第67話 日常
新宿でのボヤ騒ぎの後、赤羽で本物の大火事があった日から3日ほど経った。
赤羽での火事の行方不明者として白鳥麗子の名まえがテレビに流れたようで、白鳥麗子は自分で警察に無事を知らせたようだ。
その間トルシェが買った荷物も届けられ、拠点はらしくなってきた。大広間の一画にはパソコンとはもはや呼べないような大型の筐体が10台ほど並べられて後ろの方でLANケーブルのようなものが多数ぶら下がっていた。トルシェの説明によると、送られてきたターゲットの情報を人造人間たちに覚え込ませるため、情報の取捨選択をして覚えやすい形に加工したうえで人造人間たちに送るサーバーなのだそうだ。リナックスがどうとかデビアンがどうとか言っていたが俺にはさっぱりなので聞き流している。
そのサーバー群の隣に机が置かれ、その上に大き目のモニターとキーボードやマウスなどが置いてあった。それがサーバー用のターミナルなのだそうだ。画面を見ると英数字がずらずらと流れていっていてカッコいいのだが、俺には何の意味があるのかはさっぱりわからなかった。
「トルシェ、こんなに機械をたくさん動かして電気は大丈夫なのか?」
「エンジン発電機を買うつもりだったけど、給油が面倒なのでとりあえず太陽光発電することにしてパネルをヒマラヤの見晴らしのいいところに取り付けました。それだけだと不安定なので大型充電器などもちゃんと揃えているので大丈夫です」
「ヒマラヤで強い風が吹くってことはないのか?」
「そうならないよう魔法で作った透明な膜で覆っています」
「さすがだ」
トルシェの方は順調だ。
一方俺は、あの日の翌朝届けられた車を受け取り、トルシェの組み立て作業を見ていない時などは、アズランに運転させてドライブという名のガソリン消費イベントをこなしたりして過ごしていた。アズランは俺と遊んでいないときは車に乗ってどこかに行って何かの作業をしている。おそらく『神の国計画』でのターゲットに情報発信器を取りつけているのだろう。
メッシーナたちはストイックに訓練を続けている。どんな塩梅か一度様子を見たのだが、俺がメッシーナに貸してやっているダガーナイフ、スティンガーの訓練をフラックスとすればいいものを、かなりのハイスピードでトルシェの作った400メートルのトラックを何周も走っていた。
白鳥麗子には、ノートパソコンでも買って来いと言って金を渡しておいた。白鳥麗子は買ってきたノートパソコンをトルシェが大広間の隅に取り出した立派な台の上に置いていろいろ調べているようだがそれだけではつまらないので、涼音と一緒にリビングでテレビを見たり、奥の陸行競技場(仮)でジョギングしたりしている。
メッシーナはいよいよIEAの1級エージェントを辞めて、世界陸上競技選手としてデビューしたくなったのかもしれない。この国の国民になりたいかどうかは知らないが、世界記録でも出せば、この国の国籍取得は容易になりそうだ。そうでなくてもいずれはこの国は俺のものになるんだから、メッシーナが望むならいつでも俺の国の国民にしてやる。
メッシーナの同僚のバイザーからもメッシーナについて何も言ってこないところを見ると、IEAはあの全身入れ墨が無くなったメッシーナのことを用済みと思っているのかもしれない。メッシーナは曲がりなりにも俺の祝福どころか加護まで受けているんだから、今までより弱くなっているわけはないんだぞ! 末端をぞんざいに扱うIEAに対してなんだか腹が立ってきた。IEAが会社ならブラック企業だ!
「花子、お酒お替わり!」
「わたしも!」「私も!」
というわけで、憤りながらお酒を今も飲んでいる。
「準備も整ったようだから、明日から本格始動するか?」
「「はい」」
「まずは、メディアだな、ターゲットの目星は付いているんだろ?」
「もちろんです。いちおう、国営放送と民放TV局のトップ6人を最初のターゲットにしました。次は全国紙4紙。そのあと、トップに次ぐ連中を順次われわれの人造人間たちで取り換えていきます。メディア関係でだいたい100人を取り換え候補に挙げています。完了まで6カ月程度を見込んでます」
「ほう。半年でそこまで行けるとは、なかなかだな」
「アズランがターゲットに対して発信器を取りつけていますから情報取得もバッチリです。画像情報は今のところ取れませんが音声情報は全て録音しています。それと、ターゲットの生活情報は、改造人間が直接取り込めるよう改造人間の核になるスケルトンの脳に当たる部分に繋げています」
「すごいな、それであそこに並んでいる椅子の上にまだ顔形がスライムスライムした人形がずらりと並んでいるんだな」
「そういうことです」
俺たちの拠点の大広間の脇にさらにトルシェが部屋を作りその中に40脚ほど椅子を並べ、そのなかの10脚ほどに先ほど言ったスケルトンにスライムを貼り付けただけで、見た目が調節されていない人形が並んでいる。その連中の頭にはB級SF漫画に出てきたような金属製の帽子が乗っかっていて、帽子の上からトゲトゲが何本も突き出ている。その帽子で各々が各自のターゲットに取り付けられた電子機器から送られてきた生活情報をサーバーを介して受信するのだろう。
どこか現実離れした光景だが、俺たち3人がそもそも現実離れしているので大した問題ではない。
問題の頭だけのおっさんだが、部屋の隅で発声練習をこの3日間ずーと続けていたようだ。俺のいない間はサボっていたかもしれないが、そこは確認のしようがない。花子に言って監視させるほどのことでもないので好きにさせている。肝心の発声はそこそこうまくなってはいるが完全ではない。もちろん完全を目指す必要などないのだが、おっさんを尋問するという本来の目的がどうでもいいような気がしていたので、延々と発声練習させているわけだ。不思議なことに、おっさんは俺の言いつけを守って発声練習を続けているのだが、頭だけでは何もすることがないのでそうとう暇だからだろう。
そうこうしていたら、待ち望んだイベントがやってきた。




