王太子殿下は改めて結婚を申し込みます
カルセドニクスが事後処理で文字通り飛び回っている頃、ルシアンはアリスティア第二王女と一緒に王宮内の庭園を散策していた。本来なら二人で行くはずだった郊外への視察が、竜使達の作戦へと変容してしまったため、その埋め合わせにとルシアンが誘ったのだ。
郊外の白い花の群生地は、竜使達が地竜ナザレの力を使い築き上げた土壁は元の通りにならされたが、武装した男達に踏み荒らされて少なからず被害を被った。
ただ、ナザレが大地の妖精たちに頼んで祝福をしてくれたらしいから、すぐにはとはいかないだろうがやがてまた元の姿を取り戻すだろう。
ルシアンに手を引かれ、第二王女は無言で歩いて行く。
「ごめん。心配、かけたよね」
「血塗れで帰ってきたときは心臓が止まるかと思ったわ」
「あれは、僕の血じゃないから。
着替えてから迎えに行けって言われたんだけど、君が無事か早く確かめたくて」
「…………」
拘束した武装集団の指揮官から王宮を占拠する計画を聞かされた時、ルシアンはすぐに首都に取って返そうとした。
だが、万が一まだ確保しきれていない別働隊が残っていた場合、軽率に行動をすれば彼らに王族たちの居場所を教えてしまう結果になりかねない。
王宮のカルセドニクス、避難先の離宮にいるハーヴェイ第一師団長とも連絡が取れている今の状況なら下手に動かない方がいいとフラシオンに言われ、駈けつけたい衝動を何とか抑えたのだ。
事態が収束できたと報告を受けてすぐさま離宮に向かったため、尋問の際に返り血を浴びた状態のままだったルシアンの姿に、アリスティアは卒倒しかけることになったのだった。
黙ったままのアリスティアに、ルシアンは歩み寄る。
そして自分が約束の証にと渡した指輪の嵌まった華奢な手をそっと取り、静かに話しかけた。
「リズ………僕は、ずっとどこかで迷ってた。
ただの気楽な第三王子じゃいられなくなってからずっと。
王太子は多忙だから隣に居られないこともあるだろうし、 もちろんゆくゆくは玉座の重責を一緒に背負ってもらわなきゃだし。
それに、フェアノスティの王族は統治者であると同時に、妖精の地の守護者―――魔法使いであり戦士だから。
荒事になればこうして前に出なきゃいけないこともある。
こんな風に心配をかけて泣かせることが、これから先もきっとある。
でも―――それでも、僕は君がいい。
できれば心配はかけたくないけど、それでも、心配してもらえるならその相手は君がいい。
だから…どうか、いつも傍で、見ていてくれませんか?
一緒に、皆が笑いながら暮らせる国を、支えてくれませんか?」
繋いだ手をきゅっと握る手がどうか震えないようにと願いながら彼は彼女を見つめる。
繋いだ手から自分の気持ちがちゃんと伝わるようにと願いながら彼女も彼を見つめ返す。
「王妃なんて、務まる自信ないわよ」
「君がなってくれなきゃ、僕はずっと独り身のままのつもりだ」
「脅すの?」
「どんな手を使っても、君に傍にいてほしいから。」
「酷いやり口ね」
「自分でも思うよ。
なんかさ、カッコつけた台詞もたくさん用意したけど、駄目だね、頭真っ白になって。
出会った12歳の時の方が能弁だったかもしれないな」
「……莫迦ね」
「運命の恋だとかいろいろ噂されてはいるけれど、お茶会で出会ったふたりが、うっかり恋に落ちただけなのになぁ」
くしゃっと目を細めて笑うルシアンに、アリスティアも笑う。
運命なんて知らない。
でも、愛に育っていきそうな恋なら、確かに見つけた。
繋いだ手を放さないように、ルシアンはアリスティアの前に跪く。
「アリスティア・カロッサ王女、私、ルシアン・アディル・フェアノスティの妻に、なってくれますか?」
「……はい。よろしくお願いいたします」
ルシアンは破顔して立ち上がり、そっと細い肩を抱き寄せた。
「……ありがとう」
「私からも、ありがとう、ルー。
ちゃんと約束守ってくれて」
微笑み合う二人の元に、侍女が慌てた様子で近づいてきた。
「失礼いたします。
王女殿下、レイリア第三王女殿下がお目覚めになりました」
昨日から倒れて意識のなかった第三王女が目を覚ましたとの知らせに、ルシアンはアリスティアを伴って王宮内へと急ぎ戻っていった。
めずらしく短い。
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