第61話 献体
おっさんとの戦い?が妙な具合になってきた。
おっさんの体を確かに縦に真っ二つにしたはずなのだが、おっさんがフルチンで倒れず立ち続けている。普通なら臓物がこぼれ落ちるだろうが、血も出てこない。悪魔の手先となって血も涙も文字通り無くなってしまったのか? こういった状況で真っ二つになって垂れ下がったアレが実にシュールだ。風は吹いていないし、もちろんおっさんはタヌキではないので、揺れてはいない。
不思議なこともあるものだと思いながら、そのままの体勢でじっとしているフルチンのおっさんを眺めていたら、俺に叩きつけて自爆したことで、だらりと下がった右腕の各所からのぞいていた骨が引っ込んで傷口が塞がり始めていた。
何だかこいつ、下等生物のプラナリアみたいなヤツだな。プラナリアなら縦だろうと横だろうと真っ二つに切り裂けば2匹になるのだろうがこいつは1匹のままだ。そこは改善してもらいたいが、俺が切り刻んでいったらこいつはいったいどうなるんだろうか? ちょっと興味が湧いてきた。
そんなことを考えていたら、トルシェがヒールオールをかけた時のように、おっさんの右腕がみるみる回復して、今では拳を握ったり開いたりしている。
左右に分かれた体はもう繋がってしまったようだ。下等動物並みの再生力も高性能と言えば高性能だ。あまり欲しくはない機能だが、いちおうおっさんを誉めてやろう。
「面白いじゃないか。昔俺が初めてゾンビになった時は体がバラバラになりながらもなぜか意識はあったが、体は元に戻らなかった。お前の体は昔の俺に比べればずいぶん高性能だな」
話しているうちに俺の過去の記憶が蘇ってきてしまった。あの時の俺はずいぶんな目に遭ったが、このおっさんは今の状況をどう思っているんだろう?
「どうだ? 今の感想は」
「……、ウウ、ウグ、……」
おっさんはまだ口の中がうまく繋がっていないのか返事をしてくれなかった。肺から空気を強く外に出してしまうと、くっついたばかりの咽喉の切れ目痕から空気が漏れ出たら大変だものな。
「いくらお前の体が下等生物並みに再生しようと、お前の実力じゃあ、俺にダメージを与えることはできないことは分かっただろ? 今だって、俺はお前の再生を待ってやってるんだぜ」
「……、ウグ、ウグ、」
俺も経験があるが、空気が出入りしないと声が出ないんだよな。スケルトン時代は、発声するための器官がなにもない関係で、カタカタ言葉しか喋れなかった。何とか発声しようと思いコロを使って疑似的な肺と声帯のついた喉と舌と唇を作ってみたがアレはそうとう難かしかった。今はこうして神になり肉体らしきものを纏っているので気にせず話すことができるのだが、話すことができるって幸せなことなんだぞ。
この下等生物のおっさんにも、そのことがいずれ分かるだろう。
いくらおっさんが下等生物並みにしぶとかろうと、コロが食べてしまえばどうせ跡形もなくなってしまう。しかし、それではもったいない。うーん、せっかくのこの再生能力を生かせないものか?
昨日は捕まえた悪魔を解剖して少しだけ試食してみたが、結局悪魔はエグミの強いコンニャクだったことが分かっただけで、あまり面白くはなかった。
目の前のおっさんはまだ死んでいないがせっかくの献体だ。いや、こいつの場合は検体か? いずれにせよおっさんの特異な体を無駄にしたくはない。昨日は解剖学教室だったが今日は再生医学教室に所属研究室を変えてしまおう。
相手は下等生物プラナリアだ。指が1本あれば十分か? それならキューブに入れているあまり水を吸わないタオルにくるんで持って帰ればいいが、せっかくだからおっさんの頭を丸ごと持って帰りたい。
それだとタオルでは包めないし、バスタオル並みの大判タオルでくるんでやるか。生首をお土産だぞと言って部屋に持ち帰って、タオルの中から生首がゴロリと転がり出したら、涼音などは腰を抜かしてしまいそうだ。あまり趣味がいいドッキリではないな。
昨日悪魔用に作ったゴールデンプリズンは檻だったが、検体用に少し仕様を変えて瓶型にした方がいいな。ホルマリン漬けになった生首に見えなくもないだろうが、それくらいなら涼音でもどうってことないだろう。
ところで、アズランはどこに行った?
アズランの気配を探したところ、採石場の一番上でしゃがみ込んで何かを食べていた。暇だもんな。
「おっさん、わが国はそう遠くない将来『神の国』になる。その神の国の医学に悪魔の子分となったお前が貢献することになる。誇りに思ってくれ。じゃあな」
「……、ノ、ア、ナンダ?」
今さら遅いが、やっとある程度口が利けるようになったらしい。
「サヨナラの挨拶をしたんだ。さっきは縦に真っ二つにしたが今度は頭だけ残して、首から下を切り刻んでやろう」
「ウィくら、ヒり刻もうが、私はウォとに戻る」
「それはいいことを聞いた。大いに医学位に貢献しそうじゃないか。だけど、お前の首から下を全部食べたらどうなる?」
「ウたしは、まずいぞ」
無駄な回復になるが、だいぶおっさんの発音が正常に戻ってきた。
「俺がお前を食べるわけじゃないから安心しろ。せっかく、くっ付いて元に戻りかけているところ済まないが、まずは予告通りお前の首から下を切り刻んでやろう」
エクスキューショナーは首を刈りにいけば特効があるためどんな硬い鎧を着た相手でも、簡単に首を刈ることができるが、そんなことは関係なく目の前の全裸下等動物をスライスしてやる。
シュパパパパ。
そんな感じでおっさんの首から下を30枚くらいにスライスしてやり、使ったエクスキューショナーをカチンと音をさせて鞘に収めた。
さすがにスライスしたおっさんの体は互い違いに右左にズレてしまい、頭の重みで崩れてしまった。おっさんの頭は大きく目を見開いたままコロコロ、クルクル砂利敷きのような採石場の地面に転がった。
こうなるとさすがに再生できなくなるんじゃないか?
戦国時代などでは刈った敵の大将首などはちゃんと持って帰って、首実検したそうだ。持ち帰る時、チョンマゲがあるとチョンマゲがちょうどいい持ち手になって非常に便利だったと聞いたことがある。
もちろん、おっさんにチョンマゲはなかったが、ハゲ坊主ではなかったので地面に転がった頭の髪の毛を片手で掴んで、瓶型に改良したゴールデン・プリズンに入れてやった。持ち上げた時、瞼をパチクリしていたのでおっさんはまだ生きているようだ。この状態のおっさんは飲み食いする時どうするのか興味があったが、おっさんも初めての体験だろうから、口が利けたとしても話してはくれないだろう。飲み食いはまだいいが、排泄が困るよな。それともおっさんは、俺と同じで排泄しないのか?
おっさんがまだ生きていたので、金色の瓶のつもりで作ったゴールデンプリズンだが、中から外の様子が分かるように瓶は透明にしてやった。
スライスして左右にズレて積み重なったおっさんの体の方は、ゆっくりと集まり始めた。見ていて飽きないが、白鳥麗子を待たせているので、そろそろお開きにしよう。
「コロ、そこの積み上がった肉のスライスを全部食べてくれ」
目の前にあったスライスの山があっという間にコロに食べられて目の前から消えてしまった。もちろん、おっさんの目の前からも消えている。
自分の体が目の前から消えていくところを第3者的に眺めていたおっさんの気持ちは察するに余りあるが、おっさんの気持ちなど俺にとってはどうでもいいことだ。
おっさんをこうして斃したものの、30分番組の尺にまだ足りないようで、採石場の跡地から脱出できない。
やはり、おっさんの息の根を止めないとここから出られないのかもしれない。
「おっさん、ここから出るためには、完全にお前の息の根を止めないといけないのか?」
本人に確認したところ、おっさんは目を背けてしまった。
「そろそろ、昼を食べて赤羽の白鳥麗子のアパートに行きたいんだがな。こいつが生きていた方が何かと面白いが、再生医学の貢献には生きていようが死んでいようが同じだろう。どこまで切り刻んで小さくすれば意識が無くなるのか試してみるとするか。これでいくばくかの知見を得ることができるだろう」
そう言って俺はゴールデンプリズンを地面に置いて中から左手でおっさんの生首を髪の毛を掴んで取り出し瓶の隣に置いておき、右手でエクスキューショナーをシャリッと音をさせて鞘から取り出して、両手で振りかぶった。




