ。するとすぐに、男の容姿が先ほどまでとは全く別人のものに変わった。

髪は柔らかそうな栗色から星の光をため込んだような暗めの銀へ、瞳はこげ茶から青味がかった灰色へ、そして顔立ちは人懐っこい印象から冷たくも整った美貌へ。

その耳元の耳飾り、外見を偽装する魔法陣を刻んだ魔道具から輝きがすぅっと消えていくのを待って、桟橋で待機していた方の人物が敬礼した。


「殿下がお待ちです、参謀長」

「私は今、休暇を貰っている身だ」

「はは……失礼いたしました、ザクト南方辺境伯子息カルセドニクス様」

「……よく噛まずに言えるな」

「そこ感心するとこです?

じゃあザクト竜使長にしますか?」


冗談混じりのその問いには黙って答えないまま、カルセドニクスは沖に並んでぼぉっと光っているように見える白い船団に目を遣る。それから、長く美しい銀の髪を緩めに纏めていた髪紐を一度解き、高く結い上げ直した。


「私はこのまま、殿下と合流する。

エアッド、お前は他の者と連携しながら引き続き調査を続けよ」

「了解いたしました」


答えを聞くや否や、カルセドニクスは桟橋の木の床をとんと蹴って打ち寄せる波の上へと躍り出た。

その足が水面につく前に、彼の足下に細かな氷の結晶を含んだ空気の塊が現れた。それを踏んだカルセドニクスの身体が柔らかく跳ね返され、夜空に向かって高く舞い上がる。そうして次々に足場を作っては跳躍を繰り返し、カルセドニクスは舞うように夜の海原を進んでいく。風魔法の応用だが、彼は氷雪系の魔法を扱う力が強いため、圧縮した空気の足場の中に細かい氷の結晶が混じって白く輝く様は、跳ぶ度に煌く銀の髪と相まって幻想的な光景でもあった。

あっという間に近づいて来た白い船団の中央、ひときわ大きい旗艦を目指す。港に残してきたエアッドから通信用魔力結晶で連絡がきているのであろう、灯火で円を描くように合図が送られてくるのが見えた。

最後に高く跳躍し、旗艦の甲板で灯火を持つ部下の傍へと降り立った。


「おはようございます……参謀長」

「……おはよう。

君も竜使に立ったのか、ナサリー」


参謀長と呼ばれたことに休暇中だと指摘するのも後回しにするくらい、部下の顔色、とくに目の下の隈がすごい。完全に寝起きの様子で目も開いていない。


「実験終わって、資料を研究室長に提出して……てとこで、ナザレから使いが来まして」

「……なるほど」


ナサリー・オルゴーは魔法騎士として竜宮での修練を終えているが普段は王立魔導師団で研究員をしていて、どちらかというと騎士よりは研究者に近い。

仮定を立てて実験と考察をし結果を資料とともに提出した後、そこまでの過程でおざなりにしていた睡眠を貪り、また次の実験に向け仮定を立てる。その一連の流れを繰り返しながら研究生活をしている中、ちょうど睡眠周期に入る直前で竜使として呼び出されたらしい。目が開かないのも納得である。

すぐに地行魔法で発てと言われたのにごねて、なんとか船上の連絡員の地位をむしり取ったのだというナサリーに先導され、貴賓室の前までやってきた。彼女の去り際のもごもごとした挨拶が「おやすみなさい」だったのが少し気掛かりだが、足取りはわりとしっかりしているから、たぶん大丈夫だろう。

護衛に室内への取次ぎを頼むとすぐに応答があった。


「お疲れ、カル。

あぁそっか、休暇中だったっけ?」


出迎えた人物、フェアノスティ王国王太子ルシアン・アディル・フェアノスティが、控えていた侍従を手振りで下がらせながらカルセドニクスに向け「楽しかったかい?」と親し気に声を掛けてきた。金の髪に蒼い瞳、整った顔立ちに均整のとれた肉体をもつ、どこから見ても王子様の容貌をした、カルセドニクスの歳下の叔父かつ幼馴染である。

父パイライトの友人の愛称と区別するために両親からはカルスと呼ばれていて、辺境伯領の家人や他の知り合いたちの間でもそちらで定着している。だが、どういうわけかこの幼馴染だけは昔からカルセドニクスのことを『カル』と呼ぶ。カルロア・ガレリィ魔導師団長のことを愛称などで呼ぶことはまず無いんだから混同することはないだろう、というのが、この王子様の意見である。

無言のままカルセドニクスが差し出した瓶の銘柄を見て、ルシアンが眉間にちょっぴり皺を寄せた。


「蜂蜜酒……?

死ぬほど甘いんじゃないの、それ…」

「酒場で同じものを呑んでみたが、さっぱりとして、どちらかというと麦酒の味わいに近い」

「え、そうなの?」


嬉々として棚に並ぶ玻璃の杯を自分で取りに行く王太子を見ながら、カルセドニクスの方も自然な流れで許しも得ぬうちに長椅子に腰を下ろし、自ら持参した蜂蜜酒の封を切った。

まだ第三王子と辺境伯子息だった幼少の頃からの友人同士。時が経って王太子と王立騎士団参謀長へと互いの肩書が変わっても、このように余人を交えない場面ではいたって気安い間柄だ。


「街の様子はどうだった?」

「概ね好意的に受け止められている。

というか、もう祭りの前夜のような賑わいになっていたな」

「はは、受け入れてもらえているならよかったよ。

君が流してくれた『茶会での運命の出会い』の噂話も効いているのかな?」

「半分以上真実だしな。

それと、優秀な部下たちの働きのおかげだ」


「まったくだね」とルシアンが微笑みながら並べた杯に、カルセドニクスが金色に輝く蜂蜜酒を注ぐ。

一口ずつ口に含んでは、しばし屈託ない感想を述べあっていた。


「カロッサには何人入ってるの?竜使」

「私を含め5人だが、ナサリーも呼ばれたというし、まだ増えるかもしれない」

「今回は誰に化けたの?」

「エアッドだ」

「第三師団5番隊のエアッド・ジュネーか。

剣技もなかなかだけど、体術が得意な子だったね。

にこやかに挨拶してくれて、すごく人当たりが優しい印象だったけど…君と彼が入れ替わって、バレない?」

「問題ない」

「ほんとかなぁ」


街中への潜入調査や対象に聞き取りを行うときなどに、カルセドニクスは部下の誰かの姿を借りることがよくある。本来の容貌のままでは街に溶け込むには目立ち過ぎ、冷たい表情を向けると話を聞く相手を萎縮させてしまうからだ。

耳にある魔道具は、魔道具造りが得意な彼の従弟の自信作。変装する人物数名の容貌と、街に溶け込んでさらに紛れるための認識阻害魔法も組み込まれている優れもので、カルセドニクスはとても重宝している。


「それで、調査の方は?」

「どちらのだ?」

「植物の方は満足げな顔をしているからなんとなくわかるんだけど。

”竜使”の調査の方さ」


無言で少し目を伏せ考えている友人の様子に、質問した方も押し黙る。

ルシアンは、カルセドニクスの表情の微細な変化を判断できる数少ない人物の一人だ。

王太子は土産の蜂蜜酒をちびちび呑みながら、目の前の幼馴染が情報を整理分析するのを静かに待つことにした。




読んでくださりありがとうございました。

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