参謀長と『彼』は王女殿下を救います
『これが、たまご?』
『そうですよ。どんな感じかしら?』
(ああ、これは、揺籠になったときのことだ)
『なんだか…あったかい?かわいい?
うーん、ちがうなぁ…なんだろ…ぎゅってしたい』
『護りたくなるような?』
『うん!まもってあげたいきもち!』
『じゃあ、レイリア……私の可愛い孫娘。
これからこの祖母の代わりに、この子のこと、護ってあげてくれるかしら?』
『わかった!レイリアがたいせつにぎゅーってするね』
(伏せっている時間が長くなってきたお祖母さまを見舞った時、交わした言葉。
あの時、幼い私は揺籠のなんたるかもわからなかったけれど、後悔はしていない。
護ると決めたのは、私自身)
―――アレカラズットキミガボクヲマモッテクレタ
『目覚めて生まれてくるなら、それまでちゃんと、育ててあげないといけませんね』
―――ボクヲソダテルッテイッテクレタ
(それは、傍にいてくれた方がいて……私ひとりじゃないと、思えたから)
『私が護るのは、卵でなく、揺籠としての貴方でもなく、貴女自身だというだけです』
『必ず、方法を見つけてみせます。貴女を護り、卵も救う、そんな方法を』
(私、ひとりじゃ……)
『大丈夫です、お傍に居ります』
「かるす…さま……」
「レイリア!!!」
卵の結界の抵抗を受けながらも、カルセドニクスは声を張り上げ呼びかけ続けた。
レイリアの意識が朧気でも保たれているからこそまだ踏みとどまれているが、彼女が意識を失ったら恐らく一瞬で持っていかれる。
先ほどマルス公子を拘束するときから竜騎士の力を解放したままなのに、結界を壊すはおろかびくともしない。
「くっっ!!なんて頑固な!」
カルセドニクスが悪態をつく。もちろんレイリアに対してではない。竜騎士の力でもどうすることもできないほど堅い結界を張っている存在に対してだ。
「護ると言いながら…! いま彼女を危険に晒しているのは他でもないキミなんですよ!?」
着けていた白い手袋はすっかり焼け剥がれてしまった。むき出しになった掌は結界の拒絶で血だらけだが、引く気は毛頭ない。
ナザレは拒絶され代父になれなかったというのを思い出して、瞬時に竜騎士の力を手放す。残ったのはカルセドニクス自身と守護竜であるリトニスの魔力だ。
壁際に向かって手を伸ばし、投げつけられ床に落ちていた原石を風魔法で手繰り寄せる。そして飛んできた原石を握った拳をそのまま結界に叩き込んだ。
「この石の魔力を覚えているでしょう!?
彼女を通してキミに流れ込んでいた魔力です!」
原石を持つ拳を押し返す結界の反発に変化があった。結界を張っている者は、原石に込められた魔力を覚えている。
だが今現在それを持っているカルセドニクスの中にはリトニスと共有している魔力が混じっている。
竜の力は排他的で、基本的に自分の許すもの以外が領域に入るのを拒む。受け入れるには互いに強い信頼関係が必要だ。ナザレがこの島に入れたのはシシティパルムと旧知の仲だからで、リトニスはもともとこの島の営巣地生まれだから。リトニスと守護の盟約を交わしたカルセドニクスがナザレの竜騎士になれたのは、ナザレが幼いリトニスを自分の領域に無条件に受け入れて、かつリトニスもナザレに懐いているからだ。
まだ馴染まないナザレやリトニスの魔力を卵が拒絶するのも無理はないが、今は一刻も早くレイリアを蝕む呪具を外さなければいけない。そのためにはこの頑固な結界をなんとかしなければ。
「キミの魂魄を護りたいという彼女ごと、護ると言ってる!
このままでは彼女が危険なんです!
意地を張ってないで今すぐ結界を解きなさい!」
ぐにゃりと、空間が歪んだような感覚がした。
力いっぱい押しつけていた拳が結界にめり込み、カルセドニクスに身体が転がるように結界に引き込まれた。結界の主がリトニスの魔力を纏うカルセドニクスを受け入れたのだ。
すぐさま、床に手をつき蹲るレイリアに駆け寄り抱き起こした。
「レイリア!!」
「…カ…ル……?」
「はい」
「…カル……ス…さ……」
「遅くなって、傍を離れて、申し訳ありませんでした」
冷え切った指先を握りながら祈るような気持ちで額を合わせ、ゆっくりと魔力を流し込む。こうして結界内に入れたのだ、もう今は卵がカルセドニクスの魔力を弾くことはないだろう。ゆっくりと、流す魔力を増やしていけば、荒かったレイリアの息が少しずつ落ち着いてきて、真っ青だった顔色も少し戻ってきた。ほっと息を吐くと、カルセドニクスはすぐさまレイリアの白い首筋に食い込むようになっている漆黒の呪具の縁に隠された機能制御釦を探り当て、かけられていた鍵魔法を中和し解除した。途端、空間に浮かび上がった複雑な模様。呪具を構成する魔方陣の術式と一緒に、呪具が今までに吸い上げた魔力量などの制御情報も表示される。
「やはり、元は一般的な拘束具か。この術式なら……
キミ、こちらへおいで!」
驚くべき速さで呪具の術式解析をしながら、カルセドニクスが徐に手を差し伸べた。
差し伸べたその先、2人しかいないはずの結界内に、いつの間にか幼い子供が立ちすくんでいた。子供の髪は、強い熱で蕩した黄金の色。睨むように見てくる涙を湛えた潤んだ瞳も髪と同じ深い黄金色だった。唇を噛んで動こうとしない黄金色の子供に、もう一度呼びかけた。
「このままでは彼女が危ないんです。
キミも苦しいでしょうが、力を貸してください」
彼女が危ないということは理解できているのだろう、子供は弾かれたように二人の傍に駆け寄ってきた。
その小さな手に、カルセドニクスは先ほど魔法で引き寄せて取り戻した原石を握らせた。
「キミに預けておきます。持っていれば、一時的に彼女からの魔力がもらえなくても石がその分を補ってくれるでしょう」
視界の端で子供がこくりと頷いたのが見えた。目線は術式から離すことなく、カルセドニクスは語り掛ける。
「今から、この呪具を内側から破壊します。身につけたままで魔法陣に手を加えるのは危険すぎるし、外にいるあの男から解除方法を聞き出す時間も惜しい。
魔力吸い上げ型の拘束用呪具を改良し吸い上げられる魔力量を上げたようですが、この程度なら一気に大量の魔力を流せば流入過多で機能不全に持ち込める。破壊の瞬間を狙って、この煩わしい臭いの元も封印します」
カルセドニクスがレイリアの小さな顎を指先で掬い上げ、視線を合わせた。
先ほどよりもしっかりと青い瞳に意志が戻ったように見えた。
「一旦落ち着きはしましたがそれを身に着けている限りまだ御身は危険なままです。
お苦しいでしょうが、耐えてください」
小さく頷くレイリアに、カルセドニクスも頷き返した。
続けて黄金色の子供にも語り掛ける。
「キミは、可能ならば彼女からの魔力流入を抑えていなさい。
受け入れてくれたとはいえ、他竜の魔力を大量に取り込むのは相当苦しいはずですから」
だが子供は頷かず、握り合った二人の手の上に、静かに自分の小さな手を重ねた。
その黄金色の瞳に、強い意志を煌めかせて。
「……キミは強いですね。まさに、『妖精たちの王』の御子だ。
では一緒に、竜の力を甘く見た連中の玩具を、壊してやりましょう」
カルセドニクスがレイリアを自分に凭れかからせながら、彼女を支えていた腕で子供を引き寄せた。
共に寄り添い、硬く手を結ぶ。
「始めますよ」
レイリアの手を握ったカルセドニクスの手と、そしてさらに重ねられた黄金色の子供の小さな手からも、大量の魔力が流れ出して結界内を満たした。呪具が鈍く昏い光を帯び、中央に嵌る赤い結晶からも禍々しい光が洩れ広がる。
途端に、レイリアの表情が苦悶に歪む。彼女を通して呪具に大量の魔力を流しているのだ。強く握り返してくる細い指が、その苦痛を現していた。
子供の方も、他の竜の魔力を浴びるのはかなりの苦痛を伴うのか、小さな身体が強張って震えていた。それでもさすが竜というべきか、重ねた手を離そうとはしなかった。
流す魔力量を引き上げながら、カルセドニクスは開いたままにした呪具の制御情報を凝視する。呪具内の魔力総量が限界を超える、その瞬間を見逃さないように。
「来る………!キミ、少し離れていなさい!」
子供が2人から少し離れた瞬間だった。カルセドニクスの耳が微かな音を捉える。ジリジリと上がる魔力総量表示が限界線に重なったと同時に、ミシリと呪具に無数の亀裂が入った。まだ血が滲む手でカルセドニクスが赤い結晶を掴み、魔力過多で機能不全を起こした呪具の亀裂部分を、レイリアを傷つけないよう注意を払いながら指弾で割り破壊した。
間髪入れずに呪具をレイリアの首元から抜き取ると、手中の赤い幻妖の結晶を中心に結界で包み込み封印を施した。その上から更に何重にも結界で包むことで、幻妖専用の特殊な封印が完成した。
息もつく暇も無いほどの短時間で作り上げられた魔力の完全閉鎖空間には、禍々しい赤は消え呪具として完全に壊れてもなお異様な気を放つ物体が静かに浮かんでいた。カルセドニクスは急いで封印から香が漏れ出ていないかを確認した。よく見れば、黒い呪具だけでなく赤い結晶状のものにもヒビが入っている。呪具本体より先にそちらが壊れていたらどうなっていたか考えただけで恐ろしい。ここでこの量の 幻妖の結晶が魔力吸収過多による呪具の暴発に巻き込まれていたら、首都全体が幻妖に汚染されていたかもしれない。呪具自体の脆弱さ、竜の力を狙ったというには小さすぎる吸収可能魔力総量からすると、もしかしたら初めからそれを狙っていた可能性すらあった。
だが、今はまずカルセドニクスの腕に抱かれてぐったりとしているレイリアと、小さな身体をさらにぎゅっと縮こまらせている彼の無事を確認する方が先だった。
「レイリア」
その頬に比較的血がついていない指の背で触れて、カルセドニクスがその人の名を呼ぶ。
固く閉じられていたレイリアの青い瞳がゆっくりと開き、灰青を見つけて微笑んだ。
「カルスさま…」
「……………………………よかった」
張り詰めていた息を吐き、その存在を確かめるようにカルセドニクスは華奢な身体を抱きしめた。
身の内を食い荒らされるような苦痛から解放され、レイリアの瞳からまた涙が溢れ、抱きしめる男の胸元を濡らした。
次にカルセドニクスはすぐ傍に立つ子供に優しい目を向けた。
「キミも大丈夫ですか?
竜なら他者の魔力を受け入れるのは辛かっただろうに。
キミの頑張りのおかげで、彼女を救い出せました。
本当にありがとう」
カルセドニクスの言葉にふるふると細い首を横に振る幼子を涙で滲む瞳で見つめたレイリアだったが、その子が誰なのかすぐにわかったようだった。
「はじめまして、ね。ようやく会えたわ」
じっと見つめ返してくる子供に、レイリアが微笑んでそっと手を差し伸べる。
隣のカルセドニクスも、レイリアを支えているのとは反対側の手を同じように伸ばしていた。
躊躇いながら近づいて、それぞれの手におずおずと乗せられた小さな手を、彼と彼女が、それぞれ優しく握った。レイリアの手には、いつも彼らの間にあったあの原石も一緒に乗せられた。固い石の感触ごしに伝わる幼い掌の柔らかさに、レイリアは湧きあがる感情のまま深い慈愛の籠った笑みを浮かべた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




