第9話 魅了
全裸変態3人組をSNSを通じて全世界デビューさせた俺たちは、意気揚々とエスカレーターに乗って地上に上った。トルシェとアズランはエスカレーターは初めてなので、乗る時と降りるとき一瞬考えたようだったが俺の後について結構落ち着いてエスカレーターに乗り降りできたようだ。
「ダークンさんさっきの階段便利でしたね」
「これがダークンさんの昔いた世界なのか。凄いです」
「俺が作ったわけじゃないけど、いろんなものをいろんな人が作り上げてこの世界ができ上っているんだ」
「なるほど。ということは、魔術師ギルドなんかもみんなで力を合わせて世の中が便利になるように考えていけば、そのうちこんな便利な世界ができるってことですね?」
「何百年も積み重ねが必要だろうが、続けていけば少しずつ世の中は進んでいくんだ」
「もっと面白いものはありませんか?」
「そうだな。宿屋に帰ればテレビというのが置いてある。それはいろんなものを映し出す機械なんだが、劇や音楽や景色なんかが見られるんだ」
「想像できませんが凄そうですね」
「見れば簡単にどんなものかわかるよ。そうだ! どうせだからノートパソコンを買ってくるか。ホテルの中はWi-Fiがあったはずだから使えるはずだ」
「ノートパソコン?」
「俺が口で説明するのは難しいから、実物を見てみよう。ほら、そこにある建物が電気屋といってノートパソコンも売っている店だ。入ってみようぜ」
「電気って何ですか?」
「これも説明は難しいが、この世界の魔法の素とでも思ってくれ。その魔法の素でさっきの動く階段なんかも動いているし、そこらの照明も明るく光っているんだ」
「つまり、この世界は魔法が隅々まで行き渡った未来の世界ってことですね」
「おお、スゴイじゃないか。まさにその通りだ。あっちの世界ももう2、300年もしたら、この世界みたいになるかもな」
「そう考えると楽しいですね。わたしの魔法の参考にもできそうだし」
「ほどほどにな。
2階がパソコン売り場みたいだから、そこの動く階段、エスカレーターで上っていこう」
エスカレーターで2階に上ってみると、ノートパソコンが並んでいるコーナーがあったので、係の女性を呼んで、すぐに使えるノートパソコンで性能のいいものを選んでもらった。俺自身思い入れなどないので、『これなどいかかでしょう。こういった機能が付いていますし便利です』などと言われて、『そう。ならそれで。2つね』
大きな箱を二つ。レジカウンターでキューブに入れるわけにはいかないのでいったんトルシェとアズランに一つずつ箱を抱えさせて支払いを済ませておいた。
下りのエスカレーターに乗るころには二人ともキューブに箱を仕舞ったようだ。誰も見ていなかったようで注目はされていない。
「さっそく部屋に戻ってパソコンを使ってみよう」
三人連れだって、ホテルに向かった。途中相変わらず注目されたがパソコンに驚く二人の顔が早くみたかったので構わず足早に部屋まで戻ってきた。
二人はキューブから取り出した箱の中からノートパソコンを取り出した。いろいろ包装が複雑だったのでトルシェたちは戸惑っていたが、まわりは破り捨てて大丈夫だと言ったら、本当に破り捨ててしまった。
最初のセットアップなどはさすがに二人には無理なので、俺が1台ずつセットアップしてやった。ホテルのWi-Fiの設定を済ませて、だいたい使えるようになった。二人とも専門的な技術用語は分からないと思うがなぜかちゃんと日本語の読み書きはできるようなので、キーボードとマウスの使い方、それに日本語入力などを教えてやった。そのあとは実際に検索エンジンを使って検索の仕方を教えてやった。二人とも画面が変わって、調べたいことが画面に表示されることに目を見張っていたが、俺の言ったことはちゃんと理解してくれたようだ。あとは好きなように使ってくれて構わない。
俺自身はノートパソコンを使う気は起きなかったので、今回は購入しなかったが、いずれ拠点を手に入れたら本格的デスクトップパソコンを購入するつもりだ。
俺の目の前でノートパソコンを生まれて初めていじっている二人は真剣そのもので、左右の手以外は全く動かさず、画面を食い入るように見ている。何か健康に悪いような気もしたが、俺たちが体調を崩すことなどあり得ないので放っておいた。
俺は部屋に置いてあった冷蔵庫から冷えたビールを取り出してコップに入れて二人を見ながら飲んでいた。俺がビールを飲んでいるあいだでも二人は一心不乱にノートパソコンに集中している。
この二人がこれほど真剣にパソコンで情報を集めていたら、2、3日もすればこの世界のことを俺以上に知りそうだ。ゲームでもこの二人に教えたらエライことになりそうだ。教える前に自分で興味を持つ可能性の方が高いかもしれない。
一心不乱にノートパソコンの画面を見つめるトルシェとアズラン。窓の外はいつの間にか暗くなって、夜景がきれいだ。
「そろそろ夕食に行かないか?」
二人を夕食に誘ったのだが、トルシェもアズランも何かに憑かれたように返事もせずマウスとキーボードをカチカチ言わせながらノートパソコンの画面を見つめている。まさかこの二人、ノートパソコンに魅了されたのか? わが眷属にも意外な弱点があったようだ。
一食や二食というか何食抜いても俺たちには差し支えはないが、俺だけ手持無沙汰である。まいったな。
仕方ないので、ルームサービスを頼むことにした。オードブルの大皿と料理を適当に4、5人分選んで、冷蔵庫のビールが気付けば無くなってしまったので、ついでにそれも10本ほど頼んでやった。中瓶しかないのが悪い。
ワゴンを押してやってきたホテルの従業員をねぎらって、俺はビールをグラスに注いで後ろから二人の姿を眺めているだけだ。トルシェもアズランもその従業員には見向きもしなかった。
しばらく料理をつまみながら手酌で飲んでいたが面白くないので俺だけシャワーを浴びてやった。
それでも二人はノートパソコンに夢中になっていたので、俺はベッドに入って寝ることにした。寝ることにしたが寝る必要のない体なので、マウスとキーボードの音を聞きながら横になっていただけだ。