参謀長は侵入者と対峙します
同刻、カロッサ王国首都クルデでは、市街地に侵入した武装集団が混乱を極めていた。
事前の計画通りに数隊に分散して市街地に潜入したまではよかった。
なにかしら検問のようなものが行われるかと思っていたのにすんなりと城郭の門を潜って市街地に入ったのだが、途端に門の向こうに見えていたはずの住人達の姿が一切見えなくなった。つい先ほどまでフェアノスティ王太子と王女たちの乗った馬車を見るため賑わっていたはずの大通りにも、人っ子一人いない。
首都内に偵察に出ていた者たちは、集団に合流するため一旦郊外に出た間に何があったのかと訝しむ。
さては何かの罠を仕掛けられたのかと一度郊外に出て再度偵察するかとも考えたのだが、今度は潜ってきたはずの門に行き当たらない。大通りを進もうと城郭のすぐそばを移動しようと壁が続くばかりで、一向に門が見つからないのだ。
そんな馬鹿なと手分けして周囲を探索するが、同じところをぐるぐると回っているうち先ほどまで一緒にいた仲間にすら出会えなくなる始末。
そうやって武装集団は徐々に分散させられていき、ついには一人から数名の小集団へと別れて無人の市街地を彷徨って走り回ることになったのだった。
その様子を、竜王ナザレは文字通り上から冷ややかに見ていた。背中に白銀の皮翼を現し認識阻害を掛けながら門近くの城郭上に佇むナザレの眼下には、一時的に門近辺への立ち入りを止められた以外はいつも通りの賑やかさを保った首都市街地が拡がっている。
その手には箱型の魔道具があり、上部についた監視用小窓からは内部の疑似迷路を走り回る男たちの姿が見えていた。
ルシアン王太子一行が出発し、偵察していた武将集団の一味が首都から出たのを確認後、城郭の内側に残っていた偵察者の身柄を確保しつつ首都内に通じる門周辺が静かに封鎖された。
そして、封鎖した門に予め仕掛けておいた魔法陣が発動。それ以降に門を潜った者は全て、認識阻害魔法を個別にかけられた上で、今ナザレが持っている箱庭型魔導迷路の中に取り込まれることになった。そうすることで、迷路内にいる者は互いに認識し合うことが難しくなり、力を合わせて脱出を試みることもできなくなる。
空間魔法を応用してカルセドニクスが組み上げた魔導迷路の疑似空間内はそっくりそのまま首都の街並みが再現されているという凝りようで、彼の細部にこだわる性格が出ているとナザレはちょっと引き気味に思った。
ここまではカルセドニクスの読み通りに進んでいる。
だが、悪い方の読みもまた、当たってしまっていた。
門を潜った集団とは別行動をしていた一人が、迷路に入る魔法陣をすり抜けた形跡がある。
竜使達がその所在を最優先で探っていた邪法の香、『幻妖』。最初に使われた古代種の香木は枯れたが、近い効果の木を使って再現された香は、原来のものほどでなくとも妖精や竜に影響を及ぼし、魔法や竜の結界にすら歪みをもたらしてしまう。侵入した者はその香を持っていたことで門に仕掛けた魔方陣をすり抜けたのだ。
「あれを持ち込んだのは、こういう使い方をするためでもあったか」
吐き捨てるようにつぶやくと、ナザレは微かに残る不快な臭いに盛大に顔をしかめ、市街地を飛び越えて王宮に向かった。
一方、カロッサ王宮の深部にある第三王女の自室には、王女と護衛のダナンの姿があった。
ふかふかの長椅子にゆったりと座った第三王女は何かご不満な様子で、目の前の卓に並べられたお茶や菓子類には一切手がつけられていない。
手には最近流行りの小説があるが、読んでいる様子はない。とうとう読む振りすらやめることにしたらしく、パタリとそれを閉じ後ろに立つ護衛に渡すと、うーんと思い切り伸びをした。
「素振りがしたい」
「我慢なさい」
にべもなく却下され不満は一層顔に出たが、「はぁい」と返事があった。
やれやれという顔のダナンの元には、通信魔道具でひっきりなしに外の状況について報告が入っていた。
(そろそろ、か)
コンコンコン
扉をたたく音がしてすぐ、扉が開いた。
声も掛けず、また中からの応答も待たずに扉を開けるような不心得者が、王族の私室が並ぶこの区画に立ち入るはずがない。
後ろで控えていたダナンが、剣を携えて扉と王女の間に進み出た。
かくして、扉の向こうに立っていたのは―――
「ご挨拶申し上げます、レイリア第三王女殿下」
「………ごきげんよう、スファルトード第三公子様。
先日のお茶会の後、貴方は出国されたと聞き及んでおりましたけれど?」
「ええ、そうなのですが、忘れ物をしてしまいまして取りに戻った次第です」
「忘れ物、ですか」
「ええ。」
人懐こい笑みを浮かべてゆっくりと歩み寄る男の前に、ダナンが立ち塞がる。
「君も、久しぶりだね。ダナン、と言ったか」
「私のことまで覚えていただき、恐縮にございますが、それ以上は近づかれませんよう」
「ふふ……本当に、いい護衛ですね。
ぜひ、君にも王女殿下と一緒にスファルトードに来てもらいたいところだ」
「王女殿下は、今このカロッサをお離れになることはありません」
「それは可哀想だと、この前も話したでしょう?
ああ、そろそろです。」
目の前のダナンから視線を外し、マルス公子は口許に笑みを浮かべながら懐から時計を取り出して時間を確認した。
ちょうどその時、王宮の中央にある時計塔が正午の鐘を鳴らした。
「時間が来ました。私が持ち込んで侍女たちに渡した特別製の細工箱が開いて、あの香が外へと漏れ出す。もうすぐ、この王宮を囲っている竜の結界は消え去るでしょう。
そうなれば市街地で待機している私の仲間が王宮になだれ込んで……」
「――――来ませんよ?」
公子の言葉を遮り何の表情も浮かべていないダナンが飄々とした声で言ったことが一瞬理解できなかったのか、マルス公子は「は?」と少々間抜けな返事をした。
「なにを、言っている…?」
「ですから、市街地に侵入した者どもはすでに全員身柄を押さえていますので、王宮に入ってくることはありません。
ちなみに、郊外の集団への対処も終わっています。
王宮内に持ち込まれた品々は全てそっくりに作った偽物と入れ替え、本物は全て回収し結界の中に封印しました。
残っているのは、貴方一人です。マルス・スファルトード第三公子」
「なん、だって……?」
すっかり柔和な笑みを消し去ったマルス公子が視線を彷徨わせ、ダナンに隠れるような位置で長椅子に座っているレイリアの方を見て驚愕する。
「え……小さい……??」
途端、レイリアの眉がきゅっとつり上がった。間髪入れずに立ち上がるとダナンのそばをすり抜けるように一気にマルス公子との距離を詰め、手にした暗器をその喉元に当てがった。
「小さい言うな。」
その姿は確かにレイリア・カロッサ第三王女だが、二回りほど背は小さい。座ったままだと分かりにくかったものの、その背丈の違いは近くで見れば誤魔化しはきかない。そして耳にはあの耳飾りが光っていた。
「そのまま抑えててね、クララちゃん」
「はい、にいさま」
「き、貴様、替え玉か!?」
「貴方だって、出国時に使ったでしょう? 影武者。」
「お互い様です」といいながらダナンが自分の耳飾りを指でトンと弾いた。
たちまち、ダナンの形が揺らぎカルセドニクスが姿を現した。
「お前は、まさかザクト辺境伯子息…か?」
「私をご存じでしたか」
「軍部の下働きの文官風情が、なぜ護衛の真似事など……」
「はぁあ〜〜………」
マルス公子の呟きを聞いたカルセドニクスが、溜まり溜まった鬱憤を吐き出すかの如く、長く盛大な溜息をついた。
「………下働きの文官、なんていい響きでしょうね。
本当にそうだったらもっと余暇が持てるのに…」
「は…?」
「失礼、こちらの話です」
そこまで話したところでマルス公子が俯き、その肩が小刻みに震え始めた。
「く、くくく……はははははっ!」
顔を上げたマルス公子は、先日も垣間見せた好青年とはとても言えないような歪んだ笑みをその顔いっぱいにたたえていた。
「そうか。替え玉を用意していたか。
ならばやはり、迎えを送っておいて正解だったな!!」
「迎え……?」
ハッとしたカルセドニクスがマルス公子に鑑定魔法をかける。
それを嘲笑うかのように公子が声を張り上げた。
「私はあれを持っていないぞ、ザクトの子息よ!
何度もこの国に訪れるうちに、特に親しくしてくれた者が居てね。
その者が親切にも王宮内の見取り図も用意して人に会いにくい通路を教えてくれた上に、私の頼みを聞いて『忘れ物』を迎えに行ってくれたのだよ!!」
叫ぶようにそう言ったマルス公子の背後で、再び部屋の扉が開く。
入ってきたのは、見覚えがある離宮付きの侍女に後ろ手に腕を取られて半ば拘束されるに近い状態で連れられた、虚ろな目をしたレイリアだった。
その首元には、カルセドニクスが渡した銀の鎖ではなく、奇怪な形をした黒い首飾りが妖しく光っていた。
侵入者ホイホイ。
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