表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/109

第49話 解剖学(アナトミー)教室2


 悪魔の下半身に興味津々の白鳥麗子を軽く叱って、


「体の中がどうもコンニャクのような物で埋まってるっぽいぞ」


「コンニャクとは?」と研修医バイザーが聞いてきたので、


「コンニャクはゼリーによく似ている日本の食品だ。ゼリーは動物から抽出したゼラチンだが、コンニャクはコンニャク芋という植物から作る。それとコンニャクはゼリーより硬くて手で持っても型崩れしないし熱で溶けることもない。そういったものだ。別にこいつの体の中が本当にコンニャクでできてはいないので気にする必要はない」


 指導医らしく研修医の質問に的確に答えていく俺ってカッコよくないか?


 食べたらうまいんじゃないかと思ってワサビ醤油まで用意したのだが、コンニャクだとカラシ酢味噌か田楽味噌だった。キューブの中はそういった調理味噌のストックはさすがにないので、一気に食欲が落ちてしまった。


 望み薄そうだが、実食はワサビ醤油に合いそうな部位を見つけてからだな。


「次は、胸を開いてみるか。肋骨もなさそうだが、悪魔って軟体動物に近いんだな。骨があれば出汁ダシが取れると思ったが、役に立たんヤツだ」


 開腹した皮膚部分が元に戻らないようにバイザーとメッシーナにフォークで押さえさせていたが腹はもういいので、


「バイザーとメッシーナ、もうフォークはいいぞ。少し離れていてくれるか」


 開胸に邪魔なので二人を少し移動させ、


「フラックス、出刃」


 フラックスに再度出刃包丁を手渡してもらい、悪魔の首の付け根当たりずぶりと突き刺してそこから腹に向かって一気に出刃包丁を引き切った。


 あれ?


 胸とは関係ないが、コロの食べたハズの悪魔の右腕がいくらか伸びてきている?


「バイザー、コロが食べたこいつの腕、少し元に戻ってきてないか?」


「解剖前と比べて5センチは伸びていると思います」


「メッシーナは?」


「わたしもそう思う」


「運転手は?」


「よく覚えていません」


「白鳥麗子は、……」


 白鳥麗子は何だかまたごそごそしていたが、俺に名前を呼ばれたとたんに手を引っ込めた。悪魔の生贄にされかかっていた割に精神的回復力は悪魔なみだ。


「白鳥麗子は、まあいいや。

 悪魔だけあって再生力が半端ないな。

 再生したところをスライスしていけば、いつまでも食べることができて食べ放題だったんだがな。今のところうまそうに見える部位がない。残念だなー。

 俺以外の神さまに祈っておこう。俺はこの世界での新参者の神だからここは真摯しんしに」


『どこかうまそうな部位が見つかりますように』


 ポンポン。


 ポンポンは柏手かしわでだ。普通ならパンパンといい音が響くのだが、右手に出刃包丁を持っての柏手だったせいか音が少し変になった。




「どうも食べられそうな部位がないなー。

 思い出したが熊は右手のひらがうまいらしい。こいつの右手はコロが食べてしまったし、早く生えてこないかなー」


「手のひらを食べるんですか?」


「煮込むとうまいらしいぞ。そいつはあくまで熊の話な。今俺って面白いこと言ったよな?」


「『あくまで』と『悪魔』と『熊』かけたんですね。言葉がかかっているのは分かりますが、まるで意味がないかかり方では?」


「バイザー、お前、そんなことだと出世しないぞ。上司が機嫌良さそうにしているときには積極的におべんちゃらを言うのが出世のイロハのイ、ABCで言えばAだ」


「なるほど、覚えておきます」



 その後、胸の皮を開いて中を確かめたが、腹の時と同じだった。


「こいつの体の中にはコンニャクしか入ってないぞ。骨もない。

 そうか、こいつの表皮が硬かったのは、外骨格だったんだな。外殻だけで体を支えるモノコック構造とは恐れ入る」


「あのう、モノコック構造とは?」


「内部に構造材ほねぐみを持たず外殻で全体を支える構造のことだ。生き物だと昆虫とかエビやカニだな」


「なるほど」


「バイザー、もう一つお前にいいことを教えてやる。今回俺は『モノコック構造』について何となく口に出したわけだ」


「はい」


「それに対して、お前は『モノコック構造』とは? と俺に尋ねた」


「尋ねてはいけなかったんですか?」


「たまたま、俺が『モノコック構造』について知っていたから良かったが、うろ覚えの知識だったらどうなったと思う?」


「うーん。少し気まずくなるかもしれません」


「気まずくなるのがお前の上司だったら、お前も気まずいだろ?

 そういうことだ。上司に向かって万人が知っているようなことを質問するのはいいが、マイナーかつ専門的な質問をするのはリスクが高いうえ、何の利点もない。そうだろ?」


「そ、そうですね」


「これが、出世のイロハのロ、ABCで言えばBだ」


「ご教授ありがとうございます」


「今の受け答えは、上司の喜ぶ良い返答だったぞ」



 バイザーへの出世のイロハについて講釈を垂れた俺は、今度は悪魔の頭の中身を確認することにした。


 悪魔の顔を見ると、俺の方を見ていたらしく、目が合った。真っ黒なので顔色もくそもないが、顔色は思った以上にいいような気がする。


「何か言いたいことでもあるのか?」


「いえ、ありません」


「どうでもいいが、お前丈夫だな」


「いままで解剖されたことがないので、自分がこれほど丈夫だったと知りませんでした」


「そうなのか。そしたらお前は新しい発見をしたわけだ。良かったじゃないか」


「は、はい。ありがとうございます」


「これからも感謝の気持ちは忘れないことだ。次は頭の構造を調べるから、ゆっくりしててくれ」


「はい。よろしくお願いします」


「うむ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ