参謀長はちゃんと護衛もします(後編)
前回からの続きになります。
ちゃんと護衛してます、たぶん。
「今日も大変お美しいです、第三王女殿下」
「スファルトード第三公子様におかれましても、ご健勝なご様子で何よりでございます」
型通りの挨拶を交わし、互いの席に着いた。
王宮の一番外縁部にある貴賓室にて月に一度行う定例の茶会だった。
レイリアの向かいに座る茶色の髪にうす緑の瞳をした柔和な印象の男性は、スファルトード公国の3番目の公子だ。
スファルトード公国は南大陸にある都市国家で、かつてあった大帝国が内乱の末に小国家に分断された時にできた国のひとつだ。領土は小さいが南大陸の街道の要衝的な位置にあり、交易を主軸に他国から輸入した物を加工する技術の発展により栄えた商業と工業の国である。
交易で成り立つ国の者らしく、目の前のマルス第三公子は王侯貴族よりは商人に近い、人当たりがいい男性だった。こうして茶会で顔を合わせる度、南大陸産の織物や陶器などを贈り物として持参してくる。それはレイリア個人はもちろんのこと,王宮の侍女たちにも細々としたものを持ち込んでは配っている。あわよくば、『カロッサ宮中で人気の』という評判を得たいということだろうが、その辺りの意図が見えても嫌な感じを受けないのはこの公子の人徳と言えるのかもしれない。
「それにしても、カロッサは暑いですね。スファルトードもまあまあ暑いですが、湿気は少ないですから。港のあるドネリのあたりは夏の領域になるからでしょうか。
でも、首都近郊は過ごしやすい。これも氷竜シシティバルム様のおかげですかね」
「そうですね」
「あ、でも今日はとくに涼しい風が吹いてますね。
というかむしろ、…ちょっと肌寒い…??」
「そう…ですね……」
ふるりと身体を震わせたマルス公子が薄着の衣服の上から腕をさすったのに曖昧な言葉を返しながら、レイリアは思わず少し離れた背後に立つ護衛の男をちらりと見遣った。
「冬の領域から、氷の妖精が遊びに来ているのかもしれませんわ……」
「はは、なるほど、四季が同時に存在する奇跡の島ならではですね」
「………」
そう話す間にも、背後から冷気が漂ってくる気がする。
ダナンの姿をしたカルセドニクスから、冷気交じりに魔力が垂れ流されているのだ。氷竜と守護盟約を交わしているから魔力が氷雪系に寄っているのか、はたまたわざとなのかはわからないけれど。
マルス公子が魔力の流れを感知できるようなことがなくてよかったと思う。
ちらりとあらためて後ろを見れば、鉄壁の無表情を取り繕いながらもどことなく不機嫌さを滲ませたような顔で護衛が立っている。
(なんなの!?不貞腐れた子供のような顔をなさって、いったい何がご不満?
それともあれも演技なの?)
目を見ようとしても、まっすぐ前を見ている体のダナンとは視線が絡まることはない。だが口元がどことなく尖っているように見えなくもない。
(そうよ、よく考えたら、王太子殿下との遣り取りも、ナザレ様と喧嘩をしてるときだって、ずいぶん子供っぽいところがおありだったわ!
この方、取り繕くろうのがお上手なだけでほんとはすごく子供っぽい方なのではなくて!?)
「王女殿下?」
問いかけられて、はっと正面を向くと、小首を傾げるマルス公子がいた。
公務を忘れるところだったと慌てて話題を探した。
「……そういえば、今回はずいぶんと早く入国されていましたのね」
「ああ、そうなんです。珍しい品を扱う相手と交渉できる機会に恵まれまして。入国後すぐご挨拶出来ず申し訳ありませんでした」
「構いません。
この定例茶会はあらかじめ決まった日程の公務ですから」
「ご気分を害されたのではなかったのなら、よかったです」
こうして、マルス第三公子と定期的に顔を合わせるには理由があることは、レイリア自身よく理解している。カロッサから離れず王宮からもほとんど出ることのできない彼女が結婚するためには、いろいろな意味で釣り合いの取れる者を探し婿に入ってもらうことになるのだろうと。幾人かの候補のうち、現在最有力なのがこのマルス=スファルトード公子である。スファルトード公国とカロッサ王国は長く安定した交易を続けてきているし、数代前の王の妹が公国に嫁いでいて非常に薄くだが姻戚関係にある。第三公子ということもあり、婿入りも問題ない。実質、レイリアの婚姻相手はほぼ彼に決まっている状態だ。
半年ちょっと前に初めてこの茶会の予定が入ったとき、自分相手でも縁組したいという方はいるのねぇと、レイリアは他人事のように思った。第三公子はレイリアより四つほど年上とのことだが、自身でも交易会社を立ち上げているらしく、人の扱いが年齢よりずっと大人というか、世慣れている感じがした。
今もニコニコと笑顔を絶やさないその顔は優しそうではある。お茶の準備をしてくれた離宮の侍女に朗らかに礼を言うのも好感が持てる。ただ、結婚の対象として見ているかと言われれば、まだ微妙というのがレイリアの正直な気持ちだった。人当たりがいいわりに、公子自身の内面はあまり踏み込ませていないような、そんな気がするからだ。
(これならあの方のほうがまだ判りやす……)
浮かび上がりかけた思考に、少しだけ愕然とした。
(今、私…誰と誰を比べて………)
また無意識に、右手が胸元に伸びる。
本人から漂う魔力は冷たいのに、原石から伝わるのはなぜか暖かさだった。
「珍しいですね」
「…………っ、はい?」
「その、首飾り、ですかね?
普段あまり身に着けることがないからと、宝飾品の贈り物は断られてしまいましたから。
身に着けておられるそれは、特別なものなのですか?」
「これ、は……」
思わずぎゅっと胸元を押さえた。
問いかけたマルス公子は、あくまで素朴な疑問で他意はないですよという表情でにこにこと見つめてくる。
「………これは、お護りなんです」
「お護り?護符のようなものですか?」
「はい。少しの間、貸していただいているもので……わたくしを、護ってくれるのです」
「そうですか。それは、大切にしないといけませんね」
にっこりと笑うマルス公子に、なんとか普通に返事ができ興味を逸らせたとレイリアは安心した。
―――のだが。
「ところで、その銀の鎖部分、よく見ると特殊な技法で編み上げられていますね?
フェアノスティ王国産のものでしょうか。
少し、見せていただけませんか?」
言うや、マルス公子が徐にレイリアへと手を伸ばしてきた。
その右手が触れる前に、驚き固まるレイリアの斜め後ろからすっと伸ばされた手がマルス公子の動きを制した。
「!」
「公子様、それ以上はお控えください」
ダナンの低い声がした。
射すような強い視線をマルス公子に向ける護衛に、レイリアが「ダナン」と名を呼び窘める。
「失礼いたしました」と一礼して元の位置に下がったダナンに向けたマルス公子の目が、一瞬鋭く光った気がしたが、すぐにいつもの笑顔になった。
「こちらこそ、不躾な真似を致しまて、申し訳ございません。
どうも商人の真似事をしておりますと目新しい品を見たら飛びついてしまって、お恥ずかしい限りです」
その後も、いつも通りどうということはない世間話のあと、次の日程を確認して茶会は終わった。公子は、今回もいくつか交易で手に入れたちょっとした品を持ってきたらしく、侍女長にそれらを渡してから帰ると言って席を立った。去り際まで、マルス公子は笑顔を崩すことはなかった。
内苑に戻るとすぐ、カルセドニクスはルシアンから緊急の呼び出しを受け出ていった。
内苑までの道すがらも背後からはまだ冷気が漂ってきていた。公子に手を伸ばされたのは驚いたし、制止してくれたのは護衛として正しい行動とも言える。だが、あの魔力垂れ流しはよろしくない。スファルトード公子は確かさほど魔力はなかったはずで魔道具の変装はバレてはいないだろうが、ダナンの様子がいつもと違うくらいの違和感は覚えたかもしれない。
戻ってきたらひとこと言わなければと思いながら周囲を見回せば、見慣れた内苑の景色のはずがどこか色味を欠いている感じがした。急に独りになったからか、それとも最近共にいる人が今現在傍にいないからか。
(本当に、どうかしているわ)
ずっと一人だった空間が、期間限定で二人になっただけだというのに。
その頃、カルセドニクスはルシアンからの忠言という名の小言が終わり、カロッサ王宮内の回廊を内苑に向かってひとり歩いていた。
すると前方から侍女に先導された若い男がやってくるのが見えた。遠目に確認すれば、先ほど茶会を終えて滞在先の迎賓館に戻ったはずのマルス=スファルトード公子だと判った。
ダナンの姿で歩いている手前、上位の者に対する礼儀としてさっと脇に寄って頭を垂れる。
(持ち込み品を渡した帰りか?)
壁際でそのままやり過ごすつもりだったのだが、相手の脚が止まった。
「貴方は確か、第三王女殿下の護衛でしたね。
名前は何というのでしたか?」
「………ダナンと、申します」
「ふむ……まあいいでしょう。
それにしても、王女殿下は本当にずっと、王宮より外には出ることなくお過ごしなのですね。
ああ、答えなくいてもいいですよ?護衛としての守秘義務があるでしょうからね」
「恐れ入ります」
「私もいずれ、殿下の元に来ることになれば、共に王宮で過ごすようになるのでしょうが。
一緒に外の世界を見る機会をできるだけ作って、連れ出して差し上げたいと思っています。
だって、王宮の中しかご存じないなんて、可哀想じゃありませんか」
俯いたままだったダナンの耳が、聞き捨てならない単語を拾った。
「………可哀想…?」
思わず聞き返し、頭を上げる。
無礼なと言われるかと思ったが、意外にも鷹揚な笑みで許された。いや、勘違いでなければこれはーーー挑発だ。
「公子殿の目には、そのように映るのですね」
「……護衛殿には、そう見えないと?」
「我らが王女殿下にとって何が幸福であるか、また何に価値を見出すのかは、王女殿下ご自身がお決めになることです」
敢えて挑発を真っ向から受けて立ち、目を見て直答した。
お前に何がわかる、と。
その意図を察したのか、口元を少し歪めた好青年らしからぬ笑みを一瞬だけ浮かべた後、マルス公子はすぐにいつもの感じの良い笑顔に戻った。
「これは、失言だったようですね。
カロッサの誇り宝石の三王女、真珠姫殿下に対し、大変不敬な物言いでした。
できれば、他言無用にしていただけるとありがたいのですが?」
言葉では返答せず、ダナンは再び頭を垂れた姿勢に戻った。
「ありがとう。判ってくれて嬉しいよ」
黙して俯いたままの彼をその場に残し、公子は去って行った。遠くなる靴音を聞きながら、ゆっくりと顔を上げる。
(わざわざ安い挑発をしてこちらを探るか…やはり何かある)
浮かんだ疑念を確かめるべく、ダナンは公子が先ほどやってきた方向へと早足で向かった。
内苑の扉が開く音がしてレイリアが振り返ると、扉を潜ってきた男が耳飾りを指先でトンと弾くところだった。すぐにダナンの姿が揺らいでカルセドニクスの仏頂面が現れる。
「遅かったですわね」
「申し訳ありません」
謝罪して目を伏せたカルセドニクスの様子はまだ不機嫌なまま。加えて今は少し物思いに沈んでいるようにも見える。
どうしたのだろうと気にはなるが、レイリアとしては先に伝えておくべきことを言わなければいけない。
「今日はわたくしの公務にあたり、護衛していただきありがとうございました。
でも、あの態度はよろしくないのでは?
魔力も駄々漏れですし、ダナンと別人だと悟られては困ります」
「…申し訳、ありませんでした」
「それから……先ほどルー義兄様も、ここでの貴方はいつもと表情が違うとおっしゃってましたが、無理して笑われる必要はないのですよ?」
「……無理?」
「内苑では変装されていないのですし、わたくしの前でもいつも通りにしていただいて結構です。
カルス様が無理して笑っておられるのは……嫌です」
最後の方は少し小さな声になった。
王女として、ダナンと別人だと疑われないように気をつけてとだけ言うつもりが、レイリアの個人的なモヤモヤまで吐き出してしまってバツが悪い。
一方のカルセドニクスは、何故か動けずにいた樫の扉の前からようやく離れ、手を伸ばせば触れられる程の距離までレイリアに近づき歩みを止めた。目の前に立つまだ幼さも残る王女は、美しい姿勢はそのままにほんの少し俯いて目だけを逸らせている。その顔から笑顔が消えているのを見て、部下達に鉄でできてると揶揄される心臓が常とは違う速さで鼓動を刻むのを感じた。
先ほどスファルトード公子に怯えた彼女の様子を思い出し、カルセドニクスは無意識に伸ばしかけた手をぐっと握った。
「……ルシアンにはあとでキツく言っておきます」
「え?王太子殿下に………?」
「貴女に余計なことを言った罰です」
怪訝そうに眉を顰めながらも大きな青い瞳が自分を写す様に、カルセドニクスはほっとして自然と頬が緩むのを感じた。これのどこが『無理』をしているというのか。
「レイリア様。
私は、元来ひとから感情が分かりにくいと言われておりました。表情から私の気持ちを理解できるのは、父やルシアンなどの親族くらいかもしれません。
それに、確かに私は、貴女の前では表情を作っています」
「……はい」
「ですがそれは、雄としては当たり前の心情からくるものであって」
「は……え? おす…?」
「私は貴女の前で、無理して心を偽った表情を浮かべたりは断じてしておりません。
そこは、誤解なさいませんよう」
真剣な、でも優しげな眼差しで、カルセドニクスは訴えた。
レイリアも負けじと真っ直ぐ見つめ返す。もう一度、目の前の男の乏しいと言われる表情から、その心根を汲み取り直そうとするように。
「カルス様は、ちゃんと、楽しくて笑っていらっしゃると?」
「もちろんです」
「ご無理はしておられませんか?」
「ひとつも」
「そう…………わかりました」
「レイリア様は?」
「私?」
「私の前で嘘の表情を浮かべたのは、今日のご公務の前の一回きりですか?」
「!? どうして……」
「作り笑いが判ったか、ですか?
仕事柄、相手の機微には敏感でなければ務まりません。
それに、他ならぬ貴女のことです。見ていれば判ります」
「……出会ったばかり、なのに?」
「出会ってからの時間が重要ですか?
実際、貴女にも分かりにくい私の表情が読めてるではありませんか。
ルシアンのせいで誤解をさせてしまったようですが…アイツやっぱりあとでしめる」
カルセドニクスの眉間に、かろうじてわかる程度に皺が寄った。しめるって何をなさるのかな、と思いながらレイリアから笑みが漏れる。彼が自分の僅かな変化も見ていてくれたように、レイリアもこの判りにくくもどこか子供っぽい方から目を離さずにいようと思う。せめて、隣にいるいまだけでも。
「お茶にしましょうか」
気持ちを誤魔化すように踵を返したレイリアを引き留めるように、カルセドニクスが彼女の指先を捉えた。
咄嗟に出てしまった手にカルセドニクス本人が一番驚く。でも、離すことはできない。不快感を示されないかと思ったが、レイリアは振り払うことなく、ただ小首を傾げて自分を引き留めた男の言葉を待っていた。
「カルス様…?」
カルセドニクスの脳裏に、スファルトード第三公子の言葉が呪いのように響く。
(可哀想だなどと、二度と言わせん)
トクリ
レイリアの中の卵がまた、小さく魄動した。
レイリアは繋いでいない手を胸元の原石に置き、カルセドニクスは魔力を流さないよう注意を払いながらも繋いだ指先は離さなかった。
ゆっくりと繰り返す魄動を感じながら、二人の視線が結ばれる。
「必ず、方法を見つけてみせます。
貴女を護り、卵も救う、そんな方法を」
繋いだままの互いの指先に、きゅっと力が篭った。
「………期待してます、竜使殿」
「………はい。必ず」
最後まで読んでいただきありがとうございました、




