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参謀長は休暇中 ~竜の眠る島~  作者: 錫乃(すずの)


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14/28

参謀長は決意を固めます



その日の夕刻。

首都クルデ郊外の小高い丘の上にいくつかの人影があった。


「こちらの人員の配置は以上です、ザクト竜使長」

「了解した。ご苦労だった、エアッド」


いつにも増して冷たさを孕んだカルセドニクスの灰青が、街並みを静かに見下ろしていた。

この場所からは夕闇に沈もうとしているクルデの街と王宮が一望できる。それから城郭に寄り添うように広がる郊外都市と、その中でやや高さがある迎賓館の建物も良く見えた。当然こちらのことも丸見えになっているわけだから、一帯に視覚遮断の結界を張ってある。


明日、フェアノスティ使節団およびカロッサ王家にも協力を仰ぎ、首都郊外にて竜使たちが作戦を実行する。王宮内での警護は一旦離れ、カルセドニクスもそれに参加する。潜伏していた集団がまとまって行動する兆しがあるのを受け、まずは外の憂いを先に排除しようということになったからだ。卵の状態が安定していることと、それに昨日のうちにスファルトード第三公子一行が出国したという報告も、この配置の理由となっている。結界内で呼応して動かれるとしたら、彼が中核だろうと考えていたからだ。

ただ、胸騒ぎがするのだ。騎士団参謀長の職務から離れた状態にはあるが、それでもやることは同じだ。むしろ、いつも以上に情報を調べ尽くし、ありとあらゆる可能性を考慮して作戦立案をしたはずなのに。らしくないと自身でも思う。だが、レイリアから離れることになると考えるとどうしようもなく不安に襲われる。


「やつら、動きますかね?」

「………結界外の方はこれでまとめて抑え込めるだろう。

竜の営巣地の状況に変化はないのだな?」

「ありません。そちらは奴らの狙いではないのかと」

「持ち込まれた幻妖(げんよう)の量からすると、妖精のみが目的ではなかろう。だとすると、奴らの狙いは竜。営巣地に動きがないなら…」

「首都の方が重要ですね。結界内にはナザレとカロッサの守護竜様もいらっしゃいますが、幻妖(げんよう)が使われた場合が厄介です」

「外の動きに合わせ仕掛けてくる可能性に備え、私の方も考え得る限りの手は打った。

ナザレの方もいろいろ考えているんだろう。竜使の増員があったおかげで、少し余裕が出たしな」

「ですね。」


一通り話し合いが終わった時点で、一礼したエアッドの姿が地中に溶けるように消えた。

大地の竜の守護を受けた竜使達は皆、一時的にだが大地の魔法全般が使用可能になっている。

地行魔法で配置場所へと移動したのだ。


(当の竜王様は地行魔法で二日酔いになってたけどな)


エアッドの報告が終わったのを見計らったように背後から声が掛かった。


「奴ら、集結しつつあるな」


溜息交じりに振り返れば、漆黒の騎士服に背中に大剣を背負った、錆色に近い赤髪の大男が歩いてくるのが見えた。

カルセドニクスにしては珍しく、半眼気味にじとりとそちらを睨んだ。


「………どうしてです?」

「作戦決行が近いからじゃねぇか?」

「そちらの話ではありません。

どうして、貴方が、ここに居るのかと、聞いているのです」

「ナザレに呼ばれた。師匠と、あとついでに王にも頼まれた」

「陛下をついで呼ばわりしないでください、ダカス第三師団長殿」


髪の色と、彼の持つ炎の魔剣から『赫火(しゃっか)の剣鬼』という異名を持つ、フェアノスティ王立騎士団第三師団の団長フラシオン・ダカスである。

元は傭兵団にいたのだが、パイライト・ザクトにその才能を見出され彼の弟子となり、剣技を仕込まれた。もちろんその過程で、竜宮での修練も済ませている。総騎士団長になったパイライトの後任となり、主力の第三師団の団長を任された王立騎士団最強の剣士だ。

カルセドニクスが幼少の頃、こうならなければと思って鍛錬をはじめたのに自分には向いてないと早々に諦めた『理想の最強騎士』をそのまま体現しているのがフラシオンで、一人っ子のカルセドニクスにとっては兄のような存在だ。

二人を比べてあれこれ言う連中は少なからずいたが、カルセドニクス本人はまったく気にしていない。

むしろ、無理だと分かっていながらも義務的に目指さざるを得ないと思っていた『最強の騎士の跡継ぎ』を代行してくれているのだから、正直ありがたいと思っているくらいだ。

さすがにザクトの家だけは、いずれカルセドニクスが継ぐことになるが。


「まだ追加でやって来る竜使がいるとは聞いてましたし、正直増員はありがたいですけど、まさかシオン兄上が来るなんて。

それでなくとも第一師団に加え第三師団からも多めにカロッサに連れてきてしまっているのに、貴方までこっちに来たら本国が手薄になるじゃないですか」

「あっちには師匠がいるだろ?

フェアノスティが沈んだら竜宮が護る均衡も崩れる。

師匠はナザレとの心話ができるから、いろいろこっちの状況を聞いて陛下にも掛け合ってくれたみたいだな。だからもしこの機会を狙って他国から侵攻されるようなことがあれば、ナザレとも話し合って今回に限っては竜伯として対処することにしたって言ってたし。そのくらい、これからカロッサで起きる事態が重要ってことだろな。

というわけで、俺は今は第三師団長じゃなくて一竜使としてザクト竜使長の指揮下に居るってわけだ」

「止めてください、貴方が部下とか……寒気がする」

「なにげにクチ悪いよな、お前」


「だいじょうぶよ、カルセドニクスにいさま。

お城の方はまかせとけってパイライトおじいさまが言ってたもの」

「……クララちゃん、君も来ちゃったの?」


くいくいと袖口を引く小さな手に溜息を洩らし、しゃがんで目線を合わせた。

父譲りの赤い髪を腰まで伸ばした、黒いドレスの少女だ。

名を、クラリッサ・ハーヴェイ。王立騎士団第一師団長で今回の使節団警備責任者でもある、シグルド・ハーヴェイ侯爵の孫娘だ。

そしてその傍らに立つ同じ髪色をした大男の一人娘でもある。


「いつも言ってるでしょう?

あの脳筋(のうきん)親父はお爺様なんて呼んでやらなくていいんですよ。貴女のお爺様はハーヴェイ第一師団長でしょう?」

「シグルドおじいさまは、パイライトおじいさまを『じじ仲間』って言ってる」

「………竜使の任務に子供を連れてくるなんて。」

「ただの子供なら連れてこねぇさ。

れっきとした竜使見習いだ、な?クララ」

「よくハーヴェイ団長が許しましたね」

「親父殿は、意外とすんなり。

どっちかというと渋ったのは師匠の方だな」


カルセドニクスがしゃがんだままの体勢で上目遣いに睨むが、フラシオンはニカっと笑うばかりだ。

兄と慕う相手の前なせいか、これもまた普段と違うカルセドニクスの姿だった。


「今日、はじめて父さまの飛竜に乗せてもらったの。面白かった」

「ヨカッタネ…」


父パイライトをおじいさまと呼ぶのに、息子のカルセドニクスはにいさまとよぶ。彼女の中の線引きはどうなっているのかと、カルセドニクスは思う。

がくっと項垂れた暗銀色の頭をなでなでしてくれる姪同然の少女の手の温かさに、カルセドニクスからまた一つため息が漏れた。


(竜王に、王太子に、王国最強の剣。フェアノスティの主要な面子がぞくぞくと集まって来てる気がするんだが……)


「あ、そうだった。おじいさまからあずかってきたの」

「?」


顔を上げてみてみたら、クラリッサが巾着袋に手を入れてごそごそと中を探っていた。

その間にも巾着の口から飴やらなにやらが零れ出そうになっているから、お気に入りの菓子でも詰めてきたのだろう。7歳にしてすでに剣技の才能を開花させた天才少女ではあれど、やはりまだ可愛らしいところもあるのだとカルセドニクスは思った。

「はい」と小さな手を差し出されたので飴でもくれるのかと素直に手を出した。

その掌の上にころりと転がされた小さな塊に、流石のカルセドニクスも心臓が口から出そうになった。


「な、な……っ」

「あれ? それって、ザクト家当主の指輪じゃね?」

「これ、なんで……!?」

「お菓子の袋に入れとけばどこかにおいてきたりしないだろうって、パイライトおじいさまが」

「あのクソ脳筋(のうきん)親父……!!」


カルセドニクスが動揺するのも無理はない。

横から覗き込んだフラシオンが言う通り、これは初代ダイアモンド・ザクトから代々ザクト家当主にのみ受け継がれてきた、当主の証たる指輪だった。

菓子袋の中から出てきたからちょっと焼き菓子の粉とかが付いてはいるが、間違いはない。


「あとお手紙もいっしょにもってきたわ」


指輪同様、巾着袋から出てきた飾り気のない封書(飴の欠片や焼き菓子の油染み付き)を受け取り、動揺が収まらないままに開いてみた。

カルセドニクスの手の中で、封書と同じで何の意匠も施されていない白一色の便箋がかさりと音を立てた。


『お前が望むところのことを お前の心のままに 為せ』


そこにはたった一行しか書かれていなかったが、ごつい体躯からは想像できない繊細そうな父の字で書かれたそれを見た途端、カルセドニクスの顔が引き締まった。

ルシアンに言われたことが脳裏によみがえる。


―――「お前はザクトの跡取りで、しかもレイリア王女はカロッサを離れられない。これ以上近づくのは、あとで辛くなるだけだぞ」


ザクトの当主は南方辺境伯として、フェアノスティ王国の南端を護る大事な役目がある。

実際のところ、辺境伯軍自体は優秀な人材を多数抱えていて、辺境伯自身が陣頭指揮に立つことなくともしっかりと国防に当たっているし、領の運営の方も切れ者の領宰が行っているから、南方辺境伯の日々の実務はない。

それでも、辺境伯領全体の意思決定と責任は、ザクト南方辺境伯が担わなければならない。

カルセドニクスはその家の、唯一の嫡子。植物調査のために移住したいなどという冗談は言えても、本当に行動に移せるわけもなかった。


(それでも、ようやく見つけたんだ)


このカロッサの地で、王宮の最奥の楽園で見つけた、宝石のような彼女を。

彼女を護り、己が心から欲する未来を手にする、そのために為すべきことが何かをずっと考えてきた。

カルセドニクスは、掌の上に転がる、金剛石が嵌まっている以外には彫りもなにも施されていない簡素な金の指輪をもう一度見つめた。その重さをしかと受け止めると、無言で右手人差し指に嵌めた。



「………クララちゃん、お届け物をありがとうね」


先ほどのお返しにカルセドニクスが錆色の赤髪を撫でると、クラリッサは嬉しそうに笑った。

立ち上がったカルセドニクスが、空間保管庫から取り出した物を手に、フラシオンと真っ直ぐに向き合った。


「竜使フラシオン・ダカス、要請があります」

「なんなりと、ザクト竜使長」












コワイ


コワイ



(何が? 何が怖いの?)



僕ハ    カモシレナイ



(なに? よく聞こえないわ)



ソレデモ待ッテル


モウスグ、アノ子ニ会エル


ソレマデズット待ッテイル


タトエ     トシテモ



「っっ…!!」


深夜、誰かに強く呼ばれた気がして、レイリアは目が覚めた。

白金の髪が汗で額や首筋に張り付き、不快感が募る。

それに耳にまだ残っている、あの声は―――?


「今のは…卵の、声…?」


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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