第54話 新宿へ
花子に肉付けし、フラックスと同じように口がきけるよう改良した後、神の国計画の細部を練りながら酒盛りをしていたら、天井にはまだ満天に星が輝いているものの俺の体内時計が午前7時を知らせた。
今日はトルシェが電気屋で購入した電子機器が搬入される日だ。配達員をこの広間まで通すと話がややこしくなるので、荷物はリビングの空いた場所に積み上げてもらう予定だ。荷物がどの程度の量なのかは知らないが、まあ、問題ないだろう。広間への設置組み立てはトルシェと花子が二人でするそうだ。
俺とアズランは車屋の開店に合わせてもう少し時間調整したら、車を買いに街に出るつもりだ。
「ダークンさん。さっきクロスカントリー車を調べました」
俺たちの広間の中ではまだWi-Fiが使えないので、アズランはリビングまで出てそこでノートパソコンで調べたようだ。今日中にはそういった諸々もトルシェがセッティングするそうで、広間でもネットが使えるようになるらしい。
「クロスカントリー車、なかなか良さそうですね」
「だろ? ただ、新車を買うとなると納期がな」
「中古車でもいい出物があればそれでもいいですよね?」
「もちろんだ。中古車ならすぐに手に入るだろうから、その前に駐車場を確保していないとな」
「そっちは大丈夫です。きのうダークンさんが帰ってくる前に涼音に手配してもらいました。ここの地下駐車場が使えます。大型車もOKでしたから、クロスカントリー車でも大丈夫と思います」
「それは良かった。それで、どこに車を買いに行く?」
「新宿辺りに行ってみましょうか? 自動車屋さんを探してあの辺りを歩いていたら、日本語の不自由な篤志家に巡り合うかもしれませんし」
「日本語の不自由な篤志家か。アズランも言うようになったな。アッハッハッハ」
「涼音たちはまだ寝てるみたいだけど、どうします?」
「涼音はここが自分の自宅だからトルシェたちもいるし放っておいても問題ないだろうが、問題は白鳥麗子だな。あいつ、家の鍵をなくして家に入れず帰れないんだ。壊していいなら簡単だが、借家だから壊したくないらしい」
「この国の鍵の仕組みは向こうの世界と同じみたいだったから、電子錠でなければ、私で何とかできると思います」
「それなら、白鳥麗子が起きたら聞いてみるか。いずれにせよ家の鍵は大家が持っているはずだしな」
花子の淹れたお茶を飲みながらリビングのソファーにアズランと座っていたら、白鳥麗子が起きだしてきた。
「あれ? この方は?」
「改良版の花子だ。トルシェが肉付けして、顔かたちもそれなりに整えたんだ。声も出せるから話もできるぞ。フラックスも改良して話せるようになってるぞ」
「そ、そうなんですね。エプロン姿の黒い骸骨より何倍もいいですが、何気に美人でダークンさん似? ただ、胸はそれほどでもないのかな?」
「俺がモデルになっているようだ。胸がないのは製作者がトルシェだからだ。察してやれ」
「は、はい。分かりました」
「それで白鳥麗子、食事はどうする? 簡単なものなら花子がすぐに作ってくれるぞ」
「まだ胃がもたれているので、朝は食べたくありません」
「お前は人間なんだから少しでも食べた方がいいんじゃないか? リンゴくらいならあるぞ。すこし酸っぱくて硬いけどな」
向うの世界のリンゴは、こちらの品種改良された甘くて柔らかいリンゴと違い、やや酸っぱくて硬いところが難点だ。料理用としてなら使いでがあるかもしれない。
「でしたら、リンゴをいただきます」
白鳥麗子に収納キューブに入っていた大き目のリンゴを渡してやったら、自分で台所に行ってきれいに皮をむいて8等分にしたリンゴを皿に乗せて俺たちのところに持ってきた。
「私は二切れもあれば十分なので、残りは3人で」
そう言って剥きリンゴの乗った皿を差し出してきた。なかなか気が利くじゃないか。
「白鳥麗子さん、ありがとうございます。私は食べなくても大丈夫です」
「うっ! 声までカッコいい」
花子が食べない代わりにトルシェも呼んで、ありがたく一人二切ずつ頂いた。
「白鳥麗子、それでお前の自宅だが、鍵は電子錠じゃなくて普通の鍵か?」
「はい。普通の鍵です」
「なら大丈夫だ。どうせお前も暇なんだろうから俺たちと一緒に車を見に行くか? お前のアパートの鍵をアズランが開けてくれるそうだから、車を見たその足でお前のアパートに回ってやろう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「任せてくれて大丈夫だ」
そうこうしていたら、涼音が起きだしてきて、メッシーナもフラックスに連れられて起きだしてきた。
メッシーナはすでにフラックスから口で説明を受けていたようでここでは驚いていなかったが、涼音はフラックスが口が利けるようになり、花子もフラックス同様に変身して口がきけるようになったことに驚いていた。
俺たちが車を見てくるがどうするかと聞いたところ、涼音はうちにいるということだった。メッシーナはフラックスとナイフの訓練をするそうだ。涼音はいつもうちの中にいるが、無職なのか? そういった立ち入ったことは聞けないこともないが、無職を恥じているようならかわいそうなので触れないようにしている。かく言う俺たち3人も無職と言えば無職。仕事と言えば街に出て奇特な篤志家を募ることくらいだ。
車屋が開くのは9時か10時だろうからまだ早いが俺とアズラン、白鳥麗子の3人は涼音のマンションを出て近くの恵比寿駅に歩いていった。俺はタクシーに乗って新宿まで出たかったのだが、アズランが電車に乗りたいというのでわざわざ駅に回ったわけだ。アズランは昨日電車に一度乗ったらしいが、電車の方がタクシーよりも落ち着くそうだ。人それぞれだが、俺みたいにどこを歩いているのか分からなくなるようだとタクシーの方が安全確実だ。
無一文の白鳥麗子に1万円札を渡して適当に3人分の切符を買わせた。釣銭はそのまま持っておけと言ったやった。
人がまばらなホームに立っていたらすぐに緑のラインの入った電車がやってきた。乗客を吐き出した電車に3人で乗り込み、新宿へ。俺はせっかちなので乗降客の迷惑になるかもしれないが出入り口付近に立ったのだが、アズランと白鳥麗子はちゃんと車両の中の方に移動している。アズランの背の高さでも吊り革が掴めるのだが、アズランは片手が使えなくなることを嫌ってか吊り革を掴んではいない。かく言う俺も手すりなどにはつかまらず両手はフリーにしている。電車は混みあっているというほどではなかったが、それなりに立っている人がいるにもかかわらず白鳥麗子は片手で一つずつ2つのつり革につかまっていた。




