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第62話 バトルフィールド(さいせきじょう)から帰還


 残ったおっさんの生首を切り刻んで小さくしていくと、どこまでおっさんの意識があるのか興味がわいてきた。


 古代ギリシャにおいて、原子アトムとはこれ以上小さく切り刻めない最小のものということでア(否定)トム(切る、分割する)と名づけられたという。


 俺の科学的探究心が沸々と湧き上がってきた! これは確かめなければならない。幸い俺にはエクスキューショナーという科学の強い味方がある。


 科学の進歩に貢献すべくエクスキューショナーを引き抜いて、地面に置いたおっさんの生首に向かって振りかぶった俺は、バトルフィールド《さいせきじょう》からいきなり最初にいたおっさんの部屋の中にいた。


 あの場にいたら残った頭もエライことになってしまうと感づいたおっさんが、その能力を使って元の場所に戻ったと考えていいのだろう。おっさんをあの場所で意識がなくなるまで切り刻んでしまったらこの世界には帰れなかったかもしれないが、どうせ俺は女神さまだし、あの空間を作ったのがモブキャラサティアスのただの子分なので、どのみちそこまで苦労せずともこの世界に戻ってこれたと思う。


 状況の変化は急だがこの程度では驚くほどではないのか、アズランは俺の後ろで体育座りをしてコンスタントに木の実を食べ続けている。アズランだけ取り残されなかったのは、おっさんの能力の仕様なのだろう。


 カーペットの上におっさんの生首が転がっているので、ここで切り刻むのはやめて、髪の毛を掴んで持ち上げゴールデンプリズン(びん)に戻してキューブの中にしまっておいた。


 そういえば今、何気なく生きた生首の入った瓶をキューブにしまってしまった。


 これまで生物なまものは数えきれないほど収納キューブに入れているが、生き物(いきもの)はこれまでキューブに入れたことはなかった。おっさんの生首はキューブから見て食材扱いなのかもしれない。これは、昨日俺が悪魔を試しに口に入れたからだと思う。


 先ほどは自分の首から下の部分が無くなって仰天していたおっさんだが、残った頭部を切り刻まれなかったことに、いまはホッとして小さな幸せを感じているに違いない。


 幸せなんて、相対的なものだとつくづく思うよ。


 さっきまで床の上に生首が転がっていたが、どこにでもこういった小さな幸せは転がっている。世の中を生きていくうえで、不平不満だけで生きていくより、小さな幸せで満足していけば、それなりの人生が送れると思うぞ。


 世の中には『小さな親切、大きなお世話』とか言う言葉があるが、このおっさんからしてみれば、『小さな幸せ、大きなお世話』だったかもな。ワハハハ!



「アズラン、おっさんの机の中に何か目ぼしい物が入っていないかな?」


 アズランが机の引き出しを開けようとしたら、


「あれ? 鍵がかかってる」


「おっ! 大事な物が入っているから、鍵をかけてるんだろう。なにか役に立つものが見つかるかもしれないぞ」


「壊してもいいなら簡単ですけど、ちゃんと鍵開けしますか?」


「鍵開けは面倒だろ? 壊そうが何をしようが持ち主はもういないんだから、コロに机を食べさせてしまおう。

 コロ、机の中のものはそのままにして、そこの机だけ食べてくれ」


 ちょっとコロの器用さを試すようなことを頼んでみたが、ほんの数秒で机は消えてなくなり、書類や文房具などが落っこちて床に散らばった。


「あれ? こうなると手が付けられんな。面倒だから、これはもういいや」


 せっかくコロに机を食べさせたが、白鳥麗子も下で待っているし、床に散らかった書類を一々拾って歩くのも面倒になったので、引き上げることにした。



 さて、俺は悪の親玉らしきおっさんを頭だけだが生け捕りにしたわけだが、このおっさん一人いなくなったとしても悪の組織的にはダメージを受けないよな。このビルはさすがに壊せないが、今俺たちがいる最上階のフロワーはある意味壊せるんじゃないか?


 おっさんの部屋の天井を見るとちゃんと埋め込み式の照明の他に予想通りいろいろ取り付けられている。煙感知器とかスプリンクラーが取り付けられていると思うがどれがスプリンクラーか区別できない。


 部屋の中で火を焚いたらそれで十分だが、下の階に燃え移っても困るし、消防署に迷惑が掛かるので、火は焚かず、いちいち鑑定するのも面倒なので、天井の出っ張りを片端からこん棒リフレクターで叩き壊すことにした。


「アズラン、俺が天井についてる出っ張りを一つずつ壊す。当たりを引いたら天井から雨が降ってくる。うまくけてくれ」


「スプリンクラーですね!」


 アズランはスプリンクラーも知っていた。一体あのノートパソコンはどうなってたんだ?



「おそらく、これじゃないかな? 行くぞ!」


 それらしい出っ張りを叩き壊したら、大当たりだった。俺は吹き出すシャワーにすっかり濡れてしまったが、アズランはドアまで後退していたので何ともなかったようだ。ダークサンダーの隙間から水が入ってくるので、俺も急いでアズランのところまで下がった。


 うまくいったはずなのだが、なぜか、けたたましいベルの音が鳴り始めた。


「こういったものが作動すると、警報がなる仕組みだったようだな。こんなこともあるさ。

 騒ぎが大きくなっても面倒だから、アズラン、そろそろ、下に降りようぜ」


「はーい」


 廊下に出たら、ここの従業員たちが沢山部屋から出てきていた。それはそうだ。


 俺の禍々《りり》しい鎧姿を認めた従業員が、一斉に部屋の中に戻っていった。普通なら火事を優先した行動をとるべきだと思うが、悪の手先にとっては火事よりもスーパーヒーローの方が怖かったらしい。


 左手に持っていたリフレクターを腰に戻して、悠々と廊下を歩いてエレベーターのある所まで行きボタンを押したのだが、いくら押しても反応がない。どうもエレベーターは止まっているようだ。


「アズラン、階段はどこかな?」


「ここの近くにあるそれらしい扉の先じゃないでしょうか?

 あれかな? なんだか、その先の下の方から足音がしています」


 エレベーターの扉から5メートルほど離れた場所に壁に目立たぬように塗装された扉があった。


 はめ込み式の取っ手を回して押し開いたら階段の踊り場になっていて、下に続く階段があった。すでに下の階から逃げ出そうとしている連中で、下の方には大勢の人が階段を下りていっている。



 俺たちが階段を下りていくと、途中で、


「50階で火災が発生しました。エレベーターは停止していますので急いで階段を使い当ビルから退避してください。これは訓練ではありません。急いで階段を使い退避してください」という館内放送が警報のベルの音を押し分けて何度も流れた。


 俺がダークサンダーの下に着ている服はすこし濡れてしまったが、目立つほどではないはずなので、踊り場に出たところで、ダークサンダーは収納している。


「下までだいぶあるけど、頑張って降りるか。ダンジョンの300段2、3階分程度だろ?」


「それくらいなら大したことはありませんから急いで下りましょう」



 ダンジョンで階段慣れした俺たちにとって、これくらいの階段は何ともない。途中でどんどん人の数が多くなって階段が混みあってきたが、間を抜けるように追い越しながら1階まで下りた。


「アズラン、今の階段、何段あったか数えたかい?」


「はい、1020段でした。ダンジョン3階分より多かったですね」


「結構あったな。俺たちは慣れているから大したことはないが、一般人にはきついだろうな」


 一階の出口は開いたままになっており、出た先は当たり前だがエレベーターホールの横なので近くに白鳥麗子がいるはずだが、なかなか見つけることができない。


「白鳥麗子も火事だと思ってこのビルから逃げていったのかな?」


「これだけ大勢の人がビルから逃げ出していますからそうかもしれませんね。

 ダークンさんはここにいてください。ちょっと探してきます」


 そう言ってアズランはあっという間に人込みの中に紛れてどこかに行ってしまった。








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