第97話 白鳥家、山陰の幸
方言にはおそらく誤りがあると思いますがご容赦を。
5分前行動は社会神の基本なので16時5分前。トルシェが白鳥麗子の実家の門の前に拠点を繋げた。
「出発!」
俺たちはトルシェの作った扉の中にぞろぞろと入っていった。扉の先には開け放たれた木造の門があった。門の左右は土塀で、右も左も50メートルはある。正面に母屋があり、門を入って見渡すと敷地の脇の方にはなまこ壁の土蔵が何棟も建っていた。母屋はおそらく平屋だが、屋根はかなり高い。これなら今の季節でも涼しそうだ。
「旧家と言ってもこれほどの旧家は初めてだな」
「古いだけです」と、白鳥麗子。
俺たちがやって来たのを察知したのか、母屋の玄関が開いて、紺色の印半纏を着たおっさんが2人駆けてきた。
「お嬢さま。それにお嬢さまのお友達のみなさん、お待ちしちょりました。さあさあ、こちらに」
白鳥麗子の実家にきたことは分かってはいるが、ここが実際のところ何県なのかもわからないので、おっさんの言葉が何弁なのかは不明だ。それでも、それほどキツイ方言ではなかったのでラッキーだ。そうじゃないと一々白鳥麗子に通訳を頼むことになるからな。メッシーナは日本の旧家が珍しかったようで終始辺りをキョロキョロ見回している。
おじさん二人に案内された俺たちは玄関から母屋に入ると、玄関の中はかなり広い土間になっていて、いつぞや悪魔崇拝者たちの埼玉あたりにあった拠点の民家のように奥の方まで土間が続いていた。
手前には上がりかまちが置かれていて、そこで靴を脱いで板の間に上がった俺たちは、板の間の先の縁側を通って畳敷きの大広間に通された。大広間の中にはかなり大きな座卓が置かれ、豪勢な料理がこれでもかと並べられていた。俺たちが入ってきた縁側の反対側も障子が開け放されていてその先に日本庭園が見えた。
大広間の奥には掛け軸のかかった床の間があり、床の間を背にしておっさんが一人座布団の上に座っていた。白鳥麗子の父親だろう。落ち着きがあるいかにもなおっさんだ。
俺たちが大広間に到着したので、白鳥麗子の父親(仮)が立ち上がり、俺たちを迎えてくれた。
「麗子の父親です。娘がお世話になっちょーようで、だんだん」
『だんだん』? 俺たちは三人で三人団だが、だんが一つ足りないような気がする。まあ、ただの挨拶だし、大したことは言ってないだろう。
「お父さん、この方がダークンさん。私の命の恩人だし、いまは面倒見てもらっているの。
そしてこっちが大川涼音さん。今私が住んでいるところの家主さん。
そして、……」
白鳥麗子が結局全員の紹介をしてくれた。そのたびにお互い頭を下げる。メッシーナもちゃんとわかって頭を下げていた。
「白鳥麗子、俺たちの紹介のあとは、お前自身でお父さんに何か言わなけりゃいけないんじゃないか?」
さすがの白鳥麗子も俺の言いたいことは理解したようで、改まって、父親に向かって、
「今まで勝手なことばかりしてごめんなさい」
白鳥麗子は目を瞑ってそう言い、父親に頭を下げた。
「わかった。われが元気に生きちょってくれただけで、儂は、……」
これも俺も御威光の賜物なのだろうが父と娘のご対面はうまくいったようだ。
「みなさん、ねまってごしない。大したものはないが、量だけはあーけんどんどん食ーてごしない」
ならば、後は心置きなく歓待されてやろう。俺は立場上白鳥麗子の父親に一番近い座布団に座り、あとの連中は適当に座卓の前に座った。
俺たちが囲んだ座卓の上にはちゃんと俺の所望したお造りが大皿の上の竹ざるに盛られていた。竹ざると大皿のあいだには砕いた氷が敷かれている。
俺の眼力から言って、山陰近海で獲れた地魚に違いない。
「魚は町のスーパーで買ーてきた養殖物だけどなぁ。急な話で地物が間に合わだったけん」
俺の目にも狂いはあった。時間さえあればちゃんと地魚だったようなので、俺の眼力はセーフだ。うまそうな肴には酒が欠かせないが、今のところ酒が用意されていない。
「お父さん、せっかくの食べ物だ、飲み物も頂けるとありがたいんだが」
「すまんねー。わたし自身が飲めんやんなってきちょーもんで、すぐに用意さしぇるけん。
おーい。酒の用意を頼む。どんどん持ってこえ」
印半纏を着た若い衆がお盆の上にビールやウイスキー、それに日本酒の一升瓶などを持ってきて、すぐにグラスがみんなの手元に回った。まずはビールということで、
「かんぱーい!」
そこまで大きなグラスではなかったので、俺たちは一口で飲んでしまったが、白鳥麗子のお父さんは一口口に含んだだけだった。
「お父さん、お酒は苦手なの?」
「昔はザルじゃったけんど、今はよう飲めんようになっちょっての」
「お父さん、体の調子はどう?」
「最近疲れやすんなって、ちょっこしのことで息が切れるんよ」
白鳥麗子の歳からいって、目の前のお父さんの歳がそんなにいっているとも思えない。どこか体が悪い可能性が高い。
「トルシェ、白鳥麗子のお父さんにヒールオールを頼む。どこか具合が悪い可能性があるからな」
「はい、はーい。ヒーールオーール!」
さすがのトルシェも空気を読んだのか、凝った振付をすることなく妙な発声だけで白鳥麗子の父親にヒールオールをかけた。
白鳥麗子の父親の体がほんのり青く輝いた。今までのエフェクトと違ったような同じだったような? というか、青く輝くのは何か効果があった、イコール悪いところがあった。ということかもしれない。いずれにせよこれで完治したはずだ。これでもう30年は元気に暮らせるだろう。
「お父さん、どう?」
「ほっ! 元気が急に出てきて、今まで体がどことのうだーかったのがウソのように治った気がすー。
元気になったら急に酒が飲みとうなった。どーれ、儂も飲もうかの」
コップに残っていたビールを先に飲み干したお父さんのコップに俺がビールを注いでやった。
「おっとっとっと。だんだん。
お姉さん、お返しに」
俺のグラスにお父さんがビールを注いでくれた。
取り皿に透き通るような白身の造りをとって、軽くわさびを付け、醤油皿の醤油をちょっとつけて口に運ぶ。
うんまい! ヒラメと思うが確信はない。スーパーで買ってきた魚でもこれほどうまいのなら獲れたての魚はどれほどうまいのか? やっぱり日本の魚介類は最高だ!
「カニもまえども、季節じゃなえけんね。
今は、マアジも脂が乗ってうまえよ」
マアジが旬のようだ。マアジのような切り身が大皿の上に乗っている。その隣にはイカの造りもある。
「マアジの隣りのが、白イカだ。これも今が旬だけんうまえよ」
どれをとって口に運んでもうまい!
山陰はいいところだ! 白鳥麗子のヤツ、こんなうまいところから東京に出て行ったとは本当に罰当たりな奴だ。罰当たりなくせに俺の加護だか祝福まで持ってるところを考えると、よほど運がいいのかもしれん。
ビールがなくなったところで、今度は日本酒だ。銘柄は良くは分からないが山陰の地酒に違いない。
一合グラスに注がれた日本酒をクッと飲み干すと、口から咽喉、食道にかけて爽やかな旨味が広がっていった。旨い! これならいくらでも飲める! まあ、これじゃなくてもいくらでも飲めるけどな。
これはいい。帰る前に銘柄を聞いて、帰ったらネットで注文してやろう。
トルシェたちも黙って、クイクイ飲んでいる。トルシェとアズランは見た目未成年だが、山陰の人はおおらかだから、気にもしないのだろう。しらんけど。




