第37話 メッシーナ2
「アハハハ」「アハハハ」……。
なんとか笑いがおさまった。
俺たちが無意味な笑い声をあげていたら、涼音が目覚めたようだ。
「???」
「招かれざるお客さんがきたから、さっきアズランが捕まえたんだ」
「そうだったんですか。何だかまだ眠たいので私は寝室にいって休みます」
涼音はそう言って床に転がっている仮面の怪人や小部屋で転がっている男のことは気にせず、トボトボ歩いて部屋からでていった。涼音もかなりの大物だ。
涼音はいいとして、さーてお待ちかね、
「よし、アズラン、こいつの覆面をはぎ取ってくれ」
「いきまーす!」
アズランは何を思ったか『断罪の意思』を両手で持ち、一度真下にしてぴたりと止め、そこから右回りにゆっくり回し始めた。
「この剣が一回りする前にお前は死んでいる」
いやいや、殺しちゃだめだとさっき言ったろ。
「アズランはいま剣豪になっているんです」
とトルシェの解説。アズランは妙な時代劇を見て影響されていたようだ。
「秘剣、燕返し!」
いやいや、いやいや、今のは『円〇殺法』だろ!
なんだかわからないが、一回転させた『断罪の意思』をアズランがまさにシュパシュパっと振るった。
パカリ。
そんな音を立てて白い仮面が割れ、それと一緒に覆面も縦に切られて、床に一緒に落ちた。
中から現れたのは、白髪に近い銀色の長髪と顔中に入れ墨をされた女の顔だった。
「あっ! こいつ女だった」
その顔を見たバイザーが驚いて、
「メッシーナが女だったとは、私も知りませんでした」
「しかし顔全体、耳の中まで入れ墨とは恐れ入ったな。ここまで来ると聖刻とはいうものの、呪いの入れ墨に見えるな」
「こんなことされて嬉しい人間はいないから、実際呪いなのかも。
そうだ! ダークンさん、コイツ顔だけじゃなくて体中聖刻とかいう入れ墨をしてるんなら、その聖刻が無くなったらただの人になるんじゃないかな?」
「なーる。それは面白そうだな。不法侵入者に対してのバツとすれば妥当なところだ。それに、この入れ墨がなければコイツ結構な美人になりそうだぞ。人助けになる可能性もあるんじゃ、しない手はないな。
トルシェ、やっておしまいなさい」
「はい! ヒーール・オーール」
トルシェが変な抑揚とポーズでヒール・オールを唱えた。
「「おーー!」」
見る見るうちにメッシーナの顔の入れ墨が薄れていった。銀髪と思っていたが、それは頭皮に入れ墨されていた関係で髪がやや銀色っぽく見えていただけのようで、髪の色は白髪に近い色だった。
変化は進み、顔の入れ墨がまったくなくなったら、病的に真っ白な顔が現れた。
さらに変化が進んで、これまで真っ白だった顔に赤みが差し始め、頭髪も黒ずんできた。
最終的には黒髪の色白美人の顔が現れた。
「どうなっているんだ?」
「ダークンさん、こいつ白子だったのかも。それがわたしのヒール・オールで治った?」
「あれって治る治らないの病気じゃないと思っていたが。
こいつの場合は、アルビノに似ていたが治すことのできる病気だったんだろうな。そうでなければ、聖刻とかいう入れ墨の副反応だったかもしれないぞ」
「起こして本人に鏡を見せてやりますか?」
「ちょっとかわいそうなのか、それとも本人が喜ぶのか分からないが、現実を教えてやるのも優しさ、そう『慈悲』の心の表れだものな」
「それじゃあ、姿見を出しますね」
トルシェがどこかの屋敷の中に落ちていたであろう立派な姿見をキューブから取り出して、床の上に転がっているメッシーナの前に置いた。
「ダークンさん、こいつ服を着てるけど、やっぱり裸にして全身を確認した方がいいですよね?」
「それもそうだな。それじゃあ、アズラン。やっておしまいなさい」
「はーい!
この剣が一回りする前にお前は死んでいる」
また始まってしまった。
やっと『断罪の意思』が一回りして、
「秘剣、燕返し!」
短剣がシュルシュルと舞い、はらりとメッシーナの着ているものが靴だけを残して切り取られ床の上に広がった。
「また、つまらぬものを斬ってしまった」
決め台詞までついていた。
裸に剥いたメッシーナの白い体は華奢というよりかなり痩せていた。靴を脱がせてその白い体を両足を広げたり、ひっくり返してみたが、足の先から頭のてっぺんまで、どこをどう見ても入れ墨は見えなかった。小柄で痩せた体つきのくせに胸の装甲はそれなりだ。戦艦の装甲とは言えないが巡洋艦の装甲はある。軽巡のアズランと装甲なしの駆逐艦のトルシェには見せなかった方がよかったかもしれない。
この中でたった一人の男のバイザーは一応聖職者なためか顔を背けていた。別に減るもんじゃないんだから興味があるならいくら見てもいいんだぞ。どうせ人の裸だし。なんなら触っても。後でIEAにチクるとかしないから。
「よーし、それじゃあ、こいつを起こそうか。
トルシェ、頼む」
「はい。アウェイク!」
今度は妙な抑揚も身振り手振りもなくトルシェは普通に覚醒魔法をメッシーナにかけた。目の前の装甲で何かを感じて余裕がなくなったのかもしれない。
「う、うう」
何だか目覚め前のうめき声も可愛いぞ。
目を覚ましたメッシーナが目の前の姿見を最初に眺め、それから周りを囲む俺たちを見た。
どうも姿見に映った姿を自分の姿だと認識しなかったようだ。
「〇△#%&&……」
メッシーナは何だか一番偉そうに突っ立っている俺に向かってイタリア語のようなそうでないような言葉でブツブツ言っているのだが、何を言っているのか当たり前だが分からない。
「そう言えば、こいつも日本語が喋れないハズだから面倒だな。バイザーに通訳させてもいいがそっぽ向いてるし。こいつも『闇の祝福』で日本語ができるようしてやろう。祝福!」
俺も面倒になったので、適当にメッシーナの顔に向けて右手を出して祝福してやった。メッシーナの体が一瞬だけ輝いたような気がしたから祝福できたのだろう。
「おい、俺の言葉が分かるようになったろ?」
「悪魔に答えることなどできない」
しっかり日本語で答えてるじゃないか。トルシェのヒールオールで後天的な病気は全部治ったはずだから、こいつ生まれながらに頭に問題があるのかもしれない。そうなると、やっかいだ。
「そうかい。お前、自分の状態がどうなっているか目の前の鏡でよーく見て見ろ」
メッシーナがあらためて目の前の姿見を見た。
しばらく鏡に映った自分の姿を見て、手を上げたり顔の表情をいろいろ変えたあげく、メッシーナは大きく目を見開き、そのまま停止してしまった。
そして、鏡を見つめながら小さな声で一言。
「わ・た・し」
メッシーナが何を言いたいのか俺には分からないが、俺が思うに新たなアイデンティティーを獲得したんじゃなかろうか。入れ墨に覆われた体を脱ぎ捨てて新しい体を手に入れたわけだから相当精神的ギャップはあったろう。しかーし、俺の祝福を受けたものが精神的に崩れるわけはないので、いい方向に心の中で新しい体と折り合いをつけたハズだ。
「お前の名まえはメッシーナって言うんだってな?」
「どうしてわたしの名まえを? バイザーに悪魔が取り憑いていれば当たり前にわかるか」
「バイザー、説明してやれ」
「メッシーナ、俺は悪魔なんぞに取り憑かれてなどいない。というかお前、隠すとこは隠せ」
「メッシーナ、お前の服は、体の入れ墨がどうなったか確認するため斬り裂いてしまってもうバラバラだ。新しい服をやるからそれを着ろ。
トルシェの体形が一番近そうだ。
トルシェ、こいつに服を渡してくれ」
「はい。
胸がきついって言うなよな」
そう言いながらも、ちゃんとトルシェがキューブの中から先日買ったジーンズと長そでシャツとショーツをメッシーナに渡してやったようだ。胸当ては渡さなかったようだ。冷静に状況を見極めたいい判断だと思う。
周りが全員服を着た中で自分だけマッパ。いわば特異点だ。特異点が下着を着けていくところを俺たちみんなが興味深く眺めている。
そんな状況なのだが、メッシーナは特に恥ずかしがる様子もなく淡々と渡された衣服を着ていった。
着終わったあと、メッシーナは一言、
「ありがとう」
小さな声でそういった。メッシーナが何に対してありがとうと言ったのかは分からない。




