第36話 メッシーナ
前回の突入時と同じようにターゲットの部屋の鍵は開いたままだった。ルイージは何か嫌なものを感じたが、ナンバーワンのメッシーナがいる以上杞憂であるとその感覚を無視することにした。
メッシーナはルイージを引き連れ玄関からの廊下を進み、リビングへのドアを開けて中に入ったが、そこには誰もいなかった。
「いないな」
「メッシーナさん、あそこの扉が開いています。その先に人の気配がします」
扉の開いていた小部屋の中に入ると、その小部屋の先には大広間が広がっていた。
そっと大広間の中を覗くと、広間の真ん中にテーブルが置かれ、ナンバーツーのバイザーの巨体の周りに、子どもが二人に女性が二人座っている。女性一人は、テーブルに突っ伏していて動きはない。バイザーを含めて残りの四人は何かしゃべりながら飲み食いしている。彼らの飲んでいる飲み物はどう見ても酒だ。小部屋の中からでも臭いで分かる。だが、食べているのは血の滴るような肉だ。何の肉かは分からないが、知らない方がいいだろう。
そしてテーブルの脇にはあの黒いスケルトンがエプロンをして給仕をしていた。この21世紀が始まってまだ4分の1しか経っていないが、まさに世紀末、悪魔の宴だ。
「メッシーナさん!」
押し殺した声で、ルイージがメッシーナに声をかけた。
「バイザーも悪魔に取り憑かれているようだ。これから連中を斃す」
抑揚のないくぐもった声でそう言ったメッシーナの両目が仮面の後ろで緑色に輝いた。これこそがメッシーナの誇る『聖なる目』の発動である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方こちらは、1日遡って、前日のダークンたち。
バイザーはいくらでも飲めると言っただけあり、ダークンたちとタメを張って酒を飲んでいる。しかも、花子の焼いた500グラムはありそうなレアの牛肉をすでに3枚も食べている。
バイザーのいい飲みっぷりに、ダークンたちも感心している。
涼音は酒の匂いだけで早々にダウンしてしまった。
「ダークンさん、涼音を寝室に運んでおきましょうか?」
「いや、これほど酒に弱いと将来苦労する。このままアルコールの匂いの中に晒しておけばある程度酒に強くなるはずだ」
「ほんとですかー?」
「さあ。まあ試してみて、ダメならダメでもいいじゃないか」
「それもそうですね」
涼音がテーブルに突っ伏したまま懇親会は延々と続いていった。かなり前にエベレスト山頂でも日は沈み部屋の天井からは満天に輝く星が見える。
「夜になって空が暗くなりましたね。星が眩しいくらいだし、部屋の中は明かりもついていないのに明るいままだ」
「バイザーには俺が『闇』の祝福をさずけたから、日本語ができるようになっただけじゃなくで夜目も利くようになったんだ」
「そうだったんですね。ありがとうございます。しかしこの白身の魚、刺身?ですか。おいしいですね」
「その魚の名まえは忘れたが、まだまだいっぱいあるからどんどん食べろ」
異世界で釣り上げた魚だが、毒物などに対して俺たち3人は絶対耐性を持つので魚に毒があるのかどうか気にしたことはない。そのため目の前の刺身に毒がある可能性は否定できない。もしバイザーが魚の毒で死にかけても、即死でない限りトルシェが何とかするから大丈夫だろ。そういえば、フグの毒は痺れると聞いたことがある。口元がビリビリと刺激になって美味しいかもしれんな。料理屋ではフグを毒付きでは刺身に造ってくれないだろうから、自分で釣るか、丸ごと買ってくるしかないが、楽しみが一つ増えた。
さらに懇親会は続く。
……。
「だいぶ飲んだが、なかなか夜が明けないな」
「ヒマラヤはここからだと3時間ちょっと遅れているからまだ夜だけど、ここはもう朝なんじゃ?」
「ほんとだ。俺の体内時計だと朝の6時だ。サー飲むぞー!」
「「おうー!」」「お、おう」
ヒマラヤにも日が昇り、それでも飲み続けていたら、日本時間で正午を回っていた。涼音は2度ほど目を覚ましトイレに行ったが律義にまた自分の席に戻って、テーブルに突っ伏している。これこそ何の役に立つのかはわからないが、涼音の隠された才能なのかもしれない。
天井が明るくなるまで飲んでいた関係で、今日免許を取りに行くと言っていたアズランは明日にするそうだ。時差付きの天井アルアルだな。
「ダークンさん。玄関から2人、このマンションに人が入ってきました。どうします? 涼音の部屋を汚すと可哀そうだから、この部屋まで引き入れてサックリいきますか?」
アズランの知覚が侵入者を捉えたようだ。玄関のカギをまたまた締め忘れていたようだ。後の祭りだが、これからもお祭りだ。
「どうせザコだから、酒の肴にいじって遊んでみないか? そういうことなんで間違って殺さないようにな」
「面白そー」「了解」「???」「Zzz…」
「あっ! あれはメッシーナです」
「だれだ?」
「IEAの1級エージェント、序列1位、メッシーナという者です。性別は私も知りません」
「場違いなつば広帽と仮面がイカスじゃないか。それに白い布手袋。どこかの奇術師みたいでいいぞー!」
「メッシーナの体にはつま先から頭皮まで聖刻が刻まれています。それを隠すためあんな格好をしてるんです」
「聖刻?」
「悪魔の攻撃は聖刻には通用しないんです」
「ほう。それはすごいな。刻まれているというのは、入れ墨でもしてるってことか?」
「そういうことです」
「なるほどな。ところで、さっきからその序列1位だが緑の目をしてこっちを見てるだけで何がしたいんだか。酒が欲しいけど言い出せないのかな?」
「あれは『聖なる目』といって悪魔を焼き尽くす眼光が出ているところです」
「ほう。あいつは俺たちのことを悪魔と勘違いしてるんだな?」
「おそらくそうでしょう。メッシーナの後ろにいるルイージが、私が女神さまにやられたと思い込んでここから逃げ出した後、本部に連絡を入れたのだと思います。それでIEAが切り札のメッシーナを派遣したのだと思います」
「俺はそれに対してどう対処すればいいんだ?」
「放っておくわけにもいきませんが、私が何を言っても、彼らは私が悪魔に憑かれていると思っているでしょうから聞く耳は持たないでしょうし」
「話し合いができないようじゃ仕方ないから、とりあえず、捕まえて仮面を引っ剥がしますか?」
「アズラン、そうしてくれ」
アズランが席を立ったと思ったらあっという間にメッシーナとか言う仮面の怪人の後ろに立ち、怪人の首を小さな両手で絞めたら一瞬で落ちた。その前にルイージとか言う小男に当て身をくらわして気絶させている。二人同時にその場に倒れ込んだ。メッシーナのかぶっていたつば広帽はその時はズレ落ちたのだが、帽子の下から現れたのは、白い仮面と一体となった黒い頭巾だった。
アズランに引きずられて怪人がテーブル脇にやってきたので、みんなで検分することにした。
ルイージとか言う小男はどうでもいいので、そのまま放っている。もちろん涼音はテーブルに突っ伏して眠ったままだ。
変な仮面をかぶっている関係で怪人の体格に注意が向かなかったが、小部屋で寝ている小男のルイージと背丈はそれほど差は無いし華奢だった。
昔の仲間だか、いまも仲間だかわからないがバイザーが、
「悪いヤツじゃないので、あまり痛い目には合わさないでいただけませんか?」
「もちろんだ。お前の顔は立ててやるよ。
そういうことだから、トルシェとアズラン、あまりひどいことはするなよ」
「「はーい」」
「まずは、覆面ごと仮面を取るか。
アズラン頼む。覆面が抜けないようなら、覆面をちょん切ってもオーケーだ」
「了解!」
そう言ってアズランがキューブの中から久しぶりに短剣『断罪の意思』(注1)を取り出し抜き放った。
なんだか、カエルの解剖みたいでドキドキするな。
アズランがいきなり短剣を引き抜いたのを見たバイザーが慌てて、
「斬らないでください!」
「アズランの腕は確かだ。顔を1ミリも傷つけず覆面を切り落とす。
そうだよな、アズラン?」
「頭を胴体から外して覆面を外そうと思ってました。そしたらこいつ死んでましたね。アハハハ」
俺はまず覆面を頭から抜けと言ったつもりだったが、アズランは最初から胴体から頭を取り外すつもりだったようだ。
今度はバイザーの顔が蒼くなった。大きいくせに反応が早いな。タコの保護色もあっという間に変化するそうだが、それに近いものがあるんじゃないか?
「バイザー、今のはアズランの冗談だから。
アズラン、そうだよな?」
「ダークンさん。私が冗談を言わない事は知ってるでしょう?」
「そうだったかなー。そういえばそうだったような。
バイザー、結局は俺の一言でそいつは命拾いしたわけだから良かったじゃないか、アハハハ」
「そ、そうですね。アハハハ」
「うん? わたしも波に乗り遅れないようにアハハハ」
なぜかトルシェまで笑い出した。
じゃあ俺ももう一回、
「アハハハ」
俺同様、一度笑い終わった者まで笑い出し、
「アハハハ」「アハハハ」
……。
取って付けたような笑いが大広間に響いた。
注1:短剣『断罪の意思』
「主のみ名の下に断罪する」と宣言することにより対象の防御力を無視しクリティカル率を大幅アップした攻撃を行うことができる。命を奪うことにより強化されるうえ、自己修復機能まで持つアズラン専用の短剣。『断罪の意思』はこれまで無数の命を刈り取ってきているため、これ以上強化できないところまで強化されている。




