第74話 メッシーナのランニング
3人の不法侵入者はリビングに入ってきたところまでは良かったが、そこで何かするどころか、一言も言わぬ前に、花子に頭をかち割られてしまい、そのままシミ一つ残さず花子の体に吸収されてしまった。
今となっては、あの世に相転移した今の3人組の侵入者が、頭のおっさんが言っていた、本拠地から俺を斃すために派遣された2組目のエージェントだったかどうか確かめようがないので、エージェントだったということにしよう。違っていたとしても、少なくとも涼音のマンションに土足で侵入してきたわけで、それだけでも十分処分される理由にはなる。
「花子。二人までなら俺も簡単に頭をかち割れると思うが、3人同時は俺でもちょっと難しい。今の頭のかち割りは見事だったぞ」
俺が花子を褒めたら、花子が俺に向かって軽く頭を下げた。
「今の3人組も、最初に目に入った俺と涼音を何かしようと思っていた矢先に意識が飛んだろうからな。はるか大陸中国の成都から、登場時間僅か数秒のためにやってきたんだ。ご苦労なことだ」
今回のプログラムは見ようによっては、というか、見ようによらなくても相当グロい演出だったが、一部始終を見ていた涼音は俺の『闇の祝福』を受けているためか全く動じた気配はない。今も普通にお茶を飲んでいる。
花子は、大の大人の3人組を完全に吸収してしまったのだが、体が膨らむわけでもなくいつもの花子のまんまだ。そういったところは先輩であるコロと一緒で食べたものはどこか遠い世界にいっているようだ。一部の人間には喉から手がほど欲しい能力と言えるだろう。
それをいえば俺たち三人団も同じようなもので、飲み食いしても腹が膨れるわけでもなく、トイレに行く必要もない。俺の腹の中をレントゲンで見たことはないのでどうなっているのか分からないが、まさか、俺の体もこの前解剖した悪魔みたいにコンニャクが詰まっているってことはないよな? それか、中身はスライムだったとか。
スライムはないにしても、女神さまの本体がコンニャクだったとなると、全世界が荒れるぞ? しかし、最近、物覚えが極端に悪くなっているところを考えると、頭の中で脳のコンニャク化が進行している可能性が大いにある。
常闇の女神さまが、コンニャクの女神さまになっては、一大事。シャレにならんからな。とはいうものの、内臓はもとより、女神さまの頭の中に脳があるという確証はないのでますます不安になってきた。どこか、奇特な神さまがいて俺に解剖させてくれないかなー。
人間の場合、数が多いからいろいろなサンプルがあるので、頭の中には脳みそが詰まっていて腹のなかには肝臓やら大、小腸、胃などがあることはみんな常識として知っているのだが、女神に対する解剖学的知見は、俺の知るところでは全く公にされていない。
悪魔でさえ、俺がこの世で初めて科学的に解剖したのではないだろうか?
その結果が「悪魔の中身はコンニャクだった」という知見だ。デッサンでもあれば、ターヘル・デビル・アナトミアとかいって名著となったかもしれない。
そういえば、俺はこの体になる前はゾンビとスケルトンだったが、ゾンビ時代は腐汁は垂れ流していたものの、どちらも血を流していない。もちろんこの体になってからも血を流してはいない。
気になって胸に手を当ててみたところ、心臓の鼓動が感じられない!? 俺って女神になって浮かれていたが知らぬ間に死んでしまって、もしかしてまたまたゾンビになったんじゃ? 背中に何か冷たいものを感じてしまった。まさかな。
俺は知ってはならない『神』の秘密の扉を開けてしまった? のかも知れない。
何にせよ、俺は女神さまなので体の中が人間と異なることは大いにあり得るというか、人間と同じはずはない。確かめてみたら本当にコンニャクだったらマズいので、知らないフリをしておこう。
さて、ランニングばかりしているメッシーナたちの様子でも見てくるか。
涼音を惨劇の跡かたがすっかり消えた居間に残して、拠点の大広間の先にある『陸上競技場』に足を運んだ。走り込むめば継戦能力は確かに上がるのだろうが、攻撃力がそこまで上がるとは思えない。さっきの花子の戦いは一瞬でケリがついた。強ければスタミナなどは二の次、三の次でいいと思うんだよ。俺は。
競技場の中に入っていくと、1周400メートルのトラックをメッシーナとフラックスがエライ勢いで走っている。
せっかく一生懸命走っているので、二人が走り終わるまで待つことにした。待っているあいだ二人の走りを見ているわけだが、走りより二人の格好に目が行ってしまう。
スポーティーといえばスポーティーな格好で二人して走っているが、下はどう見てもビキニの食い込みパンツだし、上は胸の下までしかないシャツを着ている。走り去っていくときの後ろ姿ではパンツの両脇から半ケツが出ていて、それが走りに合わせてプリプリ揺れている。いかにもエロエロだ。そこらのおじさんが見たら垂涎寺清子さまだ。
俺以外観客はいないからいいようなものだが、あんな格好でほんとに試合に出場したら、超特大の望遠レンズ付きのカメラで撮影されて、画像はどこぞの闇市場で売買されそうだ。
結局15分ほど二人の走りを見ていたら、やっと走り終わったようだ。バスタオルで汗を拭くメッシーナのところに歩いていく。フラックスはもちろん汗はかかない。フラックスの場合、その気になればスライムの体から汗に似た体液を出すことはできるんだろうがな。
「メッシーナ、ずいぶん熱心に走っているが、何か目標があるのか?」
「1万メートル走って30分を切りたい」
「30分に何か意味があるのか?」
「女子1万メートルの世界記録が29分だから」
「世界記録?」
「そう。世界記録は無理かもしれないけど、30分を切れば自分に勝ったことになる」
メッシーナがそう思うのは勝手だが、世界記録などは一流の選手が本職のコーチに何年もついてそれこそ倒れるまで練習してやっと掴む事のできる栄光だと思うが、これから先メッシーナは30分を切るため何年も走り続けるつもりだろうか?
「それで、今は何分で走ったんだ?」
俺の問いに、メッシーナの隣りに立っていたフラックスがメッシーナに代わって、
「先ほどの1万メートルは30分05秒でした」
フラックスは時計は持っていないようだが、どうやって時間を正確に計ったのかと思って競技場の中を見たら、知らぬ間に電光掲示の大きな時計がゴールの脇に備えつけられていた。トルシェが気を利かせたのか?
しかし数日走っただけでこれほどの記録が出せるものなのか? 俺の加護で走りが速くなるとは思えないから、メッシーナは実はトラック競技の天才だった?
「メッシーナ、すごいじゃないか」
「聖刻が体から消えたら体が軽くなって、いくらでも走れるような気がした」
なるほど。
あの聖刻はメッシーナの精気を吸い取っていたに違いない。走った後で上気していることもあるのだろうが、今のメッシーナの血色はかなりいい。健康そのものだ。それに、最初はかなり痩せていたメッシーナだが、これほどハードな練習をしているにもかかわらずここ数日で半ケツがプリプリになるほど肉もついてきている。
少しは俺の貸したスティンガーでナイフの訓練でもしろと言おうと思ってここにやってきたのだが、やめておいた。
「メッシーナ、頑張るんだぞ」
「はいっ!」
俺の加護もあるしフラックスもついている。メッシーナは大丈夫だ。
俺はメッシーナの元気な返事が返ってきたところで競技場を後にした。




