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参謀長は休暇中 ~竜の眠る島~  作者: 錫乃(すずの)
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竜王様と竜伯閣下は言いたい放題です

竜伯閣下は拙作の同シリーズの短編『そのひと月、王女様は賭けをしました』に出てきたパイライト卿です。

この連載小説はあの『王女様は~』から二十数年後のお話になります。


南方辺境伯領の領都ディアダン。

対南大陸貿易の玄関口であるターレ港と海とをまとめて抱き込むように半円状に拡がるこの都市は、多くの人と彼らがもたらす物資と情報でいつも賑やかである。

通称南都と呼ばれるその都市の中央には辺境伯領城館があった。その一角の地下にある霊廟、純白の石で作られた美しい女性像の前に、大柄な体躯の男性が静かに佇んでいた。

毎日決まった時間に必ず彼はこの場所を訪れる。在籍している騎士団本部のある王都から、地脈を辿る大地の魔法を使って南都までやってくるのだ。

明かり取りと換気のための天窓から降り注ぐ陽光に照らされ、石像は自ら光を発しているかのように見える。それを眩し気に見つめる男性の脳裏に蘇るのは、敬愛してやまなかった尊く美しい人との、鮮やかな記憶。



『民と、国土を護ってくださいませ。

ついでに、愚弟のこともお願いいたしますわね。

大丈夫、ちゃんといい子にして待っていますわ。

だから心配しないで、しっかりと務めを果たしていらして。

ね?

わたくしの可愛い竜伯閣下―――』






「…俺の殿下…………」


静寂の中にぽつりと落ちた呼びかけにはもちろん応えは無く、そのまま霊廟の床石に染み入るように消えていった。

この先何年経とうとも、きっとこの痛みは消えることはないのだろう。





「ここは外に比べたら涼しいな」


背後から飄々とした声が掛かった。

どこからともなく現れた銀髪の少年が、すたすたと軽い足取りでやって来て振り向きもしない男性の横に並んだ。

「しばらくぶりだな、キャロライン」と、少年が手に持っていた一凛の小さな花を像に手向けるのを、竜伯パイライト・ザクトは無言のまま見守っていた。

キャロライン・ザクト―――パイライトの最愛の妻で、現国王の唯一の王女であった彼女は、8年前に王国南部を席巻した疫病で亡くなった。

息子のカルセドニクスも発症したが、千年ぶりに姿を現した銀星公がもたらした薬草とそれを使った治療法によりなんとか助かった。だが、キャロラインと、彼女と共に疫病対策に奔走していた第二王子ギャレット、他にも多くの民が命を落とした。

パイライトは当時、北方から侵入した軍勢に対処するために出征しており、妻を看取ることができなかった。

侵入してきた敵は排除することができた。

国を護る立場の者としてとるべき行動をとった。

だが、代償として失ったものは、大きすぎた。

妻が愛した国と民を護ったのだ、これからも護り続けるのだと自分に言い聞かせなければ、平静を保つことはできなかったろう。


当時、北からの異変をいち早く察知したのは、この銀髪の少年の姿をした竜王ナザレだった。

本来なら人と人との戦争や政治不和などは竜王の感知するところではない。その時北方で何か異質な気配を感じたから、国王フェルナンに警告を伝えたというだけで、その後の戦乱には一切介入しなかった。人知を超えた強大な力を持つ存在であるからこそ、軽々に手出しできないのだ。

竜王は、本来異質である竜や妖精たちの力の影響が世界の理に歪みをもたらすことがないかのみに心を砕いている。それがこの世界を創った至高の存在から託された、竜王としての責務であるから。


「これから見送りに行くのか?

カルス、今日発つんだろ?」

「………幼子でもあるまいに、見送りは不要だろう」

「ちびっこの遠足じゃないから必要なんだろうが。

いつもの研究旅行じゃない、竜使なんだぞ?

使いに出した俺が言うのもなんだけど、今回のは場所が場所だけにちょっと厄介そうだ」


今回、カルセドニクス・ザクト他数名の竜騎士が、カロッサ諸島に”竜使”、つまり竜王の命を受けた使者として遣わされる。目的は、ナザレが8年前に北方に立ち昇ったのよりももっとどす黒い気配を今度は南から強く感じたことにより、その原因を探るためだ。


「あれももう22だ、私の手からはとうに離れている。

地行魔法でディアダン入りした後、フェアノスティ船籍の高速船に乗るらしいから、遅くとも夕刻にはカロッサ島のドネリ港に着くだろう」

「思いっきり行動把握してんじゃん………過保護か。

嫌われるぞ?」

「………」

「まぁ王太子御一行歓迎の賑わいを隠れ蓑にしようってんなら、使節団があっちに着くまでは何も起こんないだろうし、いばらくは普通に休暇を満喫するだけだろうけどさ。

しかし地行魔法か、パイも王都からの行き来に使ってんだっけ?

……俺、あれ苦手。なんか酔うんだよな」

「私の記憶が確かならば、竜王閣下は地竜ではなかったか?」

「五月蠅い。

それにカルスなら転移魔法もお手のものなんじゃねぇの?」

「転移魔法は魔力を消費するが、地行魔法は大地の中の魔素の流れに乗るから魔力を吸収できて逆に回復するらしい」

「は?なにそれこっわ………

え、まさか、パイもそんなことできんの?」

「できるわけなかろう」

「だよな……」

「いつも隙間時間をみつけたら王都を離れて王国内をあちこち採集調査して回っておるから、休む時はちゃんと休めと言ったらそう返された。

たしかに、調査から帰ったら疲れるどころか、寧ろ行く前より元気になっとる」

「うわ……。

もともと素質があったとはいえ、最終的にとんでもないのに仕上がったよなぁ」


カルセドニクスは幼少の頃、父のようになりたいと騎士の鍛錬を始めてみたまではよかったのだが、華奢な母の体質を思い切り受け継いだらしく鍛えても筋肉がつきにくかった。

これでは父のような膂力を得るのは無理だと、剣のみで身を立てるのは早々に諦めた。

ただ、王家出身の母譲りの強い魔力により幼少から各属性の魔法、特に大地属性の応用魔法である身体強化を無意識のうちに使いこなしており、王立学院入学前の12歳には竜宮の修練を最年少で修了してしまった。

我流はよくないと、王立学院の勉強の傍ら父と交流があった魔導師団長カルロア・ガレリィから魔導師の訓練を受けた。

また、調べたり分析したりするのに興味があるからと、母の幼馴染で叔母の結婚相手でもある宰相クラウス・ミュラーに付いて諜報についても学んだ。だが結局どちらの師の下にもつかず、父が総騎士団長を務める王立騎士団に参謀として入団した。

一見万能にも見えるカルセドニクスだが、その実、どの分野にも特段熱を入れてきたわけではない。どちらかというと、『そこそこできる』くらいの実力を示すに留めているようにみえる。

騎士としての力は第三師団内でも三本の指に入るほどなのに、前線に出る戦闘職ではなく情報戦が主の参謀本部所属。

高位の転移魔法も簡単に操れるほどの魔法使いでもあるのに、誰でも使えるありふれた大地の魔法での移動を好む(実は魔力消費の効率を重視しているだけだが)。


彼が本当に興味を持って真摯に取り組むのはただ一つ、植物に関係したことだけだ。


「カルスはお前と同じで自分の持ってる力がどれくらい大きいのか、早い段階で自覚した。違うのは、お前は自分の力を恐れたけど、あいつはそれを全部まるっとそのまんま受け入れたことだな。

受け入れたうえで、何もしない。

力の使い方はさくっと身に着けたけど、敢えてそれを何にも使ってない。

有能だが無気力。

そこはお前と全然違うな」

「……私は、彼女を護るためだけに、自分を磨いた。

今も、キャロラインが望んだからという理由だけで、この国を護っている。

忠臣だなどと言う者も居るが、忠臣どころか、私心しかない狭量な男だ」

「別にいいと思うけどな。

俺は、お前のそういう馬鹿みたいに真っすぐなとこ好き。

そこいくと、カルスは扱いが難しい。

能力的に次の竜伯にと思ってたのに、なんか行き倒れの氷竜拾って守護盟約まで交わして帰ってくるから、俺とは盟約出来なくなったし。

あり得ねぇ、普通そのへんで竜拾ってくるか?」

「動物には好かれていたな、昔から。

よく子犬や子猫を連れ帰ってはキャロラインを喜ばせていた」

「和んでんじゃねぇよ……竜を子犬や子猫と同列に語るのなんかザクト家の連中だけだからな!」


思い出して目元を柔らかく緩めるパイライトを、ナザレが睨んだ。

昔、普段は王都で過ごしているザクト伯一家が揃って領地に来ていた時、まだ五つか六つだった幼いカルセドニクスが、遊びに行ったターレ港の倉庫の隅で衰弱して横たわっている小さな氷竜を見つけた。魔力が尽きかけ衰弱したのか、はたまた南方辺境伯領の暑さにやられたものか。とにかく弱り切った氷竜を助けようと、カルセドニクスは咄嗟に自分と竜の魔力を繋いで補うことを思いつき、そしてそれを実行した。

それが、竜との盟約という、命と命を繋ぐ行為に当たるとは知らずに。

すぅすぅ眠る小さな竜を細っこい腕に抱えて帰ってきたカルセドニクスを見て、パイライトは顔色を失って絶句し、ナザレは断末魔のような叫びをあげた。いち早く冷静さを取り戻したキャロライン夫人が根気強く息子の話を聞き出し、魔法契約の類を軽々に扱ってはならないと懇々と説きながらも、命を救ったのは間違いないのだからと最後には息子の行動を褒めたのだった。

カルセドニクスにより”リトニス”と名付けられた小さな氷竜は、守護竜としていつも彼と共にある。

ただ、盟約は一対一の契約なので、竜王ナザレと盟約して竜伯になるという選択肢はカルセドニクスの将来からは綺麗さっぱり消えたのだが。

その時のすったもんだの記憶が甦りこめかみを押さえていたナザレだったが、すぐに諦めの滲んだ溜息をついた。


「でも正直なとこ、あいつを竜伯にしなくてよかった、とも思ってる。

ああいう、私心もやる気もゼロですってやつほど、何かきっかけがあると力の使い方の箍が外れるもんだ」

「カルスは私と違って直情型ではないぞ?」

「冷静さを失う心配があるっていうよりは…

なんていうか、加減を知らなそうなんだよ、いざとなると」

「だから着いて行くことにしたのか?ナザレ」


パイライトの問いにきょとと眼を開いた後、ナザレは「んーー」と言葉を濁した。


「まぁそれもあるけど………そろそろいいかなと思って、さ」

「?……そうか」


なにが「そろそろいい」のかは、訊いても答えてはもらえないだろう。

人の世の事象には基本的に関与しない竜王様だが、パイライトや竜騎士たち、それにフェアノスティの王族たちとは皆、彼らが幼少のみぎりからの付き合いで、それこそ卵から孵った雛の成長を見守るかのように気安く接してくる。

しかしナザレは人とは全く違う存在、悠久の時間を生きている竜だ。語れないことも、人の身には理解できない思いも、多くあるのだろうから。



「そういえば、あちらにも竜がいるだろう?」

「氷竜シシティバルムっていう、古い友だ」

「大丈夫だろうか。

たぶんあれは、いつも通り自分の守護竜を連れていっているぞ」

「”シシー”には連絡済み。

あのちび竜にしたらたぶん里帰りになるんだろうしな。

で、ついでに俺も行くって言ってある」

「暢気なことを言っているが……大丈夫なのか?

竜が3体揃うとか、もう嫌な予感しかしないんだが」

「そう思うなら、後からでもいいから手が空いてそうな竜騎士がいたら追加で寄越してくれ」

「…………善処しよう」








―――――そしてその数刻後。




「ようこそ!カロッサ島へ!

お泊りの宿がまだお決まりでない方は是非当館へ――――」


「いたいた、おぉいこっちだ」


「首都クルデ行きの馬車乗り場はこちらになりまーーーす」




客船から渡り板を降りてきた若い男が、港町特有の活気ある空気を吸い込みながら周囲を見回しふわりと微笑んだ。紐で緩く結んだ栗色の髪から覗く耳には、凝った彫りの入った台座に八角形に切り出された青黒い宝石を嵌め込んだ耳飾りが光っている。少しだけ色のついた眼鏡が傾きかけた午後の陽射しを撥ね返した。


「気温は、王都よりは暑いけど。

ディアダンとはそう変わらないかな」


手元の気温と湿度を測る魔道具を見て呟くと、それを腰につけた小さな空間保管庫にしまう。


「兄さん、今日の宿はもう決めてあるのかい?」


陽気なおかみさんが声を掛けてきたのに笑いながら首を横に振る。


「今日は、このあとすぐ隣町のホスローに向かう予定なんです」

「そうなのかい。

五日後には、フェアノスティの王太子様がいらっしゃるんだ。我がカロッサの宝石の王女様のどなたかに求婚なさりに来るって話さ。街中お祭りみたいに賑やかだろうから、その頃にはまた戻っておいでよ。

で、ドネリでのお泊りはぜひうちの宿にしておくれ!」


待ってるからねぇというおかみさんににこやかに手を振り返すと、男は踵を返して雑踏を抜けていく。そして建物の間の路地にすっと入り込んだ。


「王太子サマ御一行が到着するまであと5日、か。

ではさっそく動き出すとしますか」


周囲に人の気配がないことを確認して、音になるかならないか程の微かな声で何事かを呟く。足元の地面が微かに発光した瞬間、男の姿は地面の中へと溶け去るように消えたのだった。


読んでくださりありがとうございます。

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