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第56話 新宿の篤志家


 車を買うために新宿に出て、最初の店で1千万の車を買った。時間にして5分少々で商談は終わってしまい、あとは予定通り篤志家のいそうな場所で練り歩いて寄付を募ることぐらいだ。そのあと、忘れなければ白鳥麗子を自宅に連れていってアパートの鍵を開けてやらなければならないが、今日はアズランもいるので忘れることはないだろう。


「あんまり時間がかからなかったから、しばらくこの辺をブラブラして、篤志家を見つけようぜ?」


 などと提案の形を借りた強い(・・)意思表示をしてみた。


「ダークンさんはそういったことだけは忘れないから、そろそろそう来ると思ってました」


 そういったアズランの笑顔が眩しい。さすがは俺の眷属。分かっていらっしゃる。


「アズランに行き先は任せるから、ラシイ(・・・)ところにいってみようぜ。

 白鳥麗子。これから俺たちは篤志家のみなさんを探す旅に出る。危ない目には極力合わさないから社会勉強だと思って俺たちの後についてこい」


「は、はい? 社会勉強?」


「昨日は悪魔で遊んだが、今日の相手は人間だ。悪魔の解剖は何だか野菜を切っているようであまり面白くなかったが、久しぶりにエクスキューショナーの切れ味を試して見たくなった」


「エクスキューショナーとは、死刑執行人のことですよね?」


「元はそういう意味なんだろうが、俺の愛用している長剣の名まえだ。

 今は午前中で今宵こよいではないが、エクスキューショナーは血に飢えているのだ!

 まあ、後で見せてやるよ」


「わたし、刀剣って実物は今まで一度も見たことがなかったんです」


「そうか。普通、日本刀などは刃先を素手で触ってはならないものだが、エクスキューショナーはその程度で汚れたり錆びたりするようなヤワな剣じゃないから、触らせてやるよ」


「ありがとうございます。期待しています」


「昨日は素人相手だったから面白くなくて、ほとんど他の連中に任せていたから、どうも実感がわかないみたいだな。

 なんなら、俺にかかってきた反社の連中を、俺がとどめを刺さずに2、3人動けなくしてやるから、お前が止めを刺してみるか? 骨も簡単に斬れるが、骨を断ち切った手ごたえはちゃんとあるから安心してくれ」


「それって冗談? じゃないみたいですね」


「俺は冗談は嫌いじゃないが、こと俺の権能たる『闇』と『慈悲』、権能かどうかわからないが『破壊』と『殺戮』については冗談を言わない主義なんだ」


 今思いついただけの主義だろうと、主義は主義。自分の主義なんて言ったもの勝ちだ。しかも、明日になれば、そんな主義があったこと自体忘れている自信がある。


「わ、分かりました」


 俺には何が分かったのかさっぱりわからないが、白鳥麗子は分かってくれたようだ。




 歩いていると大きな電光パネルにコマーシャルが映し出されているビルがあった。コマーシャルの合間にニュースが流れるのだが、政、財界の大物5人が昨日示し合わせたように行方が分からなくなったそうだ。その5人だけでなく、その5人の秘書や知人なども同じく行方不明になっているようで、警察では事件、事故の両面から捜査を進めるとともに関連性などを調べているという。


 この国は俺の知らない間にずいぶん物騒になったんだなあとつくづく思わせるニュースだ。


「あれ? この5人は、今度『神の国計画』でトルシェの人造人間と入れ替えようと思っていた連中です。ターゲットを変えなくちゃいけなくなりましたね」と先頭を歩くアズラン。


「そうなのか。『神の国計画』の入れ替えターゲットということはそれなりに影響力があって、なおかつこの国にいない方がいいやつだよな」


「この国にいた方がいいのか悪いのかは区別せず、影響力がそれなりにある人物と思って選んでいます」


「神の見えざる手で置き換えてやるわけだから、どうでもいいが」


 そんなことを話していたら、5人の顔写真が順に電光パネルに映し出された。


「あれ? こいつらどこかで見たことあるぞ、はて、どこで見たかなー?」


「ダークンさん、あの中の2人は昨日ダークンさんたちがホニャララ(・・・・・)したのを私は見てます」


「あっ! そういえばそうだ。あいつら全員悪魔崇拝の連中で俺たちがホニャララ(・・・・・)した連中だ」


 人通りの多い場所での大声の会話だったので白鳥麗子が気を利かせて処分のことをホニャララと言ってくれたので俺もそれに乗っかることにした。これから街中でこの手の話をするときにはホニャララがいいかもしれない。


「ふーん。人生いろいろだが、世の中もいろいろだなー。てっきりこの国の治安が悪くなったせいかと思ったら、俺たちの活躍のおかげで治安が良くなってたのか。これは愉快だ。アッハッハッハ」


 トルシェ、アズランのターゲットを減らしてしまったことは申し訳ないが、世の中が少しは良くなったということで許してもらおう。





 アズランを先頭にすぐ後ろを俺と白鳥麗子が並んでラシイところに向かって歩いていく。道を曲がるたびに道が細くなっていくのがソレらしい。まさにワクワクがとまらないぜ。


「ダークンさん。あそこの閉まっている店の中に、男が二人入っていきましたよ」



 俺たちがいるのは、場所は新宿駅の西側。気持ちは既に大久保当たり。それだけは分かる。


 小さな飲み屋が路地に面して連なっているような通りだ。わずかばかりの異臭がして雰囲気がラシイ場所だ。昔大規模開発があり、こういった場所はほとんど整理されたと思っていたが、ちゃんとしぶとく生き残っていたようだ。


 ラシイ男の二人組が、閉まっている店に入る用事は、みかじめ料の徴収に違いない。違っていても俺にとっては実際どうでもいい些細なことだ。山登りと一緒で、そこに反社構成員とくしかがいるから俺が(しめ)てやろうというだけだ。


 ワクワクしながら、男たちの入っていった店に向かって歩いていたら、二人組の男たちが店から出てきた。そして隣の店の扉をたたいている。一軒一軒回るらしい。こいつらこっちの商売で失業しても公共放送の契約を取りに回る職業に転職できそうだな。手に職を持つことはいいことではある。


 彼らは手に持った職で地道に一般ピープルからお布施をいただいて日々生活しているのだろうが、たまたま俺たちが通りかかってしまったことで、彼ら二人の運命が大きく暗転することになるわけだ。俺は運命を司ってはいないが、その程度のことは予言できるのだ。


 2軒目もそんなに時間がかからず二人組は店から出てきた。その二人組に向かって俺が優しく声をかけてやった。


「そこのお二人さん。もしもお二人が善良なお店の人からお金を理不尽な理由をつけていただいているようならそれはれっきとした犯罪ですよ。即刻返してきなさい」


 返すことができるくらいのものなら最初からいただいているはずはないわな。


「アアン? オ前、警察カ?」


 片側の男の一言で俺には全てが分かってしまった。


「ふーん。なるほど。

 警察だったらお前らにいくらかは望みがあったかもしれないが、あいにく俺は警察じゃない。お前らの知り合いで、池袋の東をシマにしていた連中を知らないか? あの連中をビルごと文字通り叩き潰した個人・・がいた話を聞いたことはないか? そんなに日は経っていないから知らないかもな」


 俺の長いセリフを男たちが理解したようで、二人は回れ右をして一目散に逃げだした。


「アズラン、連中の行き先を追ってくれ」


「はーい」


 軽い声を残して肩にフェアをとまらせたアズランが物陰に潜みつつ、男たちの後を追っていった。10秒もしないうちにアズランは俺の視界から消えてしまった。俺自身眷属の位置はなんとなくわかるので、アズランはあの辺りかな? くらいは分かるのだが、視覚で捉えることはできない。


 後ろで見ていた白鳥麗子も小声で、


「すごい。一瞬で目の前から消えてしまった。あんなに小柄なのに、あの人っていったい何なの?」


 アズランは、ではないがな。


「アズランは、身体能力が飛び抜けてるんだ。真面目・・・な戦闘時で時間が間延びした超感覚状態になった時以外、俺でもアズランの姿は目では追えない。それでも、俺はアズランの位置がなんとなくわかるから、ゆっくり後を追って行こう」


 そういってアズランの向かった方向に歩いていった。


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