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第71話 完落ち(かんおち)、頭のおっさん


 そろそろ頭のおっさんも発音が元に戻ったろうから、後回しにしていた尋問をしようと、白鳥麗子がノートパソコンのモニターを食い入るように見ている後ろから、頭のおっさんの頭と発声用のパーツを並べて置いているテーブルの前まで歩いていった。


 これまで頭のおっさんの髪の毛を掴んで移動させていた関係でおっさんの髪の毛はザンバラ状態だが、別に俺は気にならないし、誰に見せる髪型でもないからどうでもいいだろう。


「おっさん、発音は正常になったか?」


「なんとかな」


 確かに発音は良くなったようだ。


「そうか。まずは差しさわりのあまりないことから聞いていくか」


「なんだ?」


「お前のところの組織は、どうせこの国のいろんなところに浸透してるんだろ?」


「そのくらいの情報ならわたしが口にしたところで、確かに差しさわりはないな。

 もちろんだ。と、答えておこう」


「当然だよな。それで、その中にお前みたいな、能力者?とでもいうのか分からないが、悪魔から恩恵しゅくふくを受けた者はいるのか?」


「自分で確かめてみればわかる話だが、それも大した情報でもないか。

 具体的に誰がどうだとかはわたし自身も全てを知るわけではない。ただ、能力者は複数いるとだけ言っておこう。

 こんなことが聞きたいわけじゃないんだろ? さっさと用件を言え」


 今の質問をさっき思い付いて頭のおっさんに聞いてみたら、何でもないように答えを聞けたが、知らなければ俺の『神の国計画』に支障が出たかもしれない。思いついて聞いててよかった。とはいうものの、そういったところを顔に出すわけにもいかないので、無表情のまま後を続ける。


 しかし、この頭のおっさんだが、実に素直になったものだ。理由はおそらくだが、俺の神気あふれる神域きょてんに何日かいたことで悪魔の邪気が少しずつ抜けてきたのではないだろうか。これなら一気にいけそうだぞ。


「まあな。

 さきほど、お前の言っていたエージェントとやら3人がやってきたので、わざわざ俺が相手してやった。そのうちの2人を処分して、最後の一人からお前たちの本拠地の場所を聞いたんだが、観念したそいつがその場所を喋ろうとしたら、そいつは燃えてしまって跡形もなくなってしまった。

 それで、お前にもう一度聞くが、お前たちの本拠地はどこなんだ?」


「それを口にすれば、私も燃えて消えてしまう」


「確かにその可能性は否定できないが、そのまま頭と肺だけで生きていきたいわけじゃないだろ?」


「それはもちろんだ」


「もしお前が本拠の場所を俺に教えたら、お前に体を作ってやってもいいぞ」


 作るのはトルシェだがな。人造人間を作っているトルシェならこいつの胴体を作るくらい簡単だろう。


「燃えてしまえば体も何もないではないか」


「燃えてしまえばな。

 幸いここは俺の眷属が魔法で作った部屋だ。そういう意味ではお前たちのあの異空間さいせきじょうのようなものだ。言い方を変えれば、お前たちでは察知できない空間だ。お前が本拠地の場所を俺に教えて燃え上がらないとは断言できないが、何も起こらない可能性もある」


 この部屋が連中に察知されない空間であるかどうかなど俺に分かるわけがないが、頭のおっさんにも分かるわけはない。信じる者は救われることよりも、足をすくわれることの方が多いがな。ワハハハ。



「ならば、試してみないか? 一か八か、おのれの運を?」


 そもそも、情報を漏らしそうだからといって本拠が能動的に自爆指令を出しているとはとても思えない。情報ロックは連中の頭の中に刷り込まれていると俺は思っている。何か組織にとって重大な秘密を漏らそうとするとロックが作動して仕込まれていた自爆機構により燃えてしまうわけだ。


 そんなことは頭のおっさんも分かっているはずだが、こういった状況下に長いこと置かれて発声練習ばかりしていると、少しずつ頭もいかれてくるだろうから、俺の話に引き込まれてくる可能性大だ。


「どこなんだ、お前たちの本拠は?」


「……」


 もう一押し欲しいところだが、何かいい手はないか? 取りあえず、事実と俺の予想を織り交ぜてこいつの不安を煽ってみるか。


「先ほど処分したお前たちのエージェント3人だが、男二人に女が一人だった。

 男のうちの一人は日本語がうまかった。日本人だったかもしれない。そいつは俺に向かって呪いをかけていたようだが、そんなものは俺には通用しないどころか大好物だ。

 女は俺に向かってヘロヘロのファイヤーボールっぽい魔法を撃ってきた。あまりにヘロヘロかつ威力不足だったので、実際あれがファイヤーボールだったかは今となっては不明だ。

 もう一人の男は最初から最後まで何しに出てきたのか分からなかった。最初に頭を文字通り叩き潰したら後からアマゾンの干し首そっくりな小さな頭が生えてきた。それを俺に見せたいから、俺のところにやってきたんじゃないはずだものな」


 頭のおっさんは黙って俺の『語り』を聞いている。


「あの連中は、死んじまったが、あの連中の魂はどうなると思う? 悪魔から何の役にも立たないお笑い能力をもらう対価に自分の魂を差し出す契約を結んでいたんだろ? それはお前も一緒だよな」


「……」


「さっきの日本語がうまかった男にも言ったんだが、悪魔は手に入れた魂をどうすると思う?」


「……」


「教えてやろうか? 食べるんだよ。何百年もかけてゆっくり消化吸収するんだ」


「……」


「そのあいだ魂には意識があるんだ。ちゃんとな。鍛えた肉体は苦痛など感じないとお前は言っていたが、魂だけになったらどうなるのかな?」


「……」


「気が狂うほどの苦痛にさいなまれるが、気が狂うこともできないし、もちろん魂だけになったお前は死ぬこともできない」


「……」


「じっと我慢していればそのうち終わりはするがな。ただ、魂にとっての1年は、生身の人間でいうところの1年とは違うぞ。何せ魂は寝ないわけだからな。

 お前が絶対に本拠地の場所を教えないというならお前には用はない。せいぜい未体験ゾーンを体験してくれ」


 俺はダークサンダーをもう一度着込み、腰に下げていたリフレクターを左手に持って、


「せめてもの慈悲だ。一思いに頭を叩き潰してやる。叩き潰した後はきれいさっぱり俺のペットのコロに食べさせるから再生することなく跡形もなくなる。ありがたく思え」


 そう言ってリフレクターを振り上げた。


「ま、待ってくれ!」


 落ちたな。


「話すから待ってくれ」


「ならさっさと言え」


「その前に約束してくれ。俺の魂を救ってくれると」


「何で俺がそんな約束をする必要がある?」


「自分を神と名乗るならそのくらい簡単にできるだろう?」


 確かにこの男の言い分は一理ある。魂の救済か。やったことはないがやってもいい気がしてきたぞ。


「俺もまだやったことはないから確約はできないが、できるだけのことはしてやろう」


「……、われわれの本拠地は大陸中国の成都セイトにある。お前ならいけばすぐに場所は分かるだろう」


 おっさんが燃えずに俺に情報を渡せたところを見ると、俺の出まかせが本当になってしまったということか?


 こいつの魂を救うためできるだけのことをしてやると言った以上何とかしてやろうじゃないか。


 おそらく、今ここで女神たるこの俺がこいつを祝福してやれば、こいつは死んで、魂は救われるのだろう。それか、こいつが魂を売り渡す契約をした相手、サティアス・レーヴァを俺が滅ぼせば契約相手先不在で契約の履行は不可能になると考えていいだろう。



次話で一応第1部完ということになります。

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