第6話 何はなくとも現金2
通帳ができるまで銀行の待合で席に着いていたら、10分ほどで通帳ができ上った。感心なのは、トルシェとアズランには文化的ギャップがありそうなものだが、二人とも落ち着いたものである。最初はすこしは緊張していたようだが、俺がいる以上困ったことは起きないと安心しているのか、高を括っているのか。多分後者だとは思う。
銀行の制服を着た窓口のお姉さんが、
「キャッシュカードは1週間ほどでご自宅へ書留で郵送されます」
そういって、通帳を渡してくれた。
それはそれとして、さっそく貴金属屋に戻って口座を教えて振り込んでもらおう。
今度は既に道を覚えたアズランが先頭に立って貴金属屋に向かう。
銀行からそれほど離れていたわけでもなく、複雑な道でもなかったので、すぐに貴金属屋にたどり着き、振込先の手続きができた。1時間もすれば口座に振り込まれるだろうとのことだった。
時刻はちょうど昼時に差し掛かっていたので、どこか落ち着いたところで食事がしたい。
「銀二、どこか食べるところでちゃんとしたところを知らないか?」
「うーん、ちゃんとしたところとなると、個室があるところですよねー。ちょっと待ってください。今調べてみます。あれ? 俺のスマホ割れてる! でも一応使えた、……」
日比谷でボコられていた時、スマホも壊れたらしい。あれだけボコられていたら仕方ないだろう。仇はとってやったからな。
「近くに良い店がありました」
そういう銀二についてその店に向かった。
店は地下にあるようで、道路わきから階段を一階分下りていったら、その先に暖簾がかかっていた。何だかくねくねしたひらがなっぽい文字で店の名前らしきものが暖簾に書かれていたが、俺の国語力では読解不能だった。女神の神力を越えるとは見上げたものだ。
暖簾をくぐり店に入ったところで銀二が店の仲居さんに一言二言告げたら、その仲居さんに案内されて畳敷きの個室に通された。完全な畳の座敷だとトルシェとアズランがそれなりに座れるのか分からないが、ちゃんと足元が掘りごたつ式に空いていたし、座椅子もついていて普通に座ることができた。
料理を選ぶのは面倒なので適当に、てんぷら御膳というのを人数分頼んでおいた。向こうの世界にいた時、フライは簡単にできたのだが、てんぷらだけはうまくできなかったので、常々食べたいとは思っていたんだよな。
ついでに、飲み物のメニューの中から高そうな酒をボトルで頼んでおいた。ボトルといっても720ミリリットルなので、4人分で4本頼んでおいた。銀二は目を剥いていたが、たかだか数万円の話だ。日比谷でいただいたお布施で十分おつりが来るし、食事の終わったころには口座に3億近い金が入る。余裕だ。
見た目未成年のトルシェとアズランに酒のグラスを頼めないので、二人分のコーラも一緒に頼んでおいた。
酒とコーラが先に来たので、まずは銀二に酒を注いでやった。
「姉さん、申し訳ないっす。俺の方からお注ぎせず」
「気にするな。遠慮なくやってくれ」
「ありがとうごぜえやす」
コーラの方はコップの中に最初から氷と一緒に入れられていたので、
「トルシェとアズラン、その泡の出てる黒っぽい飲み物を飲んでみろよ」
泡のぷくぷく湧いて出るエールによく似た黒っぽい飲み物を二人に勧めてみた。それなりに匂いはするが、二人にとって未知の飲み物だ。二人がどんな反応をするか楽しみだ。
コーラの入ったグラスを手にしたトルシェが、顔を近づけて中をジーと見ている。
「これ、大丈夫でしょうか?」
「俺たちには毒なんてないんだから、気にせず飲んでみなよ」
「それじゃあ。……。
ゲポッ。フー。初めての変わった味だけど、美味しい? ような?」
横目でトルシェを見ていたアズランも、
「それじゃあ、私も。……。美味しーい! 何ですかこれ?」
「コーラって飲み物だ。気にいったならそれは良かった。コップの中のものを全部飲んだら酒を入れてやるから、ちゃんと綺麗に飲んでくれ。酒を2、3杯飲めば気にならなくなるけどな」
二人がコーラを飲み干したところで、座敷のふすまが開いて、仲居さんが人数分のてんぷら御前を運んで来てくれた。てんぷらは車エビが二本とイカ、後は野菜。もみじおろしがついていた。それに、ヒラメとタイの刺身が少々、刺身にはしその花が添えられていた。あとは、茶わん蒸しに炊き込みご飯。炊き込みご飯はタケノコだった。それに茶わん蒸しと香のものとみそ汁だ。みそ汁の具は豆腐とネギだな。
俺が一々食べ方を教えてやる。箸の使い方は二人とも完璧なのでそこは問題ない。
「ワサビはあっちでもあったから問題ないな。この紫色の小さな花がついた枝があるだろ。こいつを左手に持って、醤油の小皿の上に持っていって、箸でしごいて醤油の小皿に入れるんだ。刺身に醤油をつける時にちょっとだけ刺身に乗せる感じにして一緒に食べると独特の風味があって美味しいんだ」
「ほー」「なーる」
などと言って二人が刺身を食べて、酒を飲む。この酒、うまいことはうまいが、あっちで飲んでたコメの酒と比べて薄い。その分たくさん飲まないといけないな。
「ふー」「ほー」
「あと、これがてんぷらだ。フライは二人とも何度も食べたはずだが、こっちはパン粉を付けず揚げたものだ。これを、こっちの茶色っぽいタレにつけて食べる。タレの中にこの唐辛子がちょっと入った大根をすりおろした『もみじおろし』を入れても美味しいぞ」
「ほー」「なーる」
などと言って二人がエビのてんぷらを食べて、酒を飲む。
「ふー」「ほー」
「姉さんたち、お酒の方もほんとにお強そうですね?」
銀二がトルシェとアズランの飲みっぷりに感心している。
「まあな、俺たちは酒を飲めば気持ちはよくなるが酔っぱらうことはないし、まして気分が悪くなることはない」
「そうなんですか?」
「もっと言えば、世の中で毒と言われているものは俺たちには効かない。これについては普通は信じられないだろうからな」
「ただお話を聞いただけなら信じるはずのないような話でも、姉さんたちを見てれば信じるほかないです。ところでアズランさんの肩にとまっている妖精?が先ほどから木の実を食べていますが、まさか本物?」
フェアの食べるものがなかったので、アズランはてんぷらを食べながらフェアにピスタチオもどきをやっていた。いままで作り物と思っていたオブジェが生き物だと知ったら驚くのも無理はない。
「内緒だぞ」
「は、はい。もちろんです。あっしはこう見えても口が堅い男です」