第58話 乗り込んで
派手なお出迎えを半ば期待していたのだが、肩透かしを食わされてしまった。
代わりにいたのはガードマンが二人だけ。二人は、エレベーターから現れた迫力ある鎧姿の俺と小柄な美少女の組み合わせに、半分口を開けて動きを止めていた。本来ならこの二人の命はもうなくなっていたのだろうが、俺の後ろからアズランが前に出てガードマンたちに素直に、
「二人に聞くけれど、二人は反社?」
「薄くはなっていますがまだ頭髪は生えているので、反射していません」
そう片方のガードマンがかぶっていた帽子を取って、真面目に見当違いの返事をした。
これは事前の想定にない返答だ。さあ、アズランくん。きみはこの二人をどうするのかな。全反射として始末するのか? 半反社として半殺しにするのか? はたまた一般人として見逃すのか?
成り行きを期待してみていたら、アズランが回れ右をして、
「ダークンさん、どうしましょう?」と、素直に俺に聞いてきた。こんどは俺にとって想定外だ。
「通してくれるように頼んでみて、通してくれないようなら実力行使だな。痛めつけるのは可哀そうな気もするから、その時はフェアの鱗粉(注1)で眠らせてやってくれ」
「一度首トンをしてみたかったんですが、フェアの方が無難ですよね」
「俺が言うのもアレだが、アズランにせよトルシェにせよ、俺たちが首トンすると、首コロリになりそうだからやめた方がいいぞ。どうしてもやってみたいなら、処分対象に首トンを一度してから処分しろよ」
「分かりました」
「もしアズランの首トンで相手が普通に気絶したら、応急処置免許皆伝の俺がそいつにカツを入れて目を覚ましてやるから」
「大丈夫ですか?」
アズランがめったにしない顔をして俺を見る。
「たとえカツが失敗してそいつの背骨を折ろうとも、どうせ相手は処分対象だし、俺の応急処置スキル向上のための礎になるんだ。反社人生の最期で社会貢献するのも大切だろう。あの世で厚遇される可能性がわずかながら上昇する余地を作ってやるわけだ。運がよければ天国から蜘蛛の糸が垂れてくる」
「蜘蛛の糸?」
「蜘蛛の糸は言ってみただけだ。気にするな」
「ダークンさん、わざわざ相手の背中に足をかけて背中をぐっと引き寄せるカツ?を入れるよりいつもやってるビンタの方が無難で有効だったような」
「ビンタは応急処置スキルに入らないんだ。俺の欲しいのは応急処置スキルの経験値だからカツじゃなきゃならないのだよ。分かるだろ?」
「何だか分かりませんが分かりました。それじゃあ、通すように言ってきます」
アズランがまたガードマンに向かって、
「そこをどいてください。私たちは中に用事があります」こう言ったところはアズランだ。すぐ実力行使するトルシェとは違う。
「部外者の方は中には入れません」と先ほどのガードマン。
部外者も何も全身真っ黒な鎧を着込んだ俺さまを通すようならガードマン失格だからな。
「フェアさんや、やっておしまいなさい!」
俺がよく使うセリフをアズランも覚えていたらしい。今となってはソースも知っているに違いない。
アズランの肩に止まって飾り物にしか見えなかったフェアがいきなり飛んで、二人のガードマンの頭上に飛び、そこで一瞬だけパタパタしたと思ったらすぐにアズランの肩に戻っておとなしくなった。
直ぐに立ったまま眠ってしまった二人のガードマンはバタバタと床の上に倒れたが、倒れたくらいでは目を覚まさなかった。ここで、俺の出番かと思ったが、そこはぐっと抑えて、
「扉に鍵はかかっているのかな?」
当たり前だが扉の取っ手を持って軽くひねったが動かなかった。いっちょ前に扉の脇の壁にくっ付いていた小さな装置にカードか何かをかざさないと中に入れない仕組みのようだ。ここで力尽くで扉を開けてしまうと警報が鳴ってしまいそうだが、今さらなので、
「扉の後ろに誰かいたら危ないぞー!」と大きな声で扉の向こうに向かって警告してやった。俺ってかなり優しいよな。
以前の俺だったら思いっきり蹴っても扉が外れて飛んでいく程度だったが、女神さまにまで上り詰めた俺が力いっぱい蹴ってしまうと、外れた扉が高速で飛んで行ってこの高層ビルの外壁を内側から突き破って下界に迷惑をかけるかも知れないので、手加減を意識だけして蹴っ飛ばしてやった。
ガッシャーン!
エラい音がして、両開きの扉の片方が蝶番を壁から引きちぎられて吹っ飛んで行った。意識だけでも手加減というか足加減してやったおかげで、扉の向こうからはグシャりとか生々しい音もしなかったし、悲鳴も上がっていないようだ。
扉の先は左右にドアが並んだ一本の通路になっていて、通路の先の正面にもドアがあった。俺がけ破った扉だった鉄?の板は正面のドアの手前で停止していた。何気に残念だ。
俺はそのままけ破った扉の先に入っていった。アズランは俺のすぐ後ろをついてきている。
廊下の感じからいって、正面に親玉がいると思いズカズカ廊下を進もうとしたら、通路のドアから人がワラワラと出てきた。大きな音がすれば様子を見るのは当たり前なので致し方がない。
廊下に目つきの悪い男女が10人以上出てきたのだが、俺の姿を見たせいかすぐに部屋の中に引っ込んでしまった。どうもここの連中、個人には危機管理意識はあるようだが、このグループ本社には荒事専門家はいないらしい。みかじめ料を徴収していた二人組はどこに行ったか分からないが、こういったビジネスビルに出入りしていればかなり目立つ人相だった気がする。そこらへんはどうなのだろう?
この国では、昨近、性的少数者への配慮がどうのと俺のいない間に盛り上がっているらしいが、社会的少数者であるはずの反社の連中にもこの国は配慮しているのかもしれない。
正面の扉まで進んで、ドアを蹴破ってやろうとしたが、一応扉の取っ手に手をかけたら鍵がかかっていないようでドアが簡単に開いた。
部屋の中には観葉植物の鉢が何個か置かれていた。正面は全面ガラス張りで見晴らしがいい。そのガラス張りの前の大きな机の後ろに男が座って俺の方を見ている。
「きみが、池袋のビルを壊したコスプレ怪人なのかね?」
予想に反して、その男は普通の日本語で俺に話しかけてきた。
おそらくこの男がここの親玉なのだろう。
注1:フェアの鱗粉
6枚の妖精の羽根を持つフェアは、その羽根から『妖精の鱗粉』を撒くことができる。鱗粉にはいろいろ効果があるが、もっとも一般的な効果は対象を眠らせること。




