参謀長と王女殿下はその先にある未来の話をします
前回の続きです。
「あ」
かくん、と小さな身体が膝からくず折れそうになったのを、いつの間にか傍に来ていた男の腕が支えた。
失礼します、との声に返事をするのを待たず、さっと抱き上げられさきほどまで座っていた長椅子へと運ばれた。
体内を血が巡る音が耳鳴りのようにで煩い。呼吸が早く浅くなって、額や背中を嫌な汗が伝う。身体が勝手に震える。
今までにもニ度ほどあった、身体の熱を吸い取られるようなこの感覚は。
「卵の魄動、ですか?」
倒れそうなレイリアを支える男が低い声で訊ねるのに、その腕に縋るように掴まりながらこくりと首を縦に振って答えた。
「………魔力が吸われているな」
竜使の顔で呟くと、カルセドニクスがガクガクと震えるレイリアの肩に、魔力を乗せた掌で触れようとしたのだが―――
バチッ!!
少女の肩に触れることなく、強い反撥力で弾かれてしまった。
指先に走る痺れごと手を握り込みながら「大丈夫ですか」と聞いたカルセドニクスに、レイリアはまだ動悸を繰り返す胸を押さえながらこくこくと頷く。
「卵の力か……まだ目覚めてもいないのに私の魔力を弾くか。
ならば…」
カルセドニクスは掌の魔力を霧散させると、着崩した衣服の首周りを探り紐を引っ張り出した。無骨な革紐で作った首飾りのようなそれには、飾り部分に白い布で包まれた何かがついていた。
「これを強く握って。
こちらの魔力なら、おそらく弾かれない。
大丈夫、ゆっくりと、息をして」
レイリアの手に乗せたそれを、彼女の手ごとカルセドニクスの手が包み込む。やがてレイリアの手にじわりと温かい魔力が流れ込むのを感じた。
目を閉じ、言われるままにしばらく深い呼吸をゆっくりと繰り返しているうちに、次第に動悸も治まってきた。
「ありがとう、少し…落ち着きました」
「顔色もやや戻りましたね」
汗が滲んだレイリアの額から頬にかけてを、少しひやりと冷たく感じる指の背でそっと撫でられた。
そうっと閉じていた目を開くと、いつの間にか眼鏡を外していたカルセドニクスの灰青の目が柔らかく笑んでいた。
「もう大丈夫そうですね。
それをお預けしておきますから、次また魄動が起きたときはすぐ握ってください。
吸われた分の魔力を補ってくれるはずです」
「…これは?」
レイリアが握り込んでいた掌を開く。
その上に乗った白い包みを、カルセドニクスの細い指先が器用にほどいた。
中から出てきたのは、堀り出した形そのままで、外側は灰色がかった淡い紫色の石。
「これは私が両親から貰った紫玉髄の原石です。
ザクトの家は大地の魔力の家系。
生まれた子には、瞳や髪に表れた鉱石にちなんだ名をつけ、子はその原石を親から貰います。
そして、自らの魔力をその原石に蓄積し、いつしか巡り合う伴侶に渡す装飾品を自らの大地の魔法で作り上げるのです」
「えっ!?そ、そんな重い代物………怖くてお預かりできませんっ」
「重い代物って、ヒドくないです…?」
「あっ、ごめんなさいっ!」
動悸が治まりほっとして、思わず口から思ったことがそのまま出ていた。
言葉とは裏腹にくすくすと楽しげに笑うカルセドニクスに、レイリアの気持ちを軽くするために言ってくれたのだと知る。
「先ほどの状態を見るに、レイリア様の中の卵が、貴女の魔力を吸っているのでしょう。
竜の力は互いに反撥します。私の魔力ではリトニスとの盟約がある為か受け渡せない。
ですがこの石には私が幼い頃、リトニスと盟約する前に込めた、純粋に私だけの魔力が宿っています。これなら貴女を介して卵に食べさせることもできるようです」
「そんな…なおさら、そのような大切なもの預かれません…っ。
だってこれは…」
(将来伴侶になる方に渡すものなのでしょ…?)
続く言葉を飲み込んだレイリアを真正面から見つめて、カルセドニクスは言い放つ。
「貴女のために使うなら、なんら問題ありません」
「でも…」
「お願いです、レイリア様。
貴女が、持っていてください」
原石ごとレイリアの手を包み込むように握られたカルセドニクスの両の手に、少しだけ力が篭る。
真っすぐ自分を見ている灰青の真摯さに射抜かれては、断れない。
「わかり…ました…
でも、預かっている間に石の中の魔力を使い切ってしまったらどうしましょう?」
「我が伴侶になる方に渡す物に、それしきで枯渇するような半端な魔力は込めていませんから大丈夫ですよ」
にっこりとカルセドニクスが笑う。
この男は、幼子の頃にまだ見ぬ将来の伴侶に渡すために半端じゃない量の魔力を込めたのだろうか。
だとしたら一途すぎてやっぱりちょっと重くて怖いと思ったが、返しても受け取ってもらえなさそうだと諦めた。
「ネリーの卵ですが…おそらく、卵と揺籠の関係は竜との守護盟約と似たような状態だと思うのです。
ネリーの保護下から引き離された卵が、竜の力と親和性がある高魔力保持者の中に緊急避難的に逃げ込んだのが、揺籠ということでしょう。
卵と揺籠は魔力を共有している。だから魄動の度に貴女の魔力が卵に吸い上げられているのかもしれません」
「ではやはり、卵は目を覚そうとしているのでしょうか」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。
ただ、今後も魄動のたび魔力を吸い取られる可能性は大いにあります」
「私の魔力で、卵が育つということ……?」
(育つための魔力が私の魔力量で足りなかったら?そうなったら、私はどうなるの…?)
揺籠になって初めて感じた、少しの恐ろしさ。
だが同時に、護ってやってねと言った、優しい祖母の顔が浮かんだ。
まさか、こんな事態になるとは思ってはいなかっただろうが。
「レイリア様」
包むようにした両手は離さないまま、カルセドニクスがレイリアの前に跪く。
高さが近くなった目線を合わせると、灰青の瞳に映る自分の不安そうな顔がよく見えた。
幼い頃から共にあった存在は、確かにずっと自分の中にあった。今に始まったことではないし、護ると決めたのはレイリア自身だ。怖さはあれど、その思いは不思議と揺るがない。
卵が目覚め、育つ過程で、己の身に何が起きようとも―――
「目覚めて生まれてくるなら、それまでちゃんと、育ててあげないといけませんね」
繋いでいない方の手を自分の腹部に当て、レイリアは微笑んだ。
それに柔らかく微笑み返し、カルセドニクスも彼女の手に重ねていた片方の手を胸に当て、小さく礼をする。
「貴女の御身をのみお護りするとは言いましたが、貴方自身が決めて卵を護るとおっしゃるなら……
微力ながら、お手伝いさせていただきます」
「頼りにしています、竜使カルセドニクス=ザクト様」
「だからカルスでいいです。そんな長い名前、皆さんよく噛まずに呼べますよね。」
ふふ、と二人で笑い合う。
こんなに自然に笑う人なのにと、ナザレがおかしな反応をするのがやっぱりレイリアには解せない。
カルセドニクスがあらためて白い布で包み直した原石の首飾りを、王女は自らの首にかけた。
美しい王女の装いに無骨な革紐がそぐわないとカルセドニクスの方が難色を示し「すぐに代わりの見栄えの良いものを用意します」と言ったのを、レイリアは断った。
「このままでいいです。少しの間、お借りするだけですもの」
「………いえ、ご用意いたします。させてください」
「そう?……わかりました」
構わないのにと思ったが、あまり固辞するのも失礼かと思い直した。そういえば出会った時の手当ての礼にと贈られた手巾も素敵なものだった。厚かましいかしらと思いつつも、少し楽しみになった。
「そういえばレイリア様、もし卵が無事に目覚めたら、揺籠の務めはなくなるでしょう?
そうしたら、王宮からも、カロッサからも自由に出ることができますよね。
その時、どこか行きたい場所はありますか?」
「え………?」
茶器を片付け、再び植物の資料を漁りながらカルセドニクスが問うたのに、レイリアはきょとんと真顔になった。
揺籠の務めを終えた後の、自由。
その先に思いを馳せる日が来るなんて、レイリアは今まで一度も思いもしなかった。
卵を育てるために自分の魔力を必要とするならと、ひとつの覚悟さえしたというのに。
(さも当たり前のように、その先の世界を見せてくださるのですね)
ふふっと、思わず笑みがこぼれた。
「あら、カルス様。
この内苑以上に素晴らしい場所が、この世にあります?」
「まさか。
この内苑こそ、夢にまで見た至上の楽園です」
小首を傾げてそう訊ねる少女に、真面目腐った顔で青年が大きく頷いて答えた。
ぷっと顔を見合わせ、二人で噴出して笑う。
今この場所に、もう欲しいものは全部揃っているのなら、どこかほかの場所へ行く必要などありはしない。
引き篭もりふたり、意見は一致した。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




