第47話 悪魔
雨戸が閉まって薄暗い縁側を俺が先頭になって突き当りまで歩いていき、横開きの扉をガラガラと開けた。
武術道場?の中を覗くと、黒い祭壇の周りを人の形をした黒い生き物が裸足でペチャペチャ音を立てて歩いていた。そいつの上半身は裸だが放送コードを意識してか妙なものが見えないよう、腰には布をタダ巻いただけなのかフンドシなのかよくわからないが、腰布を着けている。どう見てもこいつは悪魔だが一応は確かめてみよう。
「おい! そこの黒いの」
「黒いのとは俺さまのことか?」
黒いのがこちらを振り向いた。振り向いた黒い生き物の頭には短めの白い角が二本。鼻は潰れており、二つの目は真っ赤でわずかに発光している。悪魔確定だな。
俺の知ってる悪魔はサティアス・レーヴァだけだが、あいつに比べてこいつの方が悪魔悪魔しているような気がする。悪魔悪魔が何を意味するのか自分でも今一だがな。
俺の後ろに立つバイザーがメイスを握りしめたのが気配で分かった。はやる気持ちはわかるが、相手はたかが悪魔だ。俺はバイザーを後ろ手で制して、悪魔に向かい、
「お前のことだよ。それでお前の名前は何だ?」
「俺さまがなんでお前に名を名乗る必要があるんだ? うん? お前、珍しい鎧を着ているが人間じゃないな?」
「ほう、悪魔というのは下等な生き物と思っていたが、存外賢いじゃないか。だが、俺を見てそれだけしか分からんようでは、下等に毛が生えたようなものではあるがな」
「お前が口が達者なことだけは認めてやろう。それで、お前は俺に何の用だ。俺に魂を寄こすなら望みを叶えてやるぞ」
「俺の魂がお前ごときに扱えるとはとても思えんが、俺の用事はお前を取りあえず捕まえて、聞きたいことを聞いたら解剖することだ。まだ悪魔は食べたことがないから試食もするつもりだ」
「話としては面白いが、お前正気か? 祭壇の近くで無駄に魂が消えていくからおかしいと思って出てきたが、お前がそこらで魂を無駄に散らせていたのか?」
「俺が直接ってわけではないが、おおむねそんなところだ」
「もったいないことをするな。いずれ俺のものになっていたハズの魂だったんだぞ!」
「そいつは悪かったな。どうせ俺に捕まって最後は醤油を付けられて俺の腹の中に納まるんだ。小さいことを気にするな」
俺は悪魔と話をしながら一歩一歩悪魔に向かって歩いていく。バイザーたちはその場でおとなしくしている。
この悪魔、俺を見下しているのか、完全に油断している。
「おい、悪魔くん。ここまで俺がお前に近づいてしまうと、お前はもう逃げられないぞ。ゴールデンプリズン!」
俺の新しい技、名付けて、ゴールデンプリズン! 別に対象との距離がいくらあろうと発動に支障はないのだが、あえて相手を『しまった!』状態にするため一言付け加えてやった。
悪魔が立っている床が丸く金色に輝きそこから半透明の金色の筒が上に伸びて悪魔を包み込んだ。筒には金色の骨組が入っている。骨組は不透明なので檻のように見える。骨と骨の間の半透明部分から檻の中に手を入れることはできるが、中の悪魔からはどこからも手足を出すことはできない完全な円筒となっている。
神滅機械リンガレング(注1)の使える技はほとんど使える俺だが、試しにトルシェが以前悪魔サティアス・レーヴァを捕まえた時に使った檻魔法が使えないかと思ってやってみたら思った通りうまくいった。オリジナルの檻魔法の名まえは例のごとく忘れてしまったので、『ゴールデンプリズン』は今思いついた名前だ。思い付きは忘れるためにある。なんてな。明日には忘れてしまうことに金を賭けてもいい。俺が俺に賭けるんだから掛け金は俺が払って俺がいただくという無意味な賭けだが、とりあえず勝った時は『勝ったー!』と精神的勝利だけは得られる。問題は明日になればかけをしたこと自体を忘れてしまっていることだ。つまりは、気にしたら負けって事。ちょっと違うか?
俺の『ゴールデンプリズン』に捕らわれた悪魔が中でわめいている。『ゴールデンプリズン』は形や大きさを自由に変えることができるので、今の高さ2メートルほどの円筒を半分の1メートルに縮めてやった。サティアスは檻の大きさに合わせて体が小さくなったのだが、どうもこの悪魔はそうとう不器用なようで、体を檻に合わせて縮小することができなかったらしく、縮んだ檻の中一杯になって顔なんか檻の壁に押し付けられて変形し面白いことになってしまった。
「見ての通り悪魔は捕まえたからお前たちも中に入って見てみろよ」
俺の呼びかけで、バイザーたち5人がぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
なぜか白鳥麗子が檻の前でしゃがみこんで、下から上に向かって悪魔を眺めている。どうも悪魔が腰に巻いている布が気になっているらしい。今は圧縮されているのでその布も妙な具合によじれてしまい肝心なところがどうなっているのかいまいち判然としないようだ。
悪魔討滅エージェントのメッシーナとバイザーにとって悪魔は見慣れているだろうから、この悪魔について意見だか感想を聞くことにした。
「どうだ、この悪魔?」
「今まで、こういった形で潰れた悪魔を見たことはありませんので何とも」
「メッシーナは?」
「角が2本とも白かったから中級悪魔」
「そうなのか」
「そう。悪魔が魂を取り込んでレベルが上に上がるほど角は黒くなる。低級悪魔には白い角が1本だけ」
「今日はすこし勉強になった。あと悪魔に聞くことがあったはずだが何だっけな?」
「呼び出された祭壇から遠くに移動できないのはなぜかということと、上級悪魔はなぜ人に憑依しないか。だったと思います。それとコロ殿に悪魔を食べさせる。でした。あとは解剖してちょっとだけ味見してみるというのもありました」
「案外盛りだくさんだな。それじゃあ、まずはこの悪魔の口が軽くなるように、腕を1本コロに食べさせてみよう。腕がどこらにあるのかこれだと分かりにくいからもう少し檻を大きくするか。3割増しでいいかな」
高さ1メートルほどの檻を1メートル30ほどに大きくしてやったら悪魔と檻の間に余裕が生まれたので、悪魔も中で少しは動けるだろう。
「おい、悪魔聞こえるか?」
俺が許可しないと檻の中から外のことは一切わからないようにしている。その状態を解除して会話可能にしてやった。
「ここから出してくれ! お前の望みはなんでも叶えてやる」
「口の利き方も知らないのか? それに、俺に簡単に捕まるようなヤツが、俺の望みを叶えるとは笑わせる」
「す、すみません。ここから出してください。何でもしますから」
「まずは俺の質問に答えてからだが、その前にお前の腕を1本もらおうか?」
「???」
「いいから好きな方の腕をこっちに向けてみろ」
悪魔が右腕をこちらに向けた。俺は口に出して、
「コロ、そこの右腕を食べてみろ」
悪魔がまさかという顔をして俺の方を見る。腕の一本くらい食べられようと痛くもかゆくもない。もちろん俺からみての話だ。
コロから触手が伸びて檻の中に入り、悪魔の腕に取りついた。すぐに悪魔の腕が根元まで消えていった。特に血に類する体液が流れ出てもこなかったし、いわゆる傷口もすぐに丸くなってしまった。さすがはあらゆるものを捕食するスライム最上位種ブラック・グラトニーだ。思った通り悪魔も問題なくいけた。
「どうだ、コロ、うまかったか?」
ベルトがキュッとしまったような気がした。ダークサンダー越しなので気がしただけだが、気持ちは伝わってきたぞ。
「バイザー、コロが言うには食べてみてうまかったそうだ」
注1:神滅機械リンガレング
魔神討滅用蜘蛛型戦闘機械。神滅回路をロードすることで『神の怒り』など『神の~』シリーズのエグい攻撃を行う。ダークンの切り札。残念ながら異世界に取り残されている。8本の足による物理攻撃も圧倒的。




